ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第6章 §4.6.1 ★★★ 選ぶのは「結晶の1電子の H^+光のベクトルポテンシャルの最小結合」。誘電関数を束縛電子・格子・自由電子・バンド間の部分に分け、バンド間の部分を黄金律で計算すると ε2 は縦の遷移の結合状態密度に比例する
固体に光を当てると、一部は反射され、残りは吸収されるか通り抜ける。その割合を光の振動数ごとに決める量が、比誘電率 εr(ω)(誘電関数)である。誘電関数を振動子の模型で書く方法そのもの、すなわち束縛された電子の Lorentz 振動子・局所場・正常分散と異常分散は光学と量子エレクトロニクス 第11章に、因果律から実部と虚部を結ぶ Kramers–Kronig の関係と総和則は光学と量子エレクトロニクス 第12章に、自由電子の Drude の誘電関数と金属の反射は光学と量子エレクトロニクス 第13章と第4部第2章にある。この章の最初の節はそこから何を借りるかをまとめる「つなぎ」で、残りの節では、バンドがあって初めて言えることに絞る。
この章で選ぶのは、周期ポテンシャルの中の電子1個に、光のベクトルポテンシャルを最小結合で入れた H^ である。当てる道具は解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第12章の Fermi の黄金律で、吸収の率から誘電関数の虚部 ε2(ω) を出す(4.6.1節)。そこで、価電子帯から伝導帯への遷移が同じ k どうしの縦の遷移に限られ、ε2 が結合状態密度に比例することが分かる。出てくるものの第一は、吸収端の形が次元と臨界点の種類で決まることで、1次元の SSH 鎖・2次元のグラフェン・3次元の直接遷移と間接遷移の半導体を順に計算する(4.6.2節)。第二は、電子と正孔の Coulomb 引力を戻したときに吸収端の下に現れる水素原子型の線(Wannier 励起子)と、吸収端そのものが引力で持ち上がること(4.6.3節)である。第三は、誘電関数が 0 になる振動数で起きる縦の集団運動で、電子ではプラズモン(銀と銅の色)、イオンでは LO フォノンになり、Lyddane–Sachs–Teller の関係と赤外の反射帯が出る(4.6.4節)。そのあと削ったものを並べて近似の裏付けの札を貼り(4.6.5節)、実験で測る量と授業の式を並べ(4.6.6節)、まとめと総合問題で終える。
この章では、電子の電荷を −e(e>0)、時間依存を e−iωt とし(記法の正本の流儀)、誘電関数を εr(ω)=ε1(ω)+iε2(ω) と書く。屈折率は記法の正本どおり n(複素屈折率 n~=n+iκ)で、伝導電子やドープしたキャリアの数密度は添字を付けて ne と書く。1電子のバンドは εv(k)(価電子帯)と εc(k)(伝導帯)で、添字 1,2 の付いた ε1,ε2 はつねに誘電関数の実部と虚部を表す。電子と正孔の換算質量は mr である。
借りるもの:誘電関数と光学定数
光の電場 E(r,t)=Re[E0ei(q⋅r−ωt)] に対して、物質の分極 P と電流 J がどれだけ応答するかを、比誘電率 εr(ω) にまとめる。電流を分極の時間微分とみなすと、伝導度 σ(ω) とは εr(ω)=1+iσ(ω)/(ε0ω) で結ばれる(第4部第2章)。物質の中の光の波数は q=n~ω/c で、複素屈折率 n~=n+iκ は n~2=εr から決まる。実部と虚部に分けると
ε1=n2−κ2,ε2=2nκ,α=c2ωκ,R=n~+1n~−12(4.6.1)
である。α は強度の吸収係数(強度が e−αz で減る)、R は垂直に入射した光の反射率である。吸収が弱く κ≪n のときは α≈ωε2/(nc) で、吸収係数は ε2 に比例する。物質が単位時間・単位体積あたりに吸収するエネルギーは ⟨J⋅E⟩=21Reσ∣E0∣2=21ωε0ε2∣E0∣2 なので、ε2 は「どれだけ吸うか」を、ε1 は「どれだけ位相を遅らせるか」を表す。
ε2(ω) がすべての振動数で分かれば、ε1(ω) は Kramers–Kronig の関係で決まり、
∫0∞ωε2(ω)dω=2πε0mnalle2(4.6.2)
の総和則が成り立つ(nall は内殻まで含めた全電子の数密度)。この2つは光学と量子エレクトロニクス 第12章で因果律だけから導いた結果で、ここでは導き直さない。そこで、この章では ε2 だけを計算する。ε2 はエネルギーの吸収そのものなので、黄金律で数えることができる。
誘電関数を部分に分ける
実際の固体の εr(ω) は、応答する電荷の種類ごとに足し合わせた形
εr(ω)=1+χcore(ω)+χlat(ω)+χfree(ω)+χinter(ω)(4.6.3)
に書ける。χcore は内殻電子で、共鳴が X 線の領域にあるので可視光では正の定数とみなすことができる。χlat はイオンの振動(光学フォノン)で、共鳴は赤外にある。χfree はバンドの中を動ける電子(金属の伝導電子・ドープした半導体のキャリア)で、Drude の形 −ωp2/(ω(ω+i/τ)) を持つ(第4部第2章)。最後の χinter が、価電子帯から伝導帯への遷移、すなわちバンド間遷移による部分で、絶縁体と半導体の可視・紫外の吸収はこれで決まる。振動子の模型では χinter を1つの Lorentz 振動子で代用したが、固体では遷移のエネルギーが k ごとに違うので、共鳴が連続に並ぶ。その並び方を数えるのがこの章の仕事である。
ある振動数の範囲より上にある共鳴は、その範囲では正の定数の分極として現れる。そこで、注目する電荷以外のすべてによる比誘電率を背景の比誘電率 εb と呼ぶ。たとえば赤外の光学フォノンを見るときはバンド間遷移と内殻を εb に入れ、伝導電子のプラズマ振動を見るときは d バンドからの遷移などを εb に入れる。特にフォノンより十分上でバンド間遷移より十分下の値を εr(∞)、フォノンより十分下の値を εr(0) と書く(第3部第1章の記号)。
選ぶ H^
この章で選ぶのは、電子1個の Hamiltonian
H^=2m(p^+eA(r^,t))2+Ucr(r^)≈H^cr+meA(r^,t)⋅p^(4.6.4)
である。Ucr は結晶の周期ポテンシャルで、H^cr=p^2/(2m)+Ucr は Bloch 状態 ∣nk⟩ とバンド εn(k) で対角化される(第2部)。光の場は Coulomb ゲージ ∇⋅A=0 のベクトルポテンシャルで入れ、E=−∂A/∂t である。電子の電荷が −e なので運動量は p^+eA になる(記法の正本の最小結合 p^−qA で q=−e)。2行目では A の2次の項 e2A2/(2m) を落とした。この項は電子の状態を変えずにエネルギーを一様にずらすだけで(長波長では A が電子の位置によらないため)、弱い光の線形応答には寄与しない。Coulomb ゲージでは p^⋅A=A⋅p^ なので、相互作用は H^int=(e/m)A⋅p^ の1項になる。電子どうしの相互作用(電子と正孔の引力・局所場)と格子の振動はこの H^ に入れていない。前者は4.6.3節で、後者は4.6.4節と間接遷移の項で戻す。
当てる道具:黄金律から ε2 へ
光を A=Re[A0ei(q⋅r−ωt)]、A0=A0e(e は偏りの単位ベクトル)とおくと、E0=iωA0 である。H^int のうち e−iωt で振動する部分 2meA0eiq⋅r^e⋅p^ がエネルギー ℏω を電子に渡す吸収を起こす。解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第12章の黄金律から、占められた ∣vk⟩ から空いた ∣ck′⟩ への遷移の率は
wvk→ck′=ℏ2π(2meA0)2⟨ck′∣eiq⋅r^e⋅p^∣vk⟩2δ(εc(k′)−εv(k)−ℏω)
である。
行列要素の中の Bloch 関数は eik⋅runk(r) の形で、u は格子周期を持つ。結晶の全体で積分すると、ei(k+q−k′)⋅r の位相がそろうところだけが残り、k′=k+q(逆格子ベクトルの差を除いて)になる。光の波数 q=2πn/λ は可視光で 107m−1 の程度で、Brillouin 域の大きさ π/a∼1010m−1 の 10−3 ほどしかない(第2部第9章の例題で GaAs について 6.5×10−4 と見積もった)。そこで q→0 とおき、eiq⋅r→1 とする(長波長近似)。これで遷移は同じ k の価電子帯から伝導帯へ、バンド図の上で真上へ向かう縦の遷移(直接遷移)に限られる。行列要素を
pcv(k):=⟨ck∣p^∣vk⟩(4.6.5)
と書く。
吸収されるエネルギーは、遷移の率に ℏω を掛けて、価電子帯のすべての k とスピンについて足したものである。単位体積あたりにして 21ωε0ε2∣E0∣2 と等しいとおき、∣A0∣2=∣E0∣2/ω2 を使うと
ε2(ω)=ε0m2ω2πe2⋅2∫BZ(2π)3d3ke⋅pcv(k)2δ(εc(k)−εv(k)−ℏω)(4.6.6)
を得る(先頭の 2 はスピン、∑k→V∫d3k/(2π)3)。ここで T=0 として価電子帯は満ち、伝導帯は空としたので、放出の項(伝導帯から価電子帯へ)は無い。価電子帯と伝導帯が何本もあるときは、すべての組 (v,c) について足す。
結合状態密度
行列要素が k によらない(あるいは吸収端の近くでゆっくりしか変わらない)とき、式 (4.6.6) は
ε2(ω)=ε0m2ω2πe2∣e⋅pcv∣2Dcv(ℏω),Dcv(E):=2∫BZ(2π)3d3kδ(εc(k)−εv(k)−E)(4.6.7)
になる。Dcv(E) は、2つのバンドのエネルギー差 εc−εv を1本の「バンド」とみなしたときの状態密度で、結合状態密度(joint density of states)と呼ぶ。第2部第6章の状態密度 D(ε) の式で εn(k) を εc(k)−εv(k) に置き換えたものなので、そこで調べた van Hove 特異点の分類がそのまま当てはまる。
吸収の大きさを表す無次元の量として、振動子強度 fcv(k)=2∣e⋅pcv∣2/(m(εc−εv)) を使うことも多い。式 (4.6.6) に ω を掛けて積分すると 2ε0mπe2⋅V1∑fcv になり、総和則 (4.6.2) は「振動子強度の和が電子の数になる」ことを言っている。Lorentz 振動子の模型の振動子強度は、この fcv を1つの共鳴に寄せ集めたものにあたる。
例題 4.6.1 誘電関数から吸収係数と反射率へ ★★
オリジナル光子のエネルギー ℏω=1.5eV の光について、次の2つの物質の n、κ、吸収係数 α、侵入長 1/α、垂直入射の反射率 R を求めよ。
- (1) 吸収端のすぐ下の半導体を想定した εr=12+0.1i。弱い吸収の近似 α≈ωε2/(nc) とも比べよ。
- (2) 金属を想定した εr=−20+1.5i。
解答
ω=1.5eV/ℏ=2.28×1015s−1 である。n~=εr の主値(κ≥0)を取る。
(1) n~=3.464+0.0144i。α=2ωκ/c=2.19×105m−1(2.19×103cm−1)、侵入長 1/α=4.56μm、R=∣(n~−1)/(n~+1)∣2=0.305。ωε2/(nc) からも同じ値が4桁まで得られる。ε2 が ε1 の 1% にも満たないのに、数 μm で光が 1/e に減る。反射率はほぼ ε1 だけで決まり、((12−1)/(12+1))2 に近い。
(2) n~=0.168+4.48i。α=6.80×107m−1 で侵入長は 14.7nm、R=0.969。ε1<0 では n~ がほとんど純虚数になり、光は数十 nm で減衰し、ほとんど反射される。吸収(ε2)が (1) より大きいのに反射率が高いのは、光が中へ入れず、吸収される前に跳ね返されるからである。
ほかの巻では
- 光学と量子エレクトロニクス 第10章:複素屈折率と ε1・ε2 と吸収係数の関係を Maxwell 方程式から出した所が読める(記号はこの巻と同じ)
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com