解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部 第12章 §1.12.1 ★★★ 時間発展を相空間全体の写像 (q,p)↦(Q,P) として読む。どの例でも面積と {Q,P}=1 が保たれる
前の章までで、相空間の点 (q,p) の時間変化は Hamilton 方程式で決まり、その変化は Hamiltonian H を生成子とする無限小変換の積み重ねとして書けること、そして時間変化を含むあらゆる無限小変換が Poisson 括弧 {⋅,G} で表せることを見た(第1部第9章・第1部第11章)。この章では見方を1つだけ変える。時刻 0 の点 (q,p) を時刻 t の点へ送る対応を、軌道1本の話としてでなく、相空間全体をそれ自身へ移す写像として扱う。写像として見ると、時間発展は「古い変数 (q,p) から新しい変数 (Q,P) への取り替え」の1つになる。
この章の主題は、そうした取り替えのうちで Hamilton 方程式の形を壊さないもの、すなわち正準変換である。学部の授業では、正準変換は母関数という関数を最初に示すところから説明されることが多い。この章では順序を逆にする。まず時間発展の写像を具体的に計算して、どの例でも Poisson 括弧 {Q,P}=1 が保たれ、相空間の面積が変わらないことを確かめる(1.12.1節)。次にこの性質を定義に取り、それが Hamilton 方程式の形を保つことを示す(1.12.2節)。そのうえで、どんな Hamiltonian の時間発展も正準変換であることを、無限小変換から積み上げて証明する(1.12.3節)。母関数が出てくるのはその後で、「面積を保つ」という条件を微分形式 pdq−PdQ の言葉に直すと、正準変換が1つの関数で書けることが分かる(1.12.4節)。時刻によって変わる変換では新しい Hamiltonian が K=H+∂F/∂t になること(1.12.5節)を確かめ、教科書の書き方との対応(1.12.6節)で終える。
記号は記法の正本どおり、新しい変数を (Q,P)、新しい Hamiltonian を K と書く。自由度は f で、和 ∑i は省かない。具体例はほとんど1自由度で計算する。1自由度では相空間が平面になり、「面積を保つ」という条件を図で確かめられるためである。
軌道から写像へ
Hamilton 方程式 q˙i=∂H/∂pi, p˙i=−∂H/∂qi は1階の常微分方程式なので、時刻 0 の点 (q,p) を1つ決めると、時刻 t の点がただ1つ決まる。時刻 0 の点を変えれば行き先も変わる。そこで、時刻 t を決めたうえで「出発点 (q,p) を入れると行き先を返す」対応
φt: (q,p) ⟼ (Q,P)=(q(t),p(t))出発点 (q,p)(1.12.1)
を考える。φt を時刻 t の流れ(flow)と呼ぶ。行き先 (Q,P) は出発点 (q,p) の関数 Q(q,p), P(q,p) である。ここで Q と P を「時刻 t の位置と運動量」と読むこともできるし、「出発点の座標 (q,p) を、新しい2つの量 (Q,P) に取り替えた」と読むこともできる。この章で使うのは後の読み方である。
H が時刻を陽に含まないとき、時刻 s だけ進めてからさらに t だけ進めることは、t+s だけ進めることと同じなので、φt∘φs=φt+s が成り立つ。φ−t が逆写像になるので、流れは相空間の点を1対1に対応させる。
3つの流れを計算する
自由粒子 H=p2/(2m) では、q˙=p/m, p˙=0 を解いて
Q=q+mpt,P=p.
運動量の大きい点ほど右へ大きく動くので、相空間の正方形は傾いた平行四辺形に移る。高さ(p の幅)も底辺(q の幅)も変わらないので、面積は変わらない。このような写像をずりと呼ぶ。
調和振動子 H=p2/(2m)+21mω2q2 では、q¨=−ω2q の解を出発点の値で書いて
Q=qcosωt+mωpsinωt,P=pcosωt−mωqsinωt.(1.12.2)
軸の目盛りを x=mωq, y=p/mω に取り直すと、これは (x,y)↦(xcosωt+ysinωt, ycosωt−xsinωt) で、原点のまわりの角 ωt の時計回りの回転になる。回転は面積を変えない。目盛りの取り直しは q 方向を mω 倍、p 方向を 1/mω 倍にするだけで、その積が 1 なので、元の (q,p) 平面でも面積は変わらない。
振り子 H=21p2−cosq(質量・長さ・重力加速度を 1 にとる単位)では、流れを式で書くことはできないが、Hamilton 方程式を数値で解けば調べることができる。図 1.12.1 は、(q,p)=(0,1.4) を中心とする半径 0.35 の円板の中の点をすべて同時に動かしたときの、円板の像である。円板は回りながら細長い三日月形に引き伸ばされる。振り子では振幅の大きい軌道ほど1周に時間がかかるので、円板の外側の点(振幅が大きい)が内側の点から遅れ、像が引き伸ばされる。それでも像の面積を測ると、t=2.5, 5, 7.5 のどの時刻でも初めの円板の面積 π(0.35)2≈0.385 に5桁まで一致する。形はいくらでも変わるが、面積は変わらない。

図 1.12.1 振り子 H=21p2−cosq の流れで、円板(中心 (0,1.4)・半径 0.35)が移る先。数値で解いた像(t=0,2.5,5,7.5)。点線は分離線 p=±2cos(q/2)。像はどの時刻でも面積 0.385 を保つ(verify_ch1-12.py で靴ひも公式により確認)。
面積の変化を測る量
小さな領域の面積が写像でどう変わるかは、Jacobi 行列
M=(∂q∂Q∂q∂P∂p∂Q∂p∂P)
の行列式で決まる。点 (q,p) のそばの小さな平行四辺形を辺のベクトル u, v で張ると、写像はそれを Mu, Mv で張る平行四辺形へ移し、面積は ∣detM∣ 倍になる。1自由度では、この行列式はちょうど Poisson 括弧になっている。
detM=∂q∂Q∂p∂P−∂p∂Q∂q∂P={Q,P}.(1.12.3)
自由粒子では detM=1⋅1−(t/m)⋅0=1、調和振動子では detM=cos2ωt+sin2ωt=1 である。つまり、ここまでの3つの例で見た「面積が変わらない」は、「新しい変数どうしの Poisson 括弧が {Q,P}=1 のままである」と同じことを言っている。{q,p}=1 という古い変数の関係が、新しい変数 (Q,P) でもそのまま成り立つ。次の節ではこれを定義に取る。
例題 1.12.1 4分の1周期の流れは座標と運動量を入れ替える ★★
オリジナルm=1, ω=2 の調和振動子 H=21p2+2q2 の流れ (1.12.2) を、4分の1周期 t=π/4 で考える。
- (1) Q と P を q, p で表せ。
- (2) 出発点 (1,0) の行き先を求めよ。
- (3) 正方形 0≤q≤1, 0≤p≤1 の像を求め、面積が 1 であることを確かめよ。
- (4) {Q,P} を計算せよ。
解答
(1) ωt=π/2 なので cosωt=0, sinωt=1。式 (1.12.2) から
Q=mωp=2p,P=−mωq=−2q.
4分の1周期たつと、新しい座標は古い運動量で、新しい運動量は古い座標(の −2 倍)で決まる。
(2) (q,p)=(1,0) を入れて (Q,P)=(0,−2)。q=1 で静かに放したおもりは、4分の1周期後に原点を速さ 2(m=1 なので運動量 −2)で負の向きに通る。エネルギーは初め 2⋅12=2、行き先で 21(−2)2=2 で等しい。
(3) 4つの頂点 (0,0), (1,0), (1,1), (0,1) はそれぞれ (0,0), (0,−2), (21,−2), (21,0) へ移る。像は幅 21・高さ 2 の長方形で、面積は 21⋅2=1。正方形が長方形に変わっても、面積は変わらない。
(4) {Q,P}=∂q∂Q∂p∂P−∂p∂Q∂q∂P=0⋅0−21⋅(−2)=1。座標と運動量が役を入れ替えても、括弧の値は 1 のままである。相空間では「どちらが座標でどちらが運動量か」は流れの中で入れ替わりうるので、2つの変数を区別するのは名前でなく、{Q,P}=1 という関係の向きである。
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