解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部 第12章 §1.12.3 ★★★ 無限小変換は1次まで正準で、その積み重ねである流れは厳密に正準になる。系として相空間の体積が保たれる(Liouville の定理)
無限小変換は1次まで正準
生成子 G(q,p) による無限小変換(第1部第9章)は
Qi=qi+ϵ∂pi∂G,Pi=pi−ϵ∂qi∂G(1.12.8)
である。1自由度で {Q,P} を計算すると、G の2階偏微分を Gqp などと書いて
{Q,P}=(1+ϵGpq)(1−ϵGqp)−(ϵGpp)(−ϵGqq)=1+ϵ2(GppGqq−Gqp2).
2階偏微分の順序が入れ替えられるので ϵ の1次の項は ϵGpq−ϵGqp=0 と打ち消し合い、括弧は ϵ の1次まで 1 に等しい。f 自由度でも同じで、式 (1.12.8) は Z=z+ϵJ∇zG と書けるので、G の Hesse 行列を S(対称行列)として M=1+ϵJS。JTJ=1, JJ=−1 を使うと
MTJM=J+ϵ(SJTJ+JJS)+O(ϵ2)=J+ϵ(S−S)+O(ϵ2)=J+O(ϵ2).
無限小変換の第1部第9章での書き方 δqi=ϵ{qi,G}, δpi=ϵ{pi,G} は、ちょうどこの「1次まで正準」になる組み合わせだった。∂G/∂pi と −∂G/∂qi の符号の組を崩すと、1次の項が残って正準でなくなる。
積み重ねると厳密に正準
時間発展は G=H, ϵ=dt の無限小変換の積み重ねである。1歩ごとの O(ϵ2) の誤差を N=t/ϵ 歩ぶん足しても O(ϵ) にしかならないので、ϵ→0 の極限では誤差が消えると期待できる。この期待を、極限をとらずに直接示す。
定理 1.12.4(流れは正準変換 ★★★)
Hamiltonian H(q,p,t)(時刻を陽に含んでもよい)の時刻 0 から t までの流れ φt は、すべての t で正準変換である。
証明
出発点 z を少しずらしたときの行き先のずれを考える。Hamilton 方程式は Z˙=J∇ZH(Z,t) と書けるので、これを出発点 zb で微分すると、Jacobi 行列 M(t)=(∂Za/∂zb) は
dtdM=JS(t)M,M(0)=1(1.12.9)
に従う。ここで S(t) は軌道上で計算した H の Hesse 行列で、対称である。すると
dtd(MTJM)=MTSTJTJM+MTJJSM=MTSM−MTSM=0
なので MTJM は時刻によらず、t=0 の値 J に等しい。式 (1.12.7) から φt は正準変換である。
証明は H の形を何も使っていない。S が対称であること、つまり右辺が1つの関数 H の勾配に J を掛けた形であることだけを使った。同じ証明は H を任意の生成子 G に置き換えても通るので、どの生成子で動かした1径数の変換(並進・回転など)も正準変換である。さらに、正準変換を2つ続けた変換も (M1M2)TJ(M1M2)=M2T(M1TJM1)M2=J で正準変換であり、逆変換も正準変換である。
系 1.12.5(Liouville の定理 ★★★)
流れの Jacobi 行列は detM=1 を満たす。したがって相空間の領域を流れで動かしても、その 2f 次元の体積は変わらない。
証明
MTJM=J の行列式をとると (detM)2detJ=detJ、detJ=1 なので detM=±1。M(0)=1 から連続に変わるので detM=1。体積は ∫∣detM∣d2fz で変わるので保たれる。
図 1.12.1 で円板の面積が保たれていたのはこの系の例である。f≥2 では正準であることは体積を保つことより強い。detM=1 は条件1つだが、MTJM=J は f(2f−1) 個の条件で、(qi,pi) の各平面への射影の面積の和まで保つことを要求する(1.12.4節)。相空間の体積が保たれることは統計力学の等重率の土台で、第3部第1章 で使う。
時刻を刻むと正準でなくなることがある
計算機で Hamilton 方程式を解くとき、時刻を幅 Δt で刻んで1歩ずつ進める。その1歩も相空間の写像なので、正準変換かどうかを問うことができる。定理 1.12.4 は厳密な流れについての主張で、刻んだ写像が正準である保証はない。調和振動子の前進 Euler 法 (1.8.17) とシンプレクティック Euler 法 (1.8.18) は第1部第8章の例題 1.8.5 で比べた。結果だけ引くと、前進 Euler 法の1歩は行列式が 1+ω2Δt2 で正準でなく、エネルギーが1歩ごとに 1+ω2Δt2 倍に増える。シンプレクティック Euler 法の1歩は行列式が 1 で正準であり、エネルギーの代わりに少しずれた2次式 E~=21p2+21ω2q2−21ω2Δtqp を厳密に保つ(図 1.12.2)。刻み方によって正準になるものとならないものがあり、その差は長い時間の計算で目に見える違いになる。分子動力学で広く使われる Störmer–Verlet 法(leapfrog 法)も、1歩が正準変換になる刻み方である。次の例題でその1歩を調べる。
例題 1.12.3 Störmer–Verlet 法の1歩 ★★
オリジナルm=ω=1 の調和振動子 H=21(p2+q2) を幅 Δt で刻む Störmer–Verlet 法は、運動量を半歩・座標を1歩・運動量を半歩の順に進める。
pn+1/2=pn−2Δtqn,qn+1=qn+Δtpn+1/2,pn+1=pn+1/2−2Δtqn+1.
- (1) 1歩の写像 (qn,pn)↦(qn+1,pn+1) の Jacobi 行列を求め、行列式が 1(正準)であることを示せ。
- (2) (qn+1,pn+1) から刻みを −Δt にして同じ手順で1歩進めると (qn,pn) に戻ること(時間反転対称)を示せ。
- (3) H~=21p2+21(1−4Δt2)q2 が1歩で厳密に保たれることを示し、(1,0) から出発したとき q2+p2 が動く範囲を Δt=0.1 で求めよ。
解答
(1) 3つの段を代入してまとめると qn+1=(1−2Δt2)qn+Δtpn、pn+1=−Δt(1−4Δt2)qn+(1−2Δt2)pn なので、Jacobi 行列は
M(Δt)=(1−2Δt2−Δt(1−4Δt2)Δt1−2Δt2),detM=(1−2Δt2)2+Δt2(1−4Δt2)=1.
Δt4/4 の項も打ち消し合う。3つの段はそれぞれ片方の変数だけをずらす行列式 1 の写像なので、その積として detM=1 と見てもよい。
(2) 行列式が 1 の 2×2 行列の逆行列は、対角成分を入れ替えて非対角成分の符号を変えたものである。M(Δt) は対角成分が等しいので
M(Δt)−1=(1−2Δt2Δt(1−4Δt2)−Δt1−2Δt2)=M(−Δt)
となり、刻みを −Δt にした1歩がちょうど逆写像になる。半歩・1歩・半歩と左右対称に並べたことがこの性質を生む。シンプレクティック Euler 法は運動量を先に進める非対称な手順なので、M(−Δt)=M(Δt)−1 である。
(3) M の成分を a=1−2Δt2, b=Δt, c=−Δt(1−4Δt2) とおくと a2−bc=1 で、q′=aq+bp, p′=cq+ap を代入すると
−cq′2+bp′2=(a2−bc)(−cq2+bp2)=−cq2+bp2
(qp の項は −2abc+2abc=0 で消える)。−cq2+bp2=2ΔtH~ なので H~ は厳密に保たれる。(1,0) では H~=21(1−4Δt2) で、軌道は楕円 (1−4Δt2)q2+p2=1−4Δt2 の上にある。q2+p2 は p=0 で最大の 1、q=0 で最小の 1−4Δt2 をとるので、Δt=0.1 では 0.9975≤q2+p2≤1 である。同じ刻みのシンプレクティック Euler 法では E~ と E の差が Δt の1次の qp の項で、q2+p2 は 0.952 から 1.053 まで動く。Störmer–Verlet 法の H~ は H と Δt2 の項だけ違い、qp の項を持たない。時間反転対称な刻み方では Δt の奇数次のずれが現れない。

図 1.12.2 調和振動子(m=ω=1)を Δt=0.1 で 100 歩(t=10)進めた軌道。Euler 法(正準でない)は1歩ごとに q2+p2 が 1.01 倍になって渦巻きで外へ出る。シンプレクティック Euler 法(正準)は少し傾いた楕円 q2+p2−0.1qp=1 の上を回り続ける。点線は厳密な円。
正準な刻み方でエネルギーが長時間ずれていかない理由は、上の例題の (3) と同じく、少しずれた H~ を厳密に保つことにある。
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