解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第12章 §4.12.6 ★★ 授業の −d^⋅E は、この章の −mqA⋅p^ とゲージの取り替え=正準変換で結ばれる。振動子強度の総和則は古典の {x,{H,x}}=−1/m の量子版
長さのゲージと速度のゲージ
授業では、光と原子の相互作用を最初から
H^′(t)=H^0−d^⋅E(0,t)=2mp^2+V(r^)−qr^⋅E(0,t)(4.12.30)
と書くことが多い。原子が一様な電場の中に置かれたときの静電エネルギー −d⋅E を、そのまま時間に依存する場に使った形である。この章の式 (4.12.3) とは見かけが違い、しかも 4.12.4節の式 (4.12.22) の行列要素は、共鳴から外れると ωfi/ω だけ違う。2つは同じ物理を表しているのか。
答えは、2つの Hamiltonian がゲージの取り替えで結ばれる、というものである。双極子近似で A(r,t)≈A(0,t) とし、ゲージ関数を
Λ(r,t)=−r⋅A(0,t)(4.12.31)
に選ぶ(Göppert-Mayer のゲージ変換)。第2部第2章のゲージ変換 A→A+∇Λ, ϕ→ϕ−∂tΛ で、A′=A(0,t)−A(0,t)=0、ϕ′=0+r⋅∂tA(0,t)=−r⋅E(0,t) になる。ベクトルポテンシャルが消え、電場はスカラーポテンシャル ϕ′ だけで表される。新しいゲージの Hamiltonian は (p−qA′)2/(2m)+V+qϕ′ で、式 (4.12.30) そのものである。
第2部第2章では、ゲージ変換が母関数 F2=r⋅P−qΛ の正準変換で、正準運動量が p′=p+q∇Λ、Hamiltonian が H′=H−q∂tΛ に変わり、量子力学では波動関数が ψ′=eiqΛ/ℏψ と位相を変えることを示した。式 (4.12.31) では p′=p−qA(0,t)=mr˙ で、新しいゲージの正準運動量は運動学的運動量に一致する。2つの Hamiltonian は同じ運動を、異なる正準変数で書いたものである。
| 速度のゲージ(この章) | 長さのゲージ(授業) |
| ポテンシャル | A(0,t), ϕ=0 | A′=0, ϕ′=−r⋅E(0,t) |
| 摂動 | −mqA⋅p^+2mq2∣A∣2 | −qr^⋅E |
| 正準運動量 p | mr˙+qA | mr˙ |
| 共鳴の行列要素 | −ωωfi2E0e⋅dfi | −2E0e⋅dfi |
行列要素が共鳴から外れて違うのは、2つのゲージで「H^0 の固有状態」が指す物理的な状態が、場のある間は違うからである。H^0 の固有状態は、正準運動量 p を使って定義されているが、p の意味がゲージで違う(mr˙+qA と mr˙)。場が消えた後(A=0)は2つのゲージが一致するので、測る量(遷移の後の状態の確率)は一致し、黄金律のように共鳴だけが残る極限では、行列要素そのものも一致する。
授業の黄金律と振動子強度
授業では Fermi の黄金律を w=ℏ2π∣Vfi∣2ρ(Ef) と書くことが多い。式 (4.12.18) の H^ω が V にあたる。H^1(t)=V^cosωt と書く流儀では H^ω=V^/2 で、係数に 41 が付くので、流儀を読み比べるときは振動の項の分け方を確かめる。
分光では、遷移の強さを振動子強度
fni=ℏ2mωni∣⟨n∣x^∣i⟩∣2(4.12.32)
で表すことが多い。これは次の総和則を満たす。
命題 4.12.3(Thomas–Reiche–Kuhn の総和則 ★★★)
H^0=p^2/(2m)+V(r^) の任意の固有状態 ∣i⟩ について ∑nfni=1。
証明
[x^,[H^0,x^]] を2通りに計算する。[H^0,x^]=−iℏp^x/m だから [x^,[H^0,x^]]=−miℏ[x^,p^x]=mℏ2。一方、∣i⟩ で期待値をとり、完全系 ∑n∣n⟩⟨n∣ を挟むと⟨i∣[x^,[H^0,x^]]∣i⟩=∑n2(En−Ei)∣⟨n∣x^∣i⟩∣2。両者を等しいとおいて ℏ2/m で割れば ∑nfni=1。
この証明で使ったのは [x^,[H^0,x^]]=ℏ2/m だけで、これは古典の Poisson 括弧 {x,{H0,x}}={x,−px/m}=−1/m に (iℏ)2 を掛けたものである。括弧の中の式が px の1次式で、第4部第1章で述べた量子化の補正が入らないので、古典の値がそのまま量子の値になる。
古典の電子を平衡点に角振動数 ω0 のばねでつないだ模型(Lorentz の振動子)では、光に対する応答は1個の振動子のものになる。量子の原子は、遷移ごとに角振動数 ωni の振動子をfni 個ずつ持ち、全部合わせてちょうど1個分になっている、と読める(屈折率への応用は光学と量子エレクトロニクス 第11章。光学と量子エレクトロニクス 第11章)。自然放出の確率も Ai→n=∣fni∣γcl(γcl=q2ωni2/(6πε0mc3)。x 方向に偏った1次元の双極子の場合)と、古典の放射減衰率を振動子強度で割り振った形に書ける。
例題 4.12.6 振動子強度を数える ★★
オリジナル
- (1) 調和振動子(角振動数 ω)の n 番目の準位から見た振動子強度 fn+1,n と fn−1,n を求め、総和則を確かめよ。
- (2) 水素の 1s→2p(m=0) の振動子強度を、例題 4.12.4 の値から求めよ(x^ の代わりに z^ で計算してよい)。
解答
(1) 第4部第4章の ∣⟨n+1∣x^∣n⟩∣2=2mωℏ(n+1)、∣⟨n−1∣x^∣n⟩∣2=2mωℏn と ωn±1,n=±ω からfn+1,n=n+1、fn−1,n=−n で、和は 1。x^ が準位を1つずつしか動かさないので、項は2つしかない。下の準位への f は負で、放出にあたる。基底状態(n=0)では f10=1 で、1つの遷移が強さを全部持つ。古典の Lorentz の振動子が厳密に1個の振動子であることの量子版である。
(2) 原子単位(m=ℏ=a0=1)で ωfi=3/8、zfi=0.745 なので f=2×83×0.7452=0.416。1s から z 方向の振動子強度の残り 0.584 は、3p 以上の束縛準位と電離した連続状態に分かれている。
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