ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第2章 §2.2.3 ★★★ ブタジエンとベンゼンの非局在化エネルギー、4n+2 個の π電子で環が閉殻になる Hückel 則、鎖が長いほど HOMO–LUMO の差が 1/N で縮むこと
ブタジエン:結合の次数
ブタジエン(N=4 の直鎖)の準位は、式 (2.2.7) で cos(jπ/5) を使って
ε=εa∓1.618t,εa∓0.618t(2.2.9)
である(1.618=2cos(π/5) は黄金比、0.618=2cos(2π/5) はその逆数)。4個の π電子は低い2つに入り、
Eπ=4εa−2(1.618+0.618)t=4εa−25t≈4εa−4.472t(2.2.10)
を得る(2cos(π/5)+2cos(2π/5)=5)。π結合が2本ばらばらにある構造(エチレン2個分、4εa−4t)より 0.472t 低い。この差を非局在化エネルギーと呼ぶ。π電子が2つの二重結合に閉じ込められず、4つの炭素全体に広がることで得る安定化である。
電子が結合 j–l にどれだけ集まっているかを、π結合の次数
pjl=ν∑nνcν,jcν,l(2.2.11)
で測る(実数の軌道で書いた)。エチレンでは p12=2⋅21⋅21=1 で、1本の完全な π結合を表す。ブタジエンでは、端の結合で p12=0.894、真ん中の結合で p23=0.447 である。構造式では C1=C2 と C3=C4 を二重結合、C2–C3 を単結合と書くが、Hückel 法では端の結合は二重結合に少し足りず、真ん中の結合にも π結合の性格が半分近くある。このずれは結合の長さに現れ、真ん中の結合は典型的な C–C 単結合より短い。結合の次数と長さの関係は、この章では使わない(結合の長さを固定して t を一定にしたため。2.2.4節)。
ベンゼンと Hückel 則
ベンゼン(N=6 の環)の準位は、式 (2.2.8) で m=0,±1,±2,3 として
εa−2t,εa−t (2重),εa+t (2重),εa+2t(2.2.12)
である。6個の π電子は低い3つの軌道をちょうど埋め、
Eπ=6εa−2⋅2t−4⋅t=6εa−8t(2.2.13)
になる。π結合が3本ばらばらにある構造(Kekulé 構造、6εa−6t)より 2t 低く、これがベンゼンの非局在化エネルギーである。結合の次数は6本の結合すべてで p=2/3 で、Hückel 法のベンゼンでは単結合と二重結合の区別が無い(例題 2.2.3)。
同じ計算を炭素4個の環(シクロブタジエン)で行うと、準位は εa−2t、εa(2重)、εa+2t である。4個の π電子のうち2個は最低の軌道に入るが、残り2個は縮退した2つの εa の軌道に入り、殻が半分しか埋まらない。Eπ=4εa−4t はエチレン2個分と同じで、非局在化エネルギーは 0 である。
環の準位 (2.2.8) は、最低の m=0 が1つで、その上は縮退した対が並ぶ。閉殻(最後に入った準位がちょうど埋まる)になるのは、電子の数が 2+4n(n=0,1,2,…)のときである。最低の準位に2個、続く縮退した対に4個ずつ入るからである。これを Hückel 則と呼び、π電子が 4n+2 個の平面の環(ベンゼン・シクロペンタジエニル陰イオン・トロピリウム陽イオンなど)が特に安定な芳香族性の目安とされる(E. Hückel (1931), Z. Physik 70, 204)。4n 個の環では縮退した対が半分だけ埋まり、閉殻にならない。

図 2.2.1 4つの分子の Hückel 準位(縦軸の目盛りは t、εa からの差)。黒丸は基底状態の π電子。2つに分けて描いた横線は2重に縮退した準位。シクロブタジエンでは縮退した εa の対が半分だけ埋まり、閉殻にならない
鎖を長くすると HOMO–LUMO の差が縮む
N が偶数の直鎖では、N 個の π電子が j=1,…,N/2 を埋め、HOMO は j=N/2、LUMO は j=N/2+1 である。式 (2.2.7) から、その差は
ΔN=εN/2+1−εN/2=2t[cos2(N+1)Nπ−cos2(N+1)(N+2)π]=4tsin2(N+1)π(2.2.14)
になる(和積の公式を使った)。N=2 で 2t(エチレン)、N=4 で 1.236t、N=6 で 0.890t と、鎖が長いほど小さい。N が大きいとき
ΔN≃N+12πt(N≫1)(2.2.15)
で、差は鎖の長さに反比例して 0 に近づく。準位の全体の幅は 4t に収まったまま、N 個の準位がその中に詰まるからである。
無限に長い鎖では HOMO と LUMO の差が無くなり、占有された準位のすぐ上に空の準位がある。これは金属の特徴である。Hückel 法をそのまま信じると、長いポリエン(ポリアセチレン)は金属になる。ところが実際の長いポリエンでは、結合の長さが長短交互になり、差は 0 にならない。図 2.2.2 の四角の印は、結合ごとに飛び移りを 1.1t と 0.9t の交互にした鎖の差で、N→∞ で 2×(1.1−0.9)t=0.4t に近づく。飛び移りの交互の変化が差を開く理由と、鎖が自ら交互に歪む理由(Peierls 転移)は 第2部第8章 で扱う。N→∞ で準位が連続した帯になる様子は次の章 第2部第3章 で扱う。

図 2.2.2 直鎖の HOMO–LUMO の差。黒丸の点線は一様な鎖の厳密な値 (2.2.14)、青の実線は近似 (2.2.15)。四角の点線は飛び移りを 1.1t と 0.9t の交互にした鎖を数値で対角化した値で、赤の破線の 0.4t に近づく
例題 2.2.3 ベンゼンとシクロブタジエンの結合の次数 ★★★
オリジナル
- (1) ベンゼンの π電子6個の基底状態で、隣り合う炭素の結合の次数 pn,n+1 を求めよ。縮退した軌道は複素数の平面波 (2.2.8) のまま使ってよい(そのときは pjl=Re∑νnνcν,j∗cν,l とする)。
- (2) ベンゼンの π結合の全エネルギーが Eπ=6εa−2t∑結合pjl と書けることを確かめよ。
- (3) シクロブタジエンで、縮退した2つの軌道に電子を1個ずつ同じ向きのスピンで入れたときと、片方に2個入れたときで、Eπ は変わるか。Hückel 法がこの2つの状態を区別できない理由を述べよ。
解答
(1) 占有軌道は m=0 に2個、m=±1 に2個ずつである。cm,n∗cm,n+1=61e2πim/6 で、実部は 61cos(πm/3) なので
pn,n+1=62[cos0+cos3π+cos(−3π)]=31⋅2=32.
6本の結合すべてで同じ値で、Kekulé 構造の二重結合(1)と単結合(0)の平均よりやや大きい。
(2) Eπ=∑νnν⟨ν∣H^π∣ν⟩=εa∑jqj−2t∑結合pjl で(各結合が ∣j⟩⟨l∣ と ∣l⟩⟨j∣ の2項を持つので係数2)、対の定理から qj=1 なので第1項は 6εa、第2項は −2t⋅6⋅32=−8t で、式 (2.2.13) と一致する。
(3) どちらも Eπ=2(εa−2t)+2εa=4εa−4t で変わらない。Hückel 法の全エネルギー (2.2.3) は軌道のエネルギーと電子の数だけで決まり、電子どうしの反発と交換のエネルギーを含まないので、同じ準位への入れ方の違い(スピンの向きや、同じ軌道に2個入るか別々に入るか)を区別することができない。実際の分子でどちらが低いかを決めるのは削った電子間相互作用で、2.2.4節で扱う。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com