ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第5章 §2.5.2 ★★★ Brillouin 域の境界では2つの平面波が縮退し、VG がそれらを混ぜて幅 2∣VG∣ のギャップを開く。境界の状態は定在波で、群速度は 0、端の近くの有効質量は ∣VG∣ に比例して小さい
2つの平面波の行列
k が境界 G/2 の近くにあるとき、エネルギーの近い2つの平面波 eikx と ei(k−G)x だけを残すと、中心方程式 (2.5.6) は
(ε(0)(k)VG∗VGε(0)(k−G))(ckck−G)=ε(ckck−G)(2.5.9)
になる(第1行の非対角要素は G=0, G′=G の VG′−G=VG、第2行は V−G=VG∗)。固有値は
ε±(k)=2ε(0)(k)+ε(0)(k−G)±(2ε(0)(k)−ε(0)(k−G))2+∣VG∣2(2.5.10)
である。境界から離れて ∣ε(0)(k)−ε(0)(k−G)∣≫∣VG∣ となれば、平方根を展開して2次摂動 (2.5.7) の該当する項に戻る。境界 k=G/2 ではちょうど対角要素が等しく、
ε±(2G)=ε(0)(2G)±∣VG∣,εg=ε+−ε−=2∣VG∣(2.5.11)
となる。2つのバンドの間には、どの k の状態も無いエネルギーの範囲が開く。これをバンドギャップと呼ぶ。ギャップの大きさは、その境界を作る逆格子ベクトル G の Fourier 成分の大きさだけで決まる。第1の境界 k=π/a のギャップは 2∣V2π/a∣、第2の境界(Γ 点の 4εX の縮退)のギャップは 2∣V4π/a∣ である。ポテンシャルに含まれない Fourier 成分の境界ではギャップが開かない(2×2 の近似の範囲で。高い次数では別の成分の組み合わせで開く)。

図 2.5.1 V(x)=2V1cos(2πx/a)、V1=−0.2εX のバンド(第1 Brillouin 域に畳んだ図)。灰色の破線は空格子 (2.5.3)、点線は平面波31本の行列を数値で対角化した厳密な値、実線は2つの平面波の近似 (2.5.10)。k=±π/a で幅 2∣V1∣=0.4εX のギャップが開き、バンドは境界に水平に入る。Γ 点の 4εX の縮退は、V4π/a=0 のため 2×2 の範囲では解けず、高い次数の小さなギャップだけが開く。
境界の状態は定在波:どちらが下になるか
境界 k=π/a(G=2π/a)での固有ベクトルを求める。結晶が反転対称 V(−x)=V(x) を持てば VG は実数なので、そう仮定する。式 (2.5.9) の第1行に ε=ε(0)+s∣VG∣(s=±1)を入れると ck−G=ssgn(VG)ck となる。k=π/a、k−G=−π/a なので、固有状態は
ψ∝eiπx/a±e−iπx/a,すなわちψc∝cosaπx,ψs∝sinaπx(2.5.12)
の2つで、右へ進む波と左へ進む波が等量混ざった定在波である。定在波は正味の流れを運ばない。実際、式 (2.5.10) を k で微分すると境界で 0 になり、群速度 v=ℏ−1dε/dk は 0 である。バンドは境界に水平に入る(図 2.5.1)。
どちらの定在波が下になるかは、電子の密度がどこに集まるかで決まる。原子核の位置を x=na に取り、イオンが電子を引き付ける(イオンの上で V が低い)とする。∣ψc∣2∝cos2(πx/a) はイオンの上に山を持ち、∣ψs∣2∝sin2(πx/a) はイオンの上に節を持つ。規格化した密度 2cos2(πx/a)=1+cos(2πx/a) の上で V を平均すると、V=2VGcos(Gx)+⋯ のうち cos(Gx) の成分だけが残って ⟨V⟩c=VG、同様に ⟨V⟩s=−VG となる。イオンが引き付けるポテンシャルでは VG<0 なので、ψc が VG=−∣VG∣ だけ下がり、ψs が ∣VG∣ だけ上がる。ギャップの下の端は「イオンの上に電子が乗る状態」、上の端は「イオンの間に電子がいる状態」である。ギャップの大きさ 2∣VG∣ は、この2つの状態が感じるポテンシャルの差そのものである。
Bragg 反射としての読み方
境界の条件 (2.5.8) は、波長 λ=2π/k の電子の波が格子で反射されるときの Bragg の条件と同じである。1次元で波が格子に垂直に入射すると(第1部第3章の Bragg の式で θ=90∘)、隣り合う原子で反射された波の行路差は 2a で、2a=nλ のとき強め合う。これは k=nπ/a と同じ条件である。この条件の上では、右へ進む波 eikx が格子で次々に反射されて左へ進む波 e−ikx を作り、反射波どうしが強め合うので、2つの波が対等に混ざった定在波が固有状態になる。条件から外れた k では、反射された波どうしの位相がそろわず打ち消し合うので、波はほとんど反射されずに進む。自由電子の放物線から大きく外れるのは境界の近くだけ、というのはこのためである。X 線の回折(第1部第3章)では Bragg の条件は「どの方向に散乱が出るか」を決めたが、結晶の中の電子では「どのエネルギーで波が進めなくなるか」を決める。
ギャップの端の有効質量
境界からのずれ Δk:=k−G/2 が小さいとして、式 (2.5.10) を展開する。λ0:=ε(0)(G/2) と書くと、
2ε(0)(k)+ε(0)(k−G)=λ0+2mℏ2Δk2,2ε(0)(k)−ε(0)(k−G)=2mℏ2GΔk
である。平方根を ∣VG∣ のまわりで展開すると (ℏ2GΔk/2m)2+∣VG∣2≈∣VG∣+8m2∣VG∣ℏ4G2Δk2 で、ℏ4G2/(8m2)=2mℏ2⋅2λ0 を使えば
ε±≈λ0±∣VG∣+2m±∗ℏ2Δk2,m±∗m=1±∣VG∣2λ0(2.5.13)
を得る。ギャップの端のバンドは放物線で、その曲がり方を有効質量 m∗ で表すと、上の端では m+∗=m/(1+2λ0/∣VG∣) と正で小さく、下の端では ∣VG∣<2λ0 なら m−∗<0(上に凸)になる。∣VG∣ が小さいほど、端の有効質量は小さい。ギャップが小さい半導体(InSb など)で伝導電子の有効質量が小さいのは、この関係と同じ構造(ギャップを挟んだ2つの状態の反発)による。この傾向をバンド間の行列要素で一般に言い表す方法(k⋅p 摂動)は第4部の半導体の章で扱う。
例題 2.5.3 ギャップの大きさと端の有効質量 ★★★
オリジナル例題 2.5.2 と同じ V1=V2π/a=−0.2εX の結晶(a=0.4nm)を考える。
- (1) 第1の境界のギャップの大きさを εX と eV で求めよ。
- (2) ギャップの下の端と上の端の状態は、それぞれ cos(πx/a) と sin(πx/a) のどちらか。
- (3) 端の有効質量 m±∗/m を式 (2.5.13) で求めよ。平面波31本の数値の対角化から曲率を求めると m/m∗=11.0(上)と −9.0(下)になる。
解答
(1) 式 (2.5.11) から εg=2∣V1∣=0.4εX=0.4×2.35=0.940eV である。
(2) V(x)=2V1cos(2πx/a) は V1<0 なので x=na で最も低い。イオンの上に密度の山を持つ cos(πx/a) が下の端(εX−0.2εX=0.8εX)、節を持つ sin(πx/a) が上の端(1.2εX)である。式で確かめると、VG<0 のとき下の状態は ck−G=ssgn(VG)ck=(−1)(−1)ck=+ck で、eiπx/a+e−iπx/a∝cos(πx/a) になる。
(3) λ0=ε(0)(π/a)=εX なので 2λ0/∣V1∣=2/0.2=10 で、
mm+∗=1+101=0.0909,mm−∗=1−101=−0.111
である。数値の曲率 m/m∗=11.0、−9.0 と一致する。自由電子の質量の 1/11 という軽さの原因は、ギャップ 0.4εX が運動エネルギーの尺度 2λ0 に比べて小さいことである。
ほかの巻では
- 近似の数理 第12章:ゾーン境界のギャップ 2∣VG∣ を正則摂動と縮退点の2×2で扱い、誤差の次数まで読める
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com