ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第6章 §2.6.4 ★★★ バンドの勾配が 0 になる臨界点で状態密度は特異的になり、その形は臨界点の種類と次元だけで決まる。Brillouin 域がトーラスなので、鞍点は避けられない
臨界点と局所の形
∇kεn(kc)=0 となる点 kc を、バンド n の臨界点と呼ぶ。臨界点の近くでは、2階微分の行列(有効質量のテンソルの逆)の主軸を取って
εn(kc+q)≈εc+i=1∑dsi2miℏ2qi2(mi>0, si=±1)(2.6.14)
と書くことができる。2階微分の行列の固有値に 0 が無いとき臨界点は非退化であるといい、負の符号 si=−1 の数 λ を臨界点の指数と呼ぶ。λ=0 が極小、λ=d が極大、その間が鞍点である。3次元の臨界点は、指数の順に M0,M1,M2,M3 と書く慣例がある。
命題 2.6.5(van Hove 特異点の局所形 ★★★)
非退化な臨界点 (2.6.14) の近くの k からの状態密度への寄与は、εc の近くで次の形をとる。Cd=(2π)d2∏iℏ2mi とおき、Δε=ε−εc、θ は階段関数、Dc と const は臨界点から離れた所で決まる滑らかな部分である。
| 次元 | 指数 | 状態密度の特異な部分 |
| d=1 | 極小・極大 | C1∣Δε∣−1/2(Δε が帯の内側の側だけ) |
| d=2 | 極小 | πC2θ(Δε)(段) |
| d=2 | 鞍点 | C2ln∣Δε∣1+const(対数発散) |
| d=2 | 極大 | πC2θ(−Δε)(段) |
| d=3 | M0 | 2πC3Δεθ(Δε) |
| d=3 | M1 | Dc−2πC3−Δεθ(−Δε) |
| d=3 | M2 | Dc−2πC3Δεθ(Δε) |
| d=3 | M3 | 2πC3−Δεθ(−Δε) |
証明
ui=ℏqi/2mi と変数を変えると ddq=∏i(2mi/ℏ)ddu なので、式 (2.6.6) の寄与は Cd∫dduδ(Δε−∑isiui2) になる。積分の範囲は原点のまわりの有限の領域(∣ui∣<W)で、範囲の取り方は特異でない部分だけを変える。
d=1 では δ(Δε−u2) の根 u=±Δε が2つあり、それぞれの重みが 1/(2Δε) なので積分は Δε−1/2 である。d=2 の極小は極座標で ∫2πρdρδ(Δε−ρ2)=πθ(Δε) である。d=2 の鞍点(s=(+,−))は、Δε>0 として u を先に積分すると、根 u=±Δε+w2 の2つから
∫−WWΔε+w2dw=2arsinhΔεW=lnΔε4W2+O(Δε)
となる。Δε<0 では u と w の役割を入れ替えて同じ形になる。d=3 の M0 は ∫4πρ2dρδ(Δε−ρ2)=2πΔε である。M1(s=(+,+,−))は (u1,u2) を極座標にして先に積分すると∫dw∫2πρdρδ(Δε+w2−ρ2)=π∫−WWdwθ(Δε+w2) になる。Δε>0 なら被積分関数はいつも 1 で 2πW、Δε<0 なら ∣w∣<−Δε の部分が抜けて 2πW−2π−Δε である。M2・M3 は εn の符号を反転したものなので、Δε の符号を入れ替えればよい。
形の違いは、式 (2.6.9) の分母 ∣∇ε∣ が臨界点からの距離 ∣q∣ に比例して 0 になり、等エネルギー面の面積が ∣q∣d−1 に比例することから説明することができる。1次元では面積の側に小さくなる因子が無いので、1/∣∇ε∣ の発散がそのまま残る。2次元の鞍点では、等エネルギー線が臨界点の近くを双曲線として通り過ぎ、その長さの各部分からの寄与 dS/∣∇ε∣∼dq/q を足すと対数になる。3次元では面積の因子 q2 が発散を打ち消し、状態密度は連続のまま、傾きだけが無限大になる。
鞍点は避けられない
Brillouin 域は、向かい合う境界が逆格子ベクトルで同一視されているので、d 次元のトーラスである。εn(k) はこのトーラスの上の滑らかな関数なので、少なくとも最小と最大を1つずつ持つ。さらに、Morse 理論の不等式(臨界点の個数はトーラスの Betti 数以上)から、次のことが従う。
定理 2.6.6(臨界点の最小個数 ★★)
d 次元のトーラスの上の滑らかな関数で、臨界点がすべて非退化なものは、指数 λ の臨界点を少なくとも (λd) 個持つ。
証明は微分位相幾何の道具(Morse の不等式)を使うのでここでは述べない。結果として、2次元のバンドは極小1・鞍点2・極大1 以上、3次元のバンドは M0 1・M1 3・M2 3・M3 1 以上の臨界点を持つ。状態密度が帯の底と天井の間で必ず特異点を持つことを、L. Van Hove は格子振動の振動数の分布についてこの議論で示した(L. Van Hove(1953)、Phys. Rev. 89、1189)。電子のバンドにも同じ議論がそのまま当たる。第3節の最後で見た「放物線からの外れ」の原因は、この必ずある鞍点である。
正方格子と単純立方格子
正方格子 (2.6.4) の臨界点は ∇ε=2ta(sinkxa,sinkya)=0 から kxa,kya∈{0,π} の4点で、Γ(−4t、極小)、X=(π/a,0) と Y=(0,π/a)(εa、鞍点)、M=(π/a,π/a)(+4t、極大)である。定理 2.6.6 の最小個数 1,2,1 をちょうど満たす。X の近くでは cos(π+qxa)=−1+qx2a2/2 から
ε≈εa−ta2qx2+ta2qy2
で、mx=my=ℏ2/(2ta2) の鞍点である。鞍点は X と Y の2つあるので、命題 2.6.5 の係数 C2=4π22⋅ℏ22mx2my=π2ℏ2mx=2π2ta21 を2倍し、a2/2 を掛けて
Dsite(ε)≈2π2t1ln∣ε−εa∣16t(∣ε−εa∣≪t)(2.6.15)
を得る(ln の中の 16 は、命題の W に依る定数を正確な式から決めたもの)。正確な式は、x=coskxa、y=coskya と変数を変えて y の積分をデルタ関数で済ませると
Dsite(ε)=2π2t1∫1−x21−(x+ε/2t)2dx
(x は2つの根号の中がともに正になる範囲)となり、これは第1種の完全楕円積分 K(k)=∫0π/2dθ/1−k2sin2θ を使って
Dsite(ε)=2π2t1K(1−(4tε−εa)2)(∣ε−εa∣<4t)(2.6.16)
と書ける(楕円積分への書き換えは標準的な変数変換による。検算スクリプトで数値積分と照合した)。k→1 で K(k)≈ln(4/1−k2) なので式 (2.6.15) が出て、帯の端 k→0 では K(0)=π/2 から Dsite=1/(4πt) となり、第3節の段の値と一致する(図 2.6.3)。

図 2.6.3 正方格子の最近接 tight-binding の状態密度(1サイト・1スピンあたり)。点線が正確な式 (2.6.16)、赤の実線が鞍点の近似 (2.6.15)、青の実線が帯の端の放物線の近似(段 1/(4πt))である。帯の中心 ε=εa の対数発散は鞍点 X・Y から、帯の端の段は極小 Γ と極大 M から出る
単純立方格子は、正方格子の ε に −2tcoskza を足したものなので、状態密度は正方格子の状態密度を kz について平均したもの
Dsitesc(ε)=π1∫0πdθDsitesq(ε+2tcosθ)(2.6.17)
で計算することができる。臨界点は kia∈{0,π} の8点で、Γ(−6t、M0)、X 型の3点(−2t、M1)、M 型の3点(+2t、M2)、R=(π,π,π)/a(+6t、M3)である。個数 1,3,3,1 は定理 2.6.6 の最小個数そのものである。図 2.6.4 のとおり、状態密度は ±2t で連続のまま折れ(Dsitesc(±2t)≈0.144/t)、帯の中心では Dsitesc(0)=0.1427/t である。2次元の正方格子の対数発散は、3本目の向きの平均によって ±2t の2つの x の折れに分かれた。

図 2.6.4 単純立方格子の最近接 tight-binding の状態密度(1サイト・1スピンあたり)。点線が式 (2.6.17) の数値積分(正確な値)、青の実線が帯の底の放物線の近似 (2.6.13) である。±2t の折れが M1(X 型の3点)と M2(M 型の3点)の van Hove 特異点で、状態密度は連続のまま、−2t の下側と +2t の上側で傾きが無限大になる
例題 2.6.4 第2近接のホッピングで van Hove 特異点が動く ★★
オリジナル正方格子に第2近接(対角の向き)のホッピング t′ を足し、ε(k)=εa−2t(coskxa+coskya)−4t′coskxacoskya とする。εa=0、t′=0.2t とする。
- (1) Γ・X・M のエネルギーを求めよ。
- (2) X の近くで ε を2次まで展開し、X が鞍点であり続ける t′ の範囲を求めよ。
- (3) 鞍点の対数発散 Dsite≈Aln(1/∣ε−εX∣) の係数 A を求め、t′=0 の場合と比べよ。
- (4) 1サイトあたり1個の電子を入れたとき、Fermi 準位は鞍点のエネルギーと一致するか。
解答
(1) Γ では cos=1,1 で −4t−4t′=−4.8t、X では cos=−1,1 で 0+4t′=0.8t、M では cos=−1,−1 で 4t−4t′=3.2t である。
(2) X =(π/a,0) のまわりで cos(π+qxa)≈−1+21qx2a2、cosqya≈1−21qy2a2 を入れて2次まで残すと
ε≈4t′−(t+2t′)a2qx2+(t−2t′)a2qy2
である。第1項と第2項の和 −2t(coskxa+coskya) からは −ta2qx2+ta2qy2 が、積の項からは −4t′(−1+21qx2a2)(1−21qy2a2)≈4t′−2t′a2(qx2+qy2) が出る。qx2 の係数が負、qy2 の係数が正なら鞍点なので、条件は ∣t′∣<t/2 である。t′=0.2t はこれを満たす。
(3) mx=ℏ2/(2(t+2t′)a2)、my=ℏ2/(2(t−2t′)a2) で、命題 2.6.5 の係数は C2=4π22⋅ℏ22mxmy である。鞍点が X と Y の2つあるので
A=2⋅2a2⋅π2ℏ2mxmy=2π2t2−4t′21=2π2t0.841=t0.0553
で、t′=0 の 1/(2π2t) の 1/0.84=1.091 倍である。発散の形は変わらず、位置が εa から 4t′ へ動き、係数が少し大きくなる。
(4) 一致しない。t′=0 では ε(k+Q)=−ε(k) の対称性(例題 2.6.2)が −4t′coskxacoskya の項で崩れ、ε<0.8t の準位は全体の半分より多くなる(検算スクリプトで数値積分すると、ε<0.8t の準位の割合は 1/2 を超える)。したがって半分詰めの Fermi 準位は鞍点より下にあり、D(εF) は有限になる。Fermi 準位を鞍点に合わせるには、電子の数を1サイト1個から変える(ドープする)必要がある。
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