ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第6章 §2.6.2 ★★★ 結晶全体の和 ∑k を Brillouin 域の積分に直し、エネルギーごとの状態の数(状態密度)を定義する。等エネルギー面の上の積分の形と、群速度との関係を出す
和を積分に直す
結晶全体の量(全エネルギー・電子の数・比熱)は、すべての準位 (n,k,σ) についての和で書くことができる。この和を積分に直すのが、この章の道具の1つめである。
結晶が aj の向きに Nj 個ずつ、合わせて N=N1N2N3 個の基本単位胞からなり、周期境界条件を課すとする。許される波数はk=∑j(μj/Nj)bj(μj は整数)で、逆格子の基本単位胞を N 個の小さな平行六面体に等分した格子点に並ぶ(第1部第2章)。逆格子の基本単位胞の体積は (2π)d/vc なので、1つの k が受け持つ波数空間の体積は
Δdk=Nvc(2π)d
である。分母の Nvc は結晶の体積(2次元なら面積、1次元なら長さ)である。したがって、k について滑らかな関数 F(k) の和は、N が大きいとき
Nvc1k∈BZ∑F(k)=k∈BZ∑(2π)dΔdkF(k) ⟶ ∫BZ(2π)dddkF(k)(2.6.5)
になる。左辺は Brillouin 域を小さな箱に分けた Riemann 和そのものなので、F が連続なら N→∞ で右辺に収束する。左辺に 1/(Nvc) を掛けたのは、結晶の大きさに比例して増える量を、単位体積あたりの量に直すためである。
状態密度
定義 2.6.3(状態密度・積分した状態密度)
単位体積・両スピンあたりの状態密度 D(ε) と、エネルギーが ε より低い準位の数(単位体積あたり)N(ε) を
D(ε)=Nvc1n,k,σ∑δ(ε−εn(k)) ⟶ 2n∑∫BZ(2π)dddkδ(ε−εn(k)),N(ε)=∫−∞εD(ε′)dε′(2.6.6)
で定める。係数 2 はスピンの向き2つ(σ=↑,↓)の和である。
状態密度の使い道は、準位のエネルギーだけで決まる量の和を、エネルギーの1重積分に直すことである。準位のエネルギーの関数 g(ε) について、式 (2.6.6) のデルタ関数を挟めば
Nvc1n,k,σ∑g(εn(k))=∫D(ε)g(ε)dε(2.6.7)
が成り立つ。例えば g を Fermi 分布関数 f(ε) にすれば電子の数密度 n=∫D(ε)f(ε)dε が、εf(ε) にすればエネルギー密度が出る。絶対零度で電子が εF まで詰まっていれば n=N(εF) である。状態密度は、k の上の情報(どの向きにどの準位があるか)を捨て、エネルギーの上の情報(どのエネルギーに何個の準位があるか)だけを残した量である。
格子点ごとに原子軌道を1個ずつ置いた tight-binding のバンドでは、1サイト・1スピンあたりで数えた状態密度
Dsite(ε)=2vcD(ε),∫Dsite(ε)dε=1(2.6.8)
を使うと数字が簡単になる(記号 Dsite は記法の正本に無い。単位体積・両スピンあたりの D(ε) と区別するため添字を付けた)。1本のバンドには1サイト・1スピンあたりちょうど1個の準位があるので、積分は 1 になる。第2部第3章の輪(1次元の鎖)では、ε=−2tcoska から Dsite(ε)=1/(π4t2−ε2) だった。
等エネルギー面の上の積分
式 (2.6.6) の k の積分は、デルタ関数があるので、等エネルギー面 Sn(ε)={k:εn(k)=ε} の上の積分に直すことができる。
命題 2.6.4(状態密度の面積分の形 ★★★)
等エネルギー面 Sn(ε) の上で ∇kεn=0 なら
D(ε)=2n∑∫Sn(ε)(2π)d∣∇kεn(k)∣dS=2n∑∫Sn(ε)(2π)dℏ∣vn(k)∣dS,vn(k)=ℏ1∇kεn(k)(2.6.9)
が成り立つ。dS は d−1 次元の面積要素(d=2 なら線要素)である。
証明
N(ε+dε)−N(ε) は、2つの等エネルギー面 Sn(ε) と Sn(ε+dε) に挟まれた殻の中の状態の数である。面の上の点で面に垂直な向きに dk⊥ だけ進むと、エネルギーは ∣∇kεn∣dk⊥ だけ変わる。したがって殻の厚さは場所ごとにdk⊥=dε/∣∇kεn∣ で、殻の体積は ∫Sn(ε)dSdε/∣∇kεn∣ である。式 (2.6.5) により波数空間の体積 ddk あたりの状態の数は単位体積・1スピンあたり 1/(2π)d なので、スピンの 2 を掛けて dε で割れば式 (2.6.9) を得る。
2つめの形で現れた vn は、バンドの中の電子の波束の速さ(群速度)である。群速度が ∇kεn/ℏ になることは、1次元の輪について第2部第3章で見た。半古典運動の言葉(εn(k) をハミルトニアンとする Hamilton 方程式)では解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第10章で扱う。式 (2.6.9) から、遅い電子のいる所ほど準位が密に並ぶことが分かる。エネルギーを dε だけ上げたときに k がどれだけ動くかは 1/∣∇ε∣ に比例し、動いた分の波数空間に一様な密度で状態が並んでいるからである。勾配が 0 になる点では被積分関数が発散し、状態密度に特異性が現れる。それを第4節で調べる。

図 2.6.2 正方格子の最近接 tight-binding(εa=0)の等エネルギー線を第1 Brillouin 域に描いたもの。青は ε=−3t,−2t,−t、赤は ε=t,2t,3t、黒の太線が ε=0 の菱形 ∣kx∣+∣ky∣=π/a である。ε>0 の線は角の M のまわりを回り、周期域で見ると M を中心に閉じている。黒丸は勾配が 0 になる臨界点(Γ 極小、X・Y 鞍点、M 極大)で、菱形は鞍点 X・Y を通る
例題 2.6.2 正方格子の半分詰めの Fermi 線 ★★★
オリジナル式 (2.6.4) の正方格子(εa=0)に、1サイトあたり1個の電子(両スピン合わせて)を入れる。
- (1) 第1 Brillouin 域 ∣kx∣,∣ky∣≤π/a の中で、ε(k)=0 の線が ∣kx∣+∣ky∣=π/a(菱形)であることを示せ。
- (2) 菱形の内側の面積が Brillouin 域の面積のちょうど半分であることを示し、絶対零度の Fermi 準位が εF=εa であることを確かめよ。
- (3) 菱形の上での ∣∇kε∣ を kx で表し、どこで 0 になるかを答えよ。式 (2.6.9) の積分が収束するかを調べよ。
解答
(1) x=kxa、y=kya とおく。cosx+cosy=0 は cosy=−cosx=cos(π−x) なので、∣x∣,∣y∣≤π の範囲では ∣y∣=π−∣x∣、すなわち ∣x∣+∣y∣=π である。Γ では ε=−4t<0 なので、菱形の内側が ε<0 の領域である(図 2.6.2)。
(2) 菱形は頂点が (±π/a,0)、(0,±π/a) の正方形を 45∘ 回したもので、対角線の長さが 2π/a なので面積は 21(2π/a)2=2π2/a2 である。Brillouin 域の面積は (2π/a)2=4π2/a2 なので、ちょうど半分である。状態の数は面積に比例するので(式 (2.6.5))、ε<0 の準位は全体の半分、1サイト・1スピンあたり 1/2 個ある。両スピンで1サイトあたり1個なので、1サイト1個の電子はちょうど ε<0 の準位を埋める。よって εF=0=εa である。この結果は ε(k+Q)=−ε(k)(Q=(π/a,π/a))という対称性からも分かる。Q だけずらすと ε<0 の領域と ε>0 の領域が入れ替わるからである。
(3) ∇kε=2ta(sinx,siny) である。菱形の上では ∣y∣=π−∣x∣ なので ∣siny∣=∣sinx∣ となり、
∣∇kε∣=22ta∣sinkxa∣
である。これは菱形の4つの頂点 (±π/a,0)、(0,±π/a) で 0 になる。菱形の1辺に沿った線要素は dS=2dkx なので、頂点 kx=π/a の近くではdS/∣∇ε∣≈dkx/(2ta∣π−kxa∣) となり、kx の積分は対数的に発散する。したがって D(εa) は有限にならない。半分詰めの正方格子は、Fermi 準位がちょうど状態密度の発散する点にある特別な場合である。発散の形は第4節で求める。
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