解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第10章 §4.10.1 ★★★ 周期ポテンシャルの効果を ε(k) にまとめると、電子は H=ε(p+eA)−eϕ の1粒子になる。外場は第2部第2章と同じ最小結合で入る
結晶の中の電子は、原子核と他の電子が作る周期的なポテンシャルの中を動く。授業ではまず Bloch の定理で固有状態を ψnk(r)=eik⋅runk(r) と書き、エネルギーが波数 k の関数 εn(k)(バンド)になることを学ぶ。そのあとで、外から電場や磁場をかけたときの運動について「速度は v=ℏ1∇kε」「運動方程式は ℏk˙=−e(E+v×B)」という2本の式を与えられ、これを使って有効質量・正孔・Hall 効果を議論する。2本の式は波束の議論や仕事とエネルギーの勘定で別々に説明されることが多く、なぜこの2本が対になっているのかは見えにくい。
この章では、2本の式が1つの Hamiltonian からの Hamilton 方程式であることを示す。選ぶ Hamiltonian は
H(r,p)=ε(p+eA(r))−eϕ(r)
で、p は正準運動量、ℏk=p+eA は第2部第2章(第2部第2章)の運動学的な運動量に当たる。この H に第1部第8章(第1部第8章)の Hamilton 方程式を当てると、上の2本がそのまま出る。ℏk が保存するのは、結晶の離散的な並進対称性から出る保存量であり、第1部第10章(第1部第10章)の Noether の定理の離散版として読むことができる。さらに、磁場の中では ℏkx と ℏky が互いに共役な組になり、k 空間の閉じた軌道に第1部第14章(第1部第14章)の作用変数を当てると、軌道の面積が量子化される Onsager の関係が得られる。
4.10.1節で Hamiltonian を選び、4.10.2節で Hamilton 方程式と離散並進の対称性を当てる。4.10.3節から4.10.5節が「出てくるもの」で、群速度・有効質量・正孔、一様な電場の中の Bloch 振動、磁場の中の閉軌道と Onsager の量子化を順に扱う。4.10.6節では、学部の固体物理の授業での書き方とこの章の式を並べる。この章では1本のバンドだけを考え、そのバンドの添字 n を省いて ε(k) と書く。ホッピングと時間 t が同じ式に出るので、ホッピングは章を通して th と書く。電子の電荷は −e(e>0)である。Berry 曲率がある場合の補正は第4部第11章(第4部第11章)で扱い、この章ではその補正が無いバンドを考える。
Bloch の定理から何を借りるか
結晶の格子ベクトルを R とし、1電子の Hamiltonian H^0=2me∣p^∣2+V(r^) のポテンシャルが V(r+R)=V(r) を満たすとする。Bloch の定理(ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部第4章)によれば、H^0 の固有状態は ψnk(r)=eik⋅runk(r)(unk は格子の周期を持つ)の形にとることができ、固有値 εn(k) は k について逆格子ベクトル G の周期を持つ:
εn(k+G)=εn(k).(4.10.1)
したがって k は第1 Brillouin 域(BZ)の中だけを動くと考えてよい。この章が借りるのはこの結果だけで、Bloch の定理の証明とバンドの計算はハミルトニアンの選び方で固体を考える(ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部第4章)に任せる。
波束の中心を1粒子とみなす
外から電場や磁場をかけたとき、電子の状態は1つの ψnk にとどまらない。そこで、同じバンドの ψnk を k のまわりの狭い範囲で重ね合わせた波束を考える。波束は実空間では格子間隔 a よりずっと広く、k 空間では BZ の大きさ 2π/a よりずっと狭いとする。この波束の中心の位置を r、中心の波数を k と呼ぶ。外場が波束の広がりの範囲でほとんど一様なら、波束は「位置 r、波数 k を持つ1つの粒子」のように動くはずである。その粒子のエネルギーは、外場が無ければ ε(k)、静電ポテンシャル ϕ(r) があれば電荷 −e の分だけ −eϕ(r) が足される。
周期ポテンシャル V そのものは、この粒子の Hamiltonian には現れない。V の効果は全部、ε(k) の形の中にまとめられている。ここがこの章の選び方の要点で、格子の細かな凹凸を ε(k) という1つの関数にまとめた結果、残った1粒子の Hamiltonian は外場の変化の尺度だけで変わる滑らかな関数になる。
選ぶ Hamiltonian
電場だけがあるときは、ℏk を運動量とみなして
H(r,ℏk)=ε(k)−eϕ(r)(4.10.2)
を選ぶ。磁場があるときは、第2部第2章の荷電粒子の Hamiltonian H=2m∣p−qA∣2+qϕ と同じく、運動学的な運動量の位置に p−qA を置く。電荷は q=−e なので p−qA=p+eA で、これを ℏk と同一視する:
H(r,p)=ε(ℏp+eA(r))−eϕ(r),ℏk:=p+eA(r).(4.10.3)
自由な電子 ε=ℏ2∣k∣2/(2me) では、式 (4.10.3) は第2部第2章の Hamiltonian そのものに戻る。バンドの形 ε を一般の関数にしたこの置き換えを Peierls 置換と呼ぶ。正準変数は (r,p) で、ℏk は r にも依存する組み合わせである。磁場が無いときは A=0 にとれて ℏk=p となり、式 (4.10.2) に戻る。
例:1次元の tight-binding のバンド
この章を通して使う例は、間隔 a で並んだ原子の列で、隣の原子へ跳び移る振幅が th>0 のときのバンド
ε(k)=−2thcoska,−aπ<k≤aπ(4.10.4)
である(固体の巻 第2部第3章 ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部第3章で原子の輪から出すもの)。エネルギーは −2th から 2th までの幅 4th の帯に収まる。次節以降に出てくる、自由な電子と違うふるまいは、すべてこの有界性によって決まる。底 k=0 の近くでは ε≈−2th+tha2k2 で、自由な電子の放物線と同じ形になる(図 4.10.1)。

図 4.10.1 1次元の tight-binding のバンド ε(k)=−2thcoska。(a) バンド(点線)と、底で2次まで展開した放物線(実線)。(b) 群速度 v=ℏ1dkdε=ℏ2thasinka(青)と有効質量の逆数 m∗1=ℏ22tha2coska(緑)。速度は ka=±π/2 で最大になり、そこで 1/m∗ が 0 を横切る。BZ の端では速度が 0 に戻り、質量は負になる
例題 4.10.1 tight-binding の電子の速さ ★★
オリジナルth=1.0eV、a=0.30nm の1次元の tight-binding のバンド (4.10.4) を考える。
- (1) 帯の幅と、群速度 v=ℏ1dkdε の最大値を求めよ。最大になる k を答えよ。
- (2) 同じ k=π/(2a) を持つ自由な電子の速さ ℏk/me と比べよ。この k の波長はいくらか。
解答
(1) 帯の幅は 4th=4.0eV。群速度は v=ℏ2thasinka で、最大は ka=π/2 のとき
vmax=ℏ2tha=1.0546×10−342×1.602×10−19×0.30×10−9=9.11×105ms−1.
(2) 自由な電子では ℏk/me=9.109×10−311.0546×10−34×π/(0.60×10−9)=6.06×105ms−1 で、この例の tight-binding の電子は同じ波数で 1.5 倍速い。波長は 2π/k=4a=1.2nm である。速さが質量 me でなく tha で決まることに注意する。tight-binding の電子は「原子から原子へ a だけ跳ぶ振幅」で進むので、速さの尺度は tha/ℏ になる。自由な電子と違い、k をさらに大きくしても速さは vmax を超えない。
ほかの巻では
- 近似の数理 第12章:Peierls 置換と半古典運動の式を、空間的にゆっくり変わる外場の断熱摂動論として正当化する
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com