数理統計 第6章 §6.1 ★★★ 統計モデル・統計量・推定量の言葉と、分解定理による十分統計量の判定
第5章までで、標本 X1,…,Xn から作った量(標本平均・不偏分散・順序統計量など)がどういう分布に従うかを調べた。この章では向きを逆にして、観測したデータから分布のパラメータ θ を言い当てる手続きを組み立てる。道具は次の4つである。
- データのうち θ について情報を持つ部分だけを取り出す十分統計量と、それを見つける分解定理。
- 推定量を具体的に作る積率法と最尤法。
- 作った推定量の良し悪しを測る不偏性・平均二乗誤差・一致性と、不偏推定量の分散の下限を示す Cramér–Rao の不等式。
- モデルの良さを比べる Kullback–Leibler 情報量と AIC。
資格試験の数理の科目では、推定論の大問が毎年1〜2問出る。典型は「密度を与える → 尤度を書く → 最尤推定量を求める →その期待値と分散を計算する → Fisher 情報量から Cramér–Rao の下限を出して比べる」という連鎖である。別の年には「分解定理で十分統計量を判定する」「AIC を導いてモデルを選ぶ」が加わる。
どの小問も「導出せよ」「示せ」の形なので、この章の定理はすべて証明つきで書き、例題ではその定理を使った計算を最後まで走らせる。
統計モデルと推定量
データ X1,…,Xn は互いに独立に、同じ確率関数または確率密度関数 f(x;θ) に従うとする。θ は値の分からないパラメータで、取りうる範囲 Θ⊂Rk をパラメータ空間と呼ぶ。分布の族 {f(x;θ):θ∈Θ} を統計モデルという。独立同分布の X1,…,Xn を、大きさ n の無作為標本という。データ全体を X=(X1,…,Xn)、その実現値を x=(x1,…,xn) と書くと、同時密度は
fn(x;θ)=i=1∏nf(xi;θ)(6.1)
である。
定義 6.1(統計量・推定量)
データ X の関数で、未知のパラメータを含まないもの T=T(X) を統計量という。θ(またはその関数 g(θ))を言い当てるために使う統計量を推定量という。推定量は θ^ と書く。データの実現値を代入して得た数 θ^(x) を推定値という。
推定量は確率変数であり、データを取り直すたびに値が変わる。推定量の良し悪しを論じるとは、その確率変数の分布(平均がどこにあり、どれだけ散らばるか)を論じることである。§6.3 の評価はこの見方から始める。
十分統計量
データ X には n 個の数が入っているが、推定にそのすべてが要るとは限らない。たとえば成功確率 p のベルヌーイ試行を n 回行ったとする。p について知りたいなら「何回成功したか」だけ分かれば十分で、「何回目に成功したか」は要らないように思える。この直観を定義の形にしたものが十分統計量である。
定義 6.2(十分統計量)
統計量 T=T(X) を与えたもとでのデータの条件付き分布が、θ に依存しないとする。このとき T を θ の十分統計量という。
T=t が分かったあと、データの残りの部分の分布にパラメータは現れない。したがって残りの部分は θ について何の情報も持たない。実際、T の値だけを知っている人は、パラメータを知らなくても、条件付き分布から乱数を引いて元のデータと同じ分布に従う「作り直しのデータ」を作ることができる。
ベルヌーイ試行
Xi が P(Xi=1)=p, P(Xi=0)=1−p に従うとする。成功回数を T=∑i=1nXi とおく。各成分が 0 か 1 で、合計が t になる x については
P(X=x∣T=t)=P(T=t)P(X=x)=(tn)pt(1−p)n−tpt(1−p)n−t=(tn)1
であり、p を含まない。したがって T は p の十分統計量である。成功回数 t が決まれば、どの回が成功だったかは(tn) 通りの並べ方から等確率で1つ選ばれるだけである。
定義どおりに条件付き分布を計算するのは、連続分布では面倒である。実際の判定には次の定理を使う。
定理 6.3(分解定理(Fisher–Neyman)★★★)
統計量 T=T(X) が θ の十分統計量であるための必要十分条件は、同時確率関数(同時密度)が
fn(x;θ)=g(T(x);θ)h(x)(6.2)
と分解できることである。ここで
- g は T(x) とパラメータだけに依存する非負の関数、
- h は θ を含まない非負の関数である。
証明
離散分布の場合に示す。
(十分性)(6.2) が成り立つとする。T(x)=t を満たす x について
P(T=t)=y:T(y)=t∑fn(y;θ)=g(t;θ)y:T(y)=t∑h(y)
であるから、
P(X=x∣T=t)=P(T=t)fn(x;θ)=g(t;θ)∑T(y)=th(y)g(t;θ)h(x)=∑T(y)=th(y)h(x)
となり、θ を含まない。T(x)=t なら条件付き確率は 0 で、やはりパラメータを含まない。
(必要性)T が十分統計量なら、条件付き確率 P(X=x∣T=T(x)) はパラメータを含まない。これを h(x) とおく。{X=x}⊂{T=T(x)} だから
fn(x;θ)=P(X=x)=P(T=T(x))P(X=x∣T=T(x))
であり、g(t;θ)=P(T=t) とおけば (6.2) の形になる。
連続分布でも主張は同じ形で成り立つ(証明には条件付き分布を測度論で定義し直す必要がある)。試験では定理の主張をそのまま使ってよい。
分解定理を使うときの手順は決まっている。同時密度 (6.1) を書き、θ を含む因子と含まない因子に分け、θ を含む因子がデータにどういう形で依存しているかを読む。その形が十分統計量である。
正規分布
Xi∼N(μ,σ2) で θ=(μ,σ2) がともに未知のとき、
fn(x;μ,σ2)=(2πσ2)−n/2exp(−2σ21i=1∑nxi2+σ2μi=1∑nxi−2σ2nμ2)
は h(x)=1 とし、残りを g とみた形になっている。g は (∑xi,∑xi2) とパラメータだけの関数である。よって T=(∑Xi,∑Xi2) は十分統計量である。この組は、恒等式
∑Xi2=(n−1)S2+nXˉ2
によって (Xˉ,S2) と1対1に対応する。したがって (Xˉ,S2) も十分統計量である。分散が既知で平均だけが未知なら、因子 exp(−∑xi2/(2σ2)) も h に入れられる。このときは ∑Xi だけで十分である。
台(密度が正になる範囲)が θ に依存する分布では、指示関数 1{⋅} を使って同時密度を書くのが要点である。
一様分布
Xi が一様分布 U(0,θ) に従うとき、密度は
f(x;θ)=θ−11{0<x<θ}
である。最大値を X(n)=maxiXi、最小値を X(1)=miniXi と書く。すべての観測値が区間 (0,θ) に入ることは、「最小値が正かつ x(n)<θ」と同じなので
fn(x;θ)=θ−n1{x(n)<θ}⋅1{x(1)>0}
と分解できる。前の因子が g(x(n);θ)、後ろの因子が h(x) に当たる。よって最大値 X(n) が十分統計量である。
最小十分統計量
データ全体 X は自明に十分統計量なので、十分統計量は1つではない。十分統計量のうち、ほかのどの十分統計量の関数としても書けるもの(データを最も細かくまとめたもの)を最小十分統計量という。次の同値が成り立つなら T は最小十分統計量であることが知られている。
fn(y;θ)fn(x;θ) が θ によらない⟺T(x)=T(y)
正規分布の (Xˉ,S2) は最小十分統計量である。一様分布 U(0,θ) の X(n) も最小十分統計量である。
指数型分布族
多くの代表的な分布では、十分統計量がひと目で読める。
定義 6.4(指数型分布族)
確率関数または密度が
f(x;θ)=h(x)c(θ)exp(j=1∑kwj(θ)tj(x))(6.3)
の形に書けるとする。しかも密度が正になる x の範囲がパラメータによらないとき、この統計モデルを指数型分布族という。
(6.3) を n 個掛けると
fn(x;θ)={i∏h(xi)}c(θ)nexp(j∑wj(θ)i∑tj(xi))
となる。分解定理から、次の組が十分統計量である。
(i∑t1(Xi),…,i∑tk(Xi))
次の分布はすべて指数型分布族である(括弧内は十分統計量を作る関数)。
- ポアソン分布 Po(λ):t(x)=x。
- 二項分布 Bin(m,p)(試行回数は既知):t(x)=x。
- 正規分布:t1=x, t2=x2。
- ガンマ分布 Ga(α,β):t1=x, t2=logx。
- ベータ分布:t1=logx, t2=log(1−x)。
台がパラメータに依存する U(0,θ) は指数型分布族ではない。この区別は §6.3 の Cramér–Rao の不等式が使えるかどうかの区別とも一致する。
例題 6.1 ベータ型の分布の十分統計量と、その分布 ★★★
オリジナルX1,…,Xn は互いに独立に、密度
f(x;θ)=θxθ−1(0<x<1),θ>0
に従う(ベータ分布 Beta(θ,1))。
- 分解定理を用いて、T=−∑i=1nlogXi が θ の十分統計量であることを示せ。
- Yi=−logXi の分布を求めよ。
- T の分布を求めよ。
解答
(1) 同時密度は、すべての xi が (0,1) にあるとき
fn(x;θ)=θn(i=1∏nxi)θ−1=θnexp((θ−1)i=1∑nlogxi)=g(T(x);θ)θne−(θ−1)T(x)⋅h(x)1{0<xi<1 (∀i)}
と分解できる。g は T(x)=−∑logxi とパラメータだけの関数である。h はパラメータを含まない。したがって分解定理から T は十分統計量である。
(2) Xi∈(0,1) なので Yi>0 である。y>0 について、−logXi>y⇔Xi<e−y であるから
P(Yi>y)=P(Xi<e−y)=∫0e−yθxθ−1dx=(e−y)θ=e−θy.
よって Yi の密度は正の範囲で θe−θy となる。すなわち Yi∼Ex(θ) である。
(3) Ex(θ) の積率母関数は、t<θ で
E[etYi]=θ−tθ=(1−θt)−1
である。Y1,…,Yn は独立なので、
E[etT]=(1−θt)−n
となる。これはガンマ分布 Ga(n,1/θ) の積率母関数である(第1引数が形、第2引数が尺度)。積率母関数は分布を決めるので T∼Ga(n,1/θ) であり、T の密度は
fT(t)=Γ(n)θntn−1e−θt(t>0)
である。この結果は例題 6.2 と例題 6.5 で推定量の期待値と分散を計算するときに使う。
確認テスト
オリジナル
- 6.1-1 X1,…,Xn が独立に Po(λ) に従うとする。分解定理を用いて、∑i=1nXi が λ の十分統計量であることを示せ。
- 6.1-2 成功確率 p のベルヌーイ試行 X1,…,Xn を考える。成功回数を T=∑Xi とする。P(X1=1∣T=t) を求め、p によらないことを確かめよ。
- 6.1-3 X1,…,Xn が独立に Ga(α,β) に従うとする。(a) α,β がともに未知のときの十分統計量を1つ求めよ。(b) α が既知のときはどうか。
- 6.1-4 X1,…,Xn が独立に U(0,θ) に従うとする。最大値 T=X(n) の密度を求めよ。
- 6.1-5 T が十分統計量で、関数 ψ は1対1とする。このとき ψ(T) も十分統計量であることを、分解定理から示せ。
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