物理のための微分幾何入門 第14章 §14.5 ★★★ 運動量が (q,t) の関数(場)になるのは、解の族を1つ選んだときだけである
1本の解と解の族
Hamilton 形式では、位置と運動量は相空間の独立な座標で、どちらも相手の関数ではない。1本の解は相空間の曲線 t↦(q(t),p(t)) で、各時刻に相空間の1点を指す。同じ位置を同じ時刻に通る解は、運動量の値を変えれば無数にある。したがって「位置 q での運動量」という量は、運動方程式だけからは決まらない。
一方、Hamilton–Jacobi 方程式では p=∂S/∂q と書き、運動量を位置と時刻の関数として扱う。これは配位空間の上の場である。この食い違いは、解を1本でなく族で考えると解消する。
n 個のパラメータ a=(a1,…,an) を持つ解の族をとる。各解を (q(t;a),p(t;a)) と書く。時刻 t での点の集まりは、相空間の n 次元の部分多様体になる。
Lt={(q(t;a),p(t;a))∣a を動かす}
Lt が位置の空間の上のグラフになっているとする。すなわち、各位置の上に Lt の点がちょうど1つあるとする。このときその点の運動量を読むことで、関数 p=p(q,t) が決まる。
これが運動量の場の正体である。場は運動の法則から出るのではなく、どの解の族を考えるかという選択から出る。
例として、1次元の自由粒子 H=p2/2m で、時刻0に原点を出る解の族をとる。パラメータは初めの運動量 p0 である。
q(t;p0)=mp0t,p(t;p0)=p0
t>0 では p0=mq/t と解けるので、この族に沿った運動量の場は次のとおりである。
p(q,t)=tmq(14.21)
時刻0では L0 は運動量の軸で、位置の上のグラフになっていない。時間が進むと Lt は傾き m/t の直線になってグラフになり、時刻が大きくなると位置の軸に近づく(図 14.4)。同じ自由粒子でも、時刻0に運動量をそろえて全位置から出る族を選ぶと、場は定数になる。族の選び方が変われば場も変わる。

図 14.4 自由粒子(m=1)で時刻0に原点を出る解の族。左は (q,t) 平面の軌道(紺)と、作用 S=mq2/2t の等高線(朱。下から S=2,1,21)。右は相空間で、時刻 t の族 Lt は直線 p=mq/t である。t=0 の L0 は p 軸で、q の上のグラフでない。t>0 では Lt がグラフになり、運動量の場 p(q,t) が決まる。
Lagrange 部分多様体
場が関数 S の勾配として書けるかどうかは、族のとり方による。これを判定するのが次の概念である。
定義 14.23(Lagrange 部分多様体)
2n 次元のシンプレクティック多様体の部分多様体 L で、次元が半分のものを考える。包含写像について ιL∗ω=0 となるとき、これを Lagrange 部分多様体と呼ぶ。言い換えると、この部分多様体に接するベクトル U,V については常に ω(U,V)=0 である。
命題 14.24(グラフが Lagrange である条件)
位置の空間の領域 U の上のグラフ L={(q,P(q))∣q∈U} について、次は同値である。
- (a) L は Lagrange 部分多様体である。
- (b) すべての添字の組で ∂Pi/∂qj=∂Pj/∂qi が成り立つ。
- (c) (領域が可縮なら)ある関数 S で Pi=∂S/∂qi と書ける。
証明
包含写像を q↦(q,P(q)) と書くと、ιL∗θ=Pidqi である。外微分をとると次のとおりである。
ιL∗ω=d(Pidqi)=∂qj∂Pidqj∧dqi=i<j∑(∂qi∂Pj−∂qj∂Pi)dqi∧dqj
これが0であることは (b) と同値である。(b) は1形式 Pidqi が閉であることを意味し、可縮な領域では Poincaré の補題によって (c) と同値である。
ファイバー {q=q0} は、その上で dqi=0 なので Lagrange 部分多様体である。この場合はグラフではない。
命題 14.25(流れは Lagrange 部分多様体を保つ)
L が Lagrange 部分多様体なら、正準変換による像 F(L) も Lagrange 部分多様体である。とくに Lt=Φt(L0) は、どの時刻でも Lagrange である。
証明
像の包含写像は F∘ιL である。
(F∘ιL)∗ω=ιL∗F∗ω=ιL∗ω=0
原点から出る族では、L0 はファイバーで Lagrange である。したがって Lt は常に Lagrange で、グラフになっている間は p=∂S/∂q と書ける。逆に、時刻0に p=(−y,x) のような場を初期値に選ぶと、命題 14.24 の (b) が成り立たない。その場はどんな関数の勾配にもならず、Hamilton–Jacobi の理論が扱うのは Lagrange 部分多様体になる族である。
Hamilton–Jacobi 方程式
定理 14.26(Hamilton–Jacobi)
H(q,p,t) を Hamiltonian とする。
- (i) 時刻0の Lagrange 部分多様体 L0 が、関数 S0 の勾配のグラフであるとする。Lt=Φt(L0) が時刻 [0,T] の間ずっと可縮な領域の上のグラフであるとする。このとき関数 S(q,t) が存在して、各時刻の族は p=∂S/∂q のグラフになる。S は初期条件 S(q,0)=S0(q) と、次の Hamilton–Jacobi 方程式を満たす。
∂t∂S+H(q,∂q∂S,t)=0(14.22)
2. (ii) 逆に、関数 S(q,t) が (14.22) を満たすとする。次の微分方程式の解 q(t) をとる。
q˙i=∂pi∂H(q,∂q∂S,t)
pi(t)=∂iS(q(t),t) と置くと、(q(t),p(t)) は Hamilton 方程式の解である。
証明
(ii) から示す。pi(t)=∂iS(q(t),t) を時刻で微分すると、連鎖律から
p˙i=∂i∂tS+∂j∂iSq˙j
である。(14.22) を qi で偏微分すると、H の第2引数にも位置が入っているので次のようになる。
∂i∂tS=−∂qi∂H−∂pj∂H∂i∂jS
これを代入し、q˙j=∂H/∂pj を使う。2階微分を含む2項が打ち消し合う。
p˙i=−∂qi∂H−∂pj∂H∂i∂jS+∂j∂iS∂pj∂H=−∂qi∂H
位置の方程式は仮定そのものなので、Hamilton 方程式の2式がそろう。
(i) を示す。
命題 14.25 から、Lt は Lagrange である。グラフなので、命題 14.24 から各時刻で Lt は p=∂S~/∂q と書ける。ここで S~(q,t) は、各時刻で定数を除いて決まる関数である。場を Pi(q,t)=∂iS~ と書く。
Lt の点は Hamilton 方程式に従うので、p˙i=−∂H/∂qi である。一方、点 (q(t),P(q(t),t)) の運動量の変化を連鎖律で書くと、次の式になる。
p˙i=∂tPi+∂jPiq˙j=∂tPi+∂iPj∂pj∂H
2つ目の等号では、位置の方程式と命題 14.24 (b) の対称性を使った。
場を代入した関数を h(q,t)=H(q,P(q,t),t) と置く。2つの表し方を等しいと置くと、次のように書ける。
∂tPi=−∂qi∂H−∂pj∂H∂iPj=−∂ih
Pi=∂iS~ なので、次が成り立つ。
∂i(∂tS~+h)=0
したがって ∂tS~+h は、位置によらない関数 c(t) である。
その時間積分を引いたものを、新しく S と置く。
S(q,t)=S~(q,t)−∫0tc(s)ds
勾配は変わらず、(14.22) が成り立つ。S(q,0) は定数のずれを合わせて S0 にとる。
この定理が、運動量が場になる理由の答えである。(14.22) の ∂S/∂q は1本の軌道の運動量ではない。Lagrange 部分多様体になる解の族 Lt を、位置の上のグラフとして読んだものである。時空の各点を族の解がちょうど1本通るので、その解の運動量がその点に割り当てられる。
命題 14.27(関数 S は作用である)
定理 14.26 の族の解に沿って、S の変化率は Lagrangian に等しい。
dtdS=piq˙i−H=L
したがって S(q,t) は、初期値 S0(q0) に族の解に沿った作用積分を足したものである。
S(q,t)=S0(q0)+∫0tLdt
ここで右辺の積分は、q0 から出て点 (q,t) に着く族の解に沿ってとる。
証明
連鎖律と (14.22) から、次のとおりである。
dtdS=∂tS+∂iSq˙i=−H+piq˙i
右辺は、第3章 §3.4 の Legendre 写像 FL で結ばれた Lagrangian に等しい。
時刻を加えた拡大相空間の1形式 θ−Hdt を考える。dS は、この1形式を族の解が掃く (n+1) 次元の部分多様体へ引き戻したものに等しい。S が1価に決まるのは、この引き戻しが閉形式だからである。
波面・焦線・ほかの分野へのつながり
S の等高面を作用の波面と呼ぶ。Hamiltonian が H=gijpipj/2m+V(q) の形なら、速度は q˙i=gijpj/m である。これは、計量で添字を上げた ∂S の勾配ベクトルに比例する(第5章 §5.2)。したがって族の軌道は、計量の意味で波面に直交する。
図 14.4 の左は (q,t) 平面の図なので、軌道と等高線は直交して見えない。各時刻の位置の空間で見ると、軌道は波面に直交している。3次元なら、波面は原点を中心とする球面である。
光学では、屈折率 n(x) の媒質の中の光線の族について、位相が eikonal 方程式 ∣∇S∣2=n2 を満たす。光線は波面に垂直で、第10章 §10.5 の Fermat の原理の光線と一致する。量子力学では、波動関数を ψ=AeiS/ℏ と置き、Planck 定数を0に近づけた主要項をとる。すると位相が (14.22) を満たし(WKB 近似)、古典的な作用の波面は量子力学の波の位相の極限になる。
族の解が交わると、Lt は位置の上のグラフでなくなる。1次元の自由粒子で、時刻0に位置 q0 から運動量 −kq0 で出る族をとる。各解は q(t)=q0(1−kt/m) である(k>0)。時刻 m/k ですべての解が原点に集まり、その時刻の Lt は運動量の軸になる。
このように解が集まる点の集まりを焦線(コースティック)と呼ぶ。焦線では運動量の場も S も特異になるが、Lt 自体は相空間の滑らかな直線のままである。特異になるのは Lt から位置の空間への射影であって、相空間の幾何ではない。焦線を越えると族の解は再び1本ずつに分かれ、Lt はまたグラフになる。
例題 14.7 原点から出る自由粒子の作用 ★★★
オリジナル1次元の自由粒子 H=p2/2m で、時刻0に原点を出る解の族を考える(t>0)。
- (1) S(q,t)=mq2/2t が (14.22) を満たすことを示せ。その勾配が (14.21) に一致することも示せ。
- (2) 原点を出て点 (q,t) に着く解に沿った作用積分を計算し、S に一致することを確かめよ。
- (3) 波面 S= 一定は、時刻とともにどう動くか。その速さを粒子の速さと比べよ。
解答
(1) 偏微分は次のとおりである。
∂q∂S=tmq,∂t∂S=−2t2mq2
1つ目は (14.21) に一致する。これを Hamiltonian に入れると H=(mq/t)2/2m=mq2/2t2 で、(14.22) が成り立つ。
(2) 原点を出て点 (q,t) に着く解は、速さ v=q/t の等速運動である。Lagrangian L=mv2/2 は一定なので、次のとおりである。
∫0tLdt=21m(tq)2t=2tmq2=S(q,t)
命題 14.27 で S0=0 とした場合に当たる。
(3) S=c の点は q=±2ct/m で、波面は時刻の平方根に比例して広がる。波面の速さを計算する。
dtdq=21mt2c=2tq
これは、その位置を通る粒子の速さ q/t の半分である。量子力学の言葉では、位相速度が群速度の半分になることに対応する。
例題 14.8 完全解と包絡線 ★★
オリジナル1次元の自由粒子で、定数 α を含む関数 Sα(q,t)=αq−α2t/2m を考える。
- (1) どの α でも Sα が (14.22) を満たすことを示し、対応する解の族を答えよ。
- (2) ∂Sα/∂α=0 を解いて得た α を代入すると、例題 14.7 の作用になることを示せ。
解答
(1) 偏微分は ∂Sα/∂q=α と ∂Sα/∂t=−α2/2m である。したがって ∂tSα+(∂qSα)2/2m=0 が成り立つ。運動量の場は p=α で一定で、族は「運動量をそろえて全位置から出る解」である。この族の Lt は水平な直線 p=α である。
(2) ∂Sα/∂α=q−αt/m=0 から α=mq/t である。代入すると次のとおりである。
S=tmqq−2m1(tmq)2t=tmq2−2tmq2=2tmq2
運動量ごとの平面波の族を重ね、各点で停留する運動量を選ぶと、点源から出る波の作用が得られる。完全解から軌道を得る Jacobi の方法は、虎の巻『解析力学から様々な理論分野を組み立てる』第1部第13章で扱う。
確認テスト
オリジナル
- 14.5-1 平面の相空間の2つのグラフ p=(y,x) と p=(−y,x) のうち、Lagrange 部分多様体はどちらか。Lagrange である方について、場を勾配に持つ関数を求めよ。
- 14.5-2 調和振動子 H=p2/2m+mω02q2/2 で、時刻0に原点を出る解の族を考える。0<t<π/ω0 での運動量の場を求めよ。次の関数が (14.22) を満たすことを確かめ、t=π/ω0 で何が起こるかを答えよ。
S=21mω0q2cotω0t
3. 14.5-3 一様な重力 H=p2/2m+mgq で、時刻0に原点を出る解の族を考える。運動量の場と作用 S(q,t) を求めよ。作用は、原点から出る解に沿った作用積分にとる。4. 14.5-4 本文の焦点を結ぶ族を考える。自由粒子で、初期値は q(0)=q0、p(0)=−kq0 である。0<t<m/k での運動量の場を求めよ。S(q,0)=−kq2/2 となる作用を求め、(14.22) を満たすことも確かめよ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com