確率論入門 第14章 §14.1 ★★★ 確率過程は同じ確率空間の上の確率変数の族。時刻 t までの情報は σ加法族の増大列で表す
第13章までは、確率変数を1つずつ、あるいは独立な列としてまとめて扱ってきた。大数の法則と中心極限定理は、独立な確率変数の和 Sn=X1+⋯+Xn が、項の数を増やしたときにどう振る舞うかを述べる定理だった。この章では、添字 n を「時刻」と読み、時刻とともに値が変わっていく偶然の対象そのもの、すなわち確率過程を扱う。
この章で作るものは3つある。
- 確率過程の一般的な枠組み(§14.1)。確率変数の族、有限次元分布、時刻 t までに得られる情報を表す σ加法族の増大列(フィルトレーション)、未来を見ずに決められる時刻(停止時刻)を定義する。
- 独立増分過程(§14.2・§14.3)。重なりのない時間区間での増え方が互いに独立な過程で、Poisson 過程と Brown 運動がその代表である。Poisson 過程については、到着の間隔・間引き・重ね合わせを証明する。
- マルコフ連鎖(§14.4・§14.5)。「現在の状態が分かれば、過去は未来の予測に役立たない」という性質を持つ離散時間の過程で、遷移確率行列で記述される。状態のあいだの到達可能性で状態空間をクラスに分け、閉集合と周期を定義する。
前の章から借りる結果を式の形で先に書いておく。第4章 §4.1 の乗法公式
P(A0∩A1∩⋯∩An)=P(A0)P(A1∣A0)P(A2∣A0∩A1)⋯P(An∣A0∩⋯∩An−1)(14.1)
と全確率の公式は、マルコフ連鎖の同時分布を計算するときの基本の道具になる。第4章 §4.2 の「重ならない組の σ加法族は独立」(まとめ方の補題)は、独立増分を扱うときに繰り返し使う。
第6章の分布の名前とパラメータはそのまま使う。とくに次の4つを使う。
- Poisson 分布 Po(λ)。
- 指数分布 Ex(λ)。密度は λe−λx である。
- ガンマ分布 Ga(n,λ)。n が自然数のときは Erlang 分布と呼ぶ。
- 多変量正規分布 Nd(μ,Σ)。
第7章 §7.4 からは、Poisson 個の Bernoulli 試行の成功数と失敗数が独立な Poisson 分布に従うこと(間引き)を借りる。Lebesgue 測度は第2章にならって Leb と書く。
この章の結果は第15章で直接使う。第15章では、マルコフ連鎖が長い時間のあとにどう振る舞うか(再帰と過渡・定常分布・エルゴード定理)を調べる。その議論は、この章で定める遷移確率行列、Chapman–Kolmogorov 方程式、強マルコフ性、クラス分け、周期の上に組み立てられる。
確率過程と見本路
時間とともに変わる偶然の量を、例を2つ挙げて考える。
- 公正な硬貨を繰り返し投げ、表なら1歩進み、裏なら1歩戻る点を考える。時刻 n=0,1,2,… での位置 Sn は、各時刻ごとに確率変数である。
- ある窓口に客が来た回数を、時刻 t≥0 まで数えた値を Nt とする。これは連続な時刻ごとに確率変数である。
どちらの例でも、1つの標本点 ω を固定すると、時刻の関数が1本決まる。
n↦Sn(ω),t↦Nt(ω)
偶然によって「関数が1本選ばれる」と見ることもできる。
定義 14.1(確率過程)
(Ω,F,P) を確率空間、T を添字の集合とする。この章では T は次のどちらかで、元を時刻と呼ぶ。
N0={0,1,2,…}(離散時間),[0,∞)(連続時間)
(S,S) を可測空間とし、状態空間と呼ぶ。各時刻 t について、写像 Xt:Ω→S が可測であるとする。ここで可測とは F/S-可測の意味である。このとき族 X=(Xt)t∈T を確率過程と呼ぶ。
ω を固定して得られる関数 t↦Xt(ω) を、その標本点に対応する見本路(標本路)と呼ぶ。
この章の状態空間は次のどちらかである。
- 実数全体 R。σ加法族は B(R) をとる。
- 整数の集合のような可算集合 S。σ加法族は S のすべての部分集合をとる。
可算集合の場合は、すべての i∈S で {Xt=i}∈F が成り立てば可測になる。どの部分集合 B⊂S についても、次のように可算和で書けるからである。
{Xt∈B}=i∈B⋃{Xt=i}
代表的な確率過程
- 独立同分布の列。X0,X1,… が独立で同じ分布に従うとき、これは離散時間の過程である。時刻のあいだに何の関係も無い、最も単純な過程である。
- ランダムウォーク。ξ1,ξ2,… を独立同分布の整数値の確率変数とし、次のように置く。
S0=0,Sn=ξ1+⋯+ξn
とくに P(ξk=1)=p、P(ξk=−1)=1−p のとき、単純ランダムウォークと呼ぶ。さらに p=21 のとき対称単純ランダムウォークと呼ぶ。3. 連続時間の例。Y∼N(0,1) を1つ用意し Xt=tY と置くと、見本路はすべて原点を通る直線である。偶然性は傾き Y の1つだけにある。
有限次元分布と Kolmogorov の拡張定理
1つの時刻 t の分布 PXt だけでは、過程の性質はほとんど分からない。たとえば次の2つの過程を比べる。
- Xt=tY(上の例)。
- 各時刻で独立に N(0,t2) に従う値をとる過程。
2つはどの時刻でも同じ分布を持つが、見本路の形はまったく異なる。そこで、有限個の時刻での値を同時に見る。
定義 14.2(有限次元分布)
状態空間が R の過程 X を考える。相異なる時刻 t1,…,tn∈T について、確率ベクトル (Xt1,…,Xtn) の同時分布
μt1⋯tn(B)=P((Xt1,…,Xtn)∈B)(B∈B(Rn))
を X の有限次元分布と呼ぶ。2つの過程の有限次元分布がすべて一致するとき、2つの過程は同じ法則を持つという。
有限次元分布の族は、次の2つの両立条件を自動的に満たす。
- (i) 並べ替え。(t1,…,tn) を置換 σ で並べ替えると、分布も座標を同じように並べ替えたものになる。
- (ii) 周辺化。時刻を1つ増やしてから、その座標について全体を積分すると元に戻る。
μt1⋯tntn+1(B×R)=μt1⋯tn(B)
(ii) は次の事象の等式から明らかである。
{(Xt1,…,Xtn)∈B}={(Xt1,…,Xtn+1)∈B×R}
逆に、両立条件を満たす分布の族が与えられたとき、それを有限次元分布に持つ過程が存在するかが問題になる。これに答えるのが次の定理である。
定理 14.3(Kolmogorov の拡張定理(主張)★★)
T を任意の添字集合とする。相異なる有限個の時刻 t1,…,tn∈T ごとに、確率測度 μt1⋯tn が与えられているとする。これは n 次元の空間の上の測度である。これらは両立条件 (i)(ii) を満たすとする。
標本空間・座標写像・σ加法族を次のように定める。
- Ω=RT は、添字集合から実数への関数全体である。
- 座標写像を Xt(ω)=ω(t) と置く。
- F は、すべての座標写像を可測にする最小の σ加法族である。
このとき (Ω,F) の上に、次を満たす確率測度 P がただ1つ存在する。
- 過程 (Xt)t∈T の有限次元分布が μt1⋯tn に一致する。
証明の筋を述べる。
- 筒集合。有限個の時刻での値だけで決まる次の形の集合を、筒集合と呼ぶ。
C={ω:(ω(t1),…,ω(tn))∈B}
筒集合の全体は有限加法族をなし、F を生成する。2. 値の割り当て。筒集合に P(C)=μt1⋯tn(B) と値を割り当てる。同じ筒集合を別の時刻の組で表しても、両立条件により値は変わらない。3. 拡張。この P が筒集合の上で可算加法的であることを示せばよい。そうすれば第2章 §2.2 の Carathéodory の拡張定理から、F 上の確率測度に延びる。一意性は第2章 §2.3 の Dynkin の定理から従う。
可算加法性の証明には、Rn 上の確率測度がコンパクト集合で内側から近似できること(内部正則性)を使う。完全な証明は測度論の本に譲る。
拡張定理で作れないもの
- 可算個の時刻で決まる事象しか入らない。RT 上の σ加法族 F の元は、どれも可算個の時刻の値だけで決まる。連続時間で「見本路が連続である」という事象は非可算個の時刻に依存するので、F に入らない。
- 連続な見本路は別に作る。Brown 運動(§14.2)のように見本路の連続性を要求する過程は、拡張定理で有限次元分布を実現したうえで、見本路を連続なものに取り替える操作を加えて作る。
離散時間の過程では拡張定理を使わずに済むことが多い。独立同分布の列は第4章 §4.2 で [0,1) 上に具体的に作った。§14.4 のマルコフ連鎖も、独立な一様乱数の列から具体的に作る。
フィルトレーションと適合
時刻が進むにつれて、観測者が知っている情報は増えていく。第1章と第3章で見たように、σ加法族は「その事象が起きたかどうかを判定できる事象の全体」と読むことができる。この読み方を時刻ごとに使う。
定義 14.4(フィルトレーション)
確率空間 (Ω,F,P) 上の σ加法族の族 (Ft)t∈T が次を満たすとき、これをフィルトレーションと呼ぶ。
s≤t ⟹ Fs⊂Ft⊂F
過程 X が (Ft) に適合しているとは、次が成り立つことをいう。
各時刻 t で Xt が Ft-可測
FtX=σ(Xs:s≤t, s∈T)
を X の自然なフィルトレーションと呼ぶ。これは時刻 t までの値の全体が生成する σ加法族で、過程を適合させる最小のフィルトレーションである。
Ft の元は「時刻 t までの観測で、起きたかどうかが判定できる事象」である。包含 Fs⊂Ft は、一度得た情報は失われないことを表す。ランダムウォークでは次のようになる(確認テスト 14.1-3)。
FnS=σ(S0,…,Sn)=σ(ξ1,…,ξn)
この σ加法族の元は、最初の n 回の硬貨の結果だけで決まる事象の全体である。
停止時刻
第7章 §7.4 の Wald の等式では、次の性質をもつ回数 N が現れた。
- n 回目を行うかどうかが、n−1 回目までの結果だけで決まる。
これをフィルトレーションの言葉で定める。
定義 14.5(停止時刻)
離散時間のフィルトレーション (Fn)n∈N0 を考える。写像 τ:Ω→N0∪{∞} が
{τ≤n}∈Fn(n=0,1,2,…)(14.2)
を満たすとき、τ を (Fn) の停止時刻と呼ぶ。連続時間では、すべての時刻 t≥0 で {τ≤t}∈Ft を要求する。
(14.2) は「時刻 n の時点で、もう止まったかどうかを、そこまでの情報だけで判定できる」ことを述べている。離散時間では、(14.2) は
{τ=n}∈Fn(n=0,1,2,…)(14.3)
と同値である。両向きを確かめる。
- (14.2) を仮定すると、次の差の両方の項が Fn に入る(Fn−1⊂Fn)。
{τ=n}={τ≤n}∖{τ≤n−1}
- (14.3) を仮定すると、次の和の各項が Fk⊂Fn に入る。
{τ≤n}=k=0⋃n{τ=k}
停止時刻の最も重要な例は、ある集合に初めて入る時刻である。
命題 14.6(到達時刻は停止時刻 ★★★)
離散時間の過程 X が (Fn) に適合しているとする。集合 A∈S について
τA=inf{n≥0:Xn∈A},TA=inf{n≥1:Xn∈A}
(inf∅=∞)は、どちらも停止時刻である。
証明
τA については
{τA=n}={X0∈/A}∩⋯∩{Xn−1∈/A}∩{Xn∈A}
である。時刻 k≤n の値 Xk は、その時刻の σ加法族について可測である。さらに Fk⊂Fn なので、右辺の各事象は Fn に入る。
TA も、上の式の共通部分を時刻 1 から始めれば同じである。時刻 0 では {TA=0}=∅ である。(14.3) により、どちらも停止時刻である。
TA は時刻 0 を数えない到達時刻である。X0∈A のときは「いったん出てから戻ってくる時刻」になる。§14.5 と第15章では、1点 A={j} への到達時刻 Tj=T{j} を使う。
これに対し、「最後に A にいた時刻」は一般に停止時刻ではない。最後かどうかは、その後の値を見なければ判定できないからである。例題 14.1 でこの違いを具体的に確かめる。
落とし穴
- 停止時刻は値 ∞ をとってよい。対称単純ランダムウォークが +1 に達する時刻は確率 1 で有限である(第15章)。一方、偏りのあるランダムウォークが逆向きの点に達する時刻は、正の確率で ∞ になる。P(τ<∞)=1 は定義に含めない。
- 定数も停止時刻。τ≡m なら、{τ≤n} は空集合か全体である。どちらも Fn に入る。
例題 14.1 ランダムウォークの到達時刻と最後の零 ★★
オリジナルSn を対称単純ランダムウォーク(S0=0)とする。自然なフィルトレーション Fn=σ(ξ1,…,ξn) を考える。
- 次の τ が停止時刻であることを確かめ、τ=2,3,4 となる確率をそれぞれ求めよ。
τ=inf{n≥0:Sn=2}
2. 時刻 4 までに最後に原点にいた時刻を ρ とする。ρ が停止時刻でないことを示せ。
ρ=max{n≤4:Sn=0}
解答
(1) τ は集合 {2} への到達時刻なので、命題 14.6 により停止時刻である。各時刻の確率は、次のように数える。長さ n の符号の列は全部で 2n 通りあり、どれも等確率である。
- (a) τ=2 となるのは列 (+1,+1) だけである。したがって P(τ=2)=41 である。
- (b) 各歩で位置は1だけ変わるので、Sn と n の偶奇は一致する。S3 は奇数で 2 になれないので、P(τ=3)=0 である。
- (c) τ=4 となるのは、S4=2 で、それより前に一度も 2 に達していない列である。時刻 4 で 2 にいる列は、+1 が3個・−1 が1個の列である。−1 の位置で4通りある。
−1 が3番目か4番目にある列は (+1,+1,…) で始まり、時刻 2 で既に 2 に達しているので除く。残るのは次の2通りである。
(−1,+1,+1,+1),(+1,−1,+1,+1)
したがって P(τ=4)=162=81 である。
したがって P(τ≤4)=41+81=83 である。
(2) ρ が停止時刻なら {ρ=2}∈F2 である。F2 の元は、最初の2歩 (ξ1,ξ2) だけで決まる事象である。したがって最初の2歩が同じ2つの標本点は、この事象に両方入るか両方入らないかのどちらかである。
ところが次の2つの列は、最初の2歩が同じで ρ の値が異なる。
- 列 ω=(+1,−1,+1,+1) では、時刻 2 で原点にいて、その後は 1、2 と進む。したがって ρ(ω)=2 である。
- 列 ω′=(+1,−1,+1,−1) では時刻 4 で原点に戻るので、ρ(ω′)=4 である。
一方だけが {ρ=2} に入るので、この事象は F2 に入らない。したがって ρ は停止時刻ではない。
確認テスト
オリジナル
14.1-1 例題 14.1 の Sn と Fn について、次のうち停止時刻であるものをすべて選び、理由を1行ずつ述べよ。τ は例題の到達時刻である。
- (a) inf{n≥0:Sn=−3}
- (b) τ+2
- (c) τ−1(τ≥1 である。したがって値は N0∪{∞} に入る)
- (d) min{τ,5}
14.1-2 対称単純ランダムウォークについて、確率 P(S2=0, S4=2) と共分散 Cov(S2,S4) を求めよ。
14.1-3 ランダムウォーク Sn=ξ1+⋯+ξn について、次を示せ。
σ(S1,…,Sn)=σ(ξ1,…,ξn)
4. 14.1-4 τ,σ を同じフィルトレーション (Fn) の停止時刻とする。次の3つがどれも停止時刻であることを示せ。
min{τ,σ},max{τ,σ},τ+σ
5. 14.1-5 U∼U(0,1) とし、t∈[0,1] について次のように置く。
Xt=0,Yt=1{U=t}
X と Y の有限次元分布が一致することを示せ。しかし X の見本路はすべて連続で、Y の見本路はすべて不連続であることも示せ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com