光学と量子エレクトロニクス 第2章 §2.5 ★★ 近軸を使わずに Snell の法則を1面ずつ厳密に当てると、光軸から離れた光線は手前で軸を横切る。ずれは高さの2乗から始まり、レンズの向きで4倍近く変わる
厳密な光線追跡の手順
近軸の行列は、面の上の点を面の頂点の平面で代用し、sinθ を θ で代用した。実際のレンズを設計するときは、この2つの代用をせずに光線を1面ずつ追う。手順は2つの操作の繰り返しである。
移行:光線を直線 r=r0+st(t は単位の向きベクトル)として、次の面との交点を求める。中心 c、半径 ∣R∣ の球面なら ∣r0+st−c∣2=R2 の2次方程式で、2つの根のうち頂点に近いほうをとる。
屈折:交点での面の単位法線 N を光の進む側に向けてとり、cosi=t⋅N とする。面に沿った運動量 nt−(nt⋅N)N が保存する(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部第10章の Snell の法則のベクトル形)ことと、t′ が単位ベクトルであることから
n′t′=nt+(n′cosi′−ncosi)N,n′sini′=nsini(2.17)
になる。N の成分だけが変わり、変わり方は屈折角 i′ の余弦で決まる。
この2つの操作は近軸の行列の伝搬 T と屈折の行列に対応し、どちらも正準変換である(屈折は面に沿った運動量を保つ写像、移行は自由な流れ)。したがって近軸を使わない光線追跡でも、相空間の体積は保たれる。近軸との違いは写像が線形でなくなることだけで、その非線形性が収差である。
球面1つの厳密な結像
屈折率 1 の空気から屈折率 n のガラスへの、曲率半径 R>0 の球面に、光軸に平行な光線が高さ h で入るとする。法線は球の中心を通るので、入射角は sini=h/R、屈折角は sini′=h/(nR) で、屈折した光線は光軸と i−i′ の角をなす。球の中心・入射点・光軸との交点が作る三角形に正弦定理を当てると、中心から交点までの距離は Rsini′/sin(i−i′) なので、面の頂点から交点までの距離は
L(h)=R+sin(i−i′)Rsini′=n−1nR−2nR(n−1)h2+O(h4)(2.18)
になる。展開の第1項は近軸の焦点(屈折力 (n−1)/R、後ろが屈折率 n なので f′=nR/(n−1))で、第2項から先が厳密な交点のずれである。光軸から離れた光線ほど手前で軸を横切り、ずれは h2 に比例して始まる。このずれ L(0)−L(h) を縦の球面収差と呼ぶ。
例題 2.5 球面1つを手で追う ★★
オリジナル空気(n=1)からガラス(n=1.5)への曲率半径 R=50mm の球面に、光軸に平行な光線が高さ h=10mm で入る。
- (1) 入射角 i、屈折角 i′、屈折後の光線が光軸となす角、入射点の z 座標(頂点から)、光軸との交点の位置を求めよ。
- (2) 近軸の焦点との差(縦の球面収差)を求め、式 (2.18) の h2 の項だけの見積もりと比べよ。
- (3) h=5mm では縦の球面収差はいくらか。h=10mm との比から、ずれが h2 に比例することを確かめよ。
解答
(1) sini=10/50=0.2 で i=11.537∘。sini′=0.2/1.5=0.1333 で i′=7.662∘。光線は光軸と i−i′=3.875∘ をなして軸へ向かう。入射点は球面の上なので、頂点からの z 座標は R−R2−h2=50−48.990=1.010mm。交点は式 (2.18) から 50+50×0.13333/sin3.875∘=148.656mm。
(2) 近軸の焦点は nR/(n−1)=150mm なので、縦の球面収差は 150−148.656=1.344mm。h2 の項は h2/(2nR(n−1))=100/(2×1.5×50×0.5)=1.333mm で、残りの 0.011mm が h4 以上の項である。
(3) 同じ計算で h=5mm では交点が 149.666mm、縦の球面収差は 0.334mm。1.344/0.334=4.02 で、高さを2倍にするとずれはほぼ4倍になる。
平凸レンズの向き
屈折率 1.5、曲率半径 50mm、中心の厚さ 5mm の平凸レンズを考える。近軸の焦点距離は、凸面を光の来る側に向けても平面を向けても f′=R/(n−1)=100mm で同じである(後側焦点距離は、凸面が先なら後面から 96.667mm、平面が先なら 100mm)。光軸に平行な光線の束を、2つの向きのそれぞれで厳密に追跡した結果が図 2.2 と図 2.3 である。

図 2.2 平面を光の来る側に向けた平凸レンズ(n=1.5、R=50mm、厚さ 5mm)を出たあとの光線。入射の高さは h=2,4,6,8,10mm。点線は厳密な光線追跡、実線は h=10mm の光線を近軸の行列で追ったもの。近軸ではすべての光線が z=105mm で軸を横切るが、厳密には h=10mm の光線が z=100.4mm で横切り、焦点が光軸に沿ってぼける

図 2.3 平凸レンズの縦の球面収差(近軸の焦点と、厳密な光線が軸を横切る点の差)。点線と印は厳密な光線追跡、実線は小さい h で求めた h2 の項だけの近似(平面が先 0.0450h2、凸面が先 0.01157h2。単位は mm)。凸面を平行光の側に向けると収差は約 1/3.9 になる
平面を先に向けた場合は、光線はガラスの中を光軸に平行なまま進み、後面の球面1つで屈折する。式 (2.18) と同じ計算をガラスから空気への屈折について行うと、h2 の係数はn2/(2R(n−1))=0.045mm−1 になり、光線追跡の結果と一致する。空気からガラスへの球面1つの係数 1/(2nR(n−1)) の n3=3.4 倍である。凸面を先に向けると、光線は凸面で一度曲がり、平面でもう一度曲がる。どちらの面でも入射角が小さく、係数は 0.01157mm−1 と、平面を先に向けた場合の約 1/3.9 になる。同じ屈折力を1つの面で大きく曲げて得るより、2つの面に分けて少しずつ曲げたほうが球面収差は小さい。平凸レンズを平行光の側に凸面を向けて使うのは、この理由による。球面収差の大きさがレンズの形(2つの面への曲げ方の配分)でどう変わるかを、Hamiltonian を4次まで展開して一般に扱うのが第3章である。
何を近似したか
この章は2段の近似を重ねた。1段目は幾何光学そのもので、波長を構造の長さに比べて 0 に送った。2段目は近軸近似で、光線の高さと傾きを小さいとして H を2次で打ち切った。
1段目の近似は、解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部第10章で示したように、波動方程式に aeik0S を入れたときの k0→∞ の極限で、量子力学の WKB 近似と同じ構造をしている。この近似は、光線が1点に集まる焦点や光線の包絡線(火線)の近くで破れる。近軸の結像は「すべての光線が1点に集まる」ことを要求するので、その1点の近傍こそ幾何光学が使えない場所である。焦点の大きさを決めるのは回折で、第6章で扱う。
2段目の近似の誤差は、図 2.3 で見たとおり高さの2乗から始まる。式 (2.18) の展開の係数は面の曲率と屈折率だけで決まり、その全体の分類が Seidel の収差である(第3章)。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの λ/a→0(波長と、レンズの大きさや曲率半径 a の比) | 証明 条件付き(焦点と火線から離れた所。焦点の近くは回折に置き換わる) | 行き先 近似の数理 第7章
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの h/R→0 と ∣p∣/n→0(光線の高さと面の曲率半径の比・光線の傾き) | 証明 条件付き(面が滑らかで、光線が面と交わり全反射しない範囲。ずれは (h/R)2 から始まり、その係数が第3章の収差) | 行き先 近似の数理 第2章
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