光学と量子エレクトロニクス 第18章 §18.4 ★★★ 回転座標の 2×2 行列の固有値は ±ℏΩ′/2。準位は避け合い、遠い離調では基底状態が ℏΩ2/(4Δ) だけずれる(赤い離調で下がる)。これが第5部の双極子力の出発点
対角化
式 (18.13) は、大きさ Ω′=Ω2+Δ2 の「有効な磁場」(Ω,0,Δ) の中のスピンの形 −2ℏ(Ωσx+Δσz) をしている。角度 θ∈[0,π] を cosθ=−Δ/Ω′、sinθ=Ω/Ω′ で定めると H~RWA=2ℏΩ′(cosθσz−sinθσx) で、固有値と固有状態は
E±=±2ℏΩ′,∣+⟩=cos2θ∣e⟩−sin2θ∣g⟩,∣−⟩=sin2θ∣e⟩+cos2θ∣g⟩(18.15)
になる。∣±⟩ を服を着た状態(dressed state)と呼ぶ。原子の準位が光の場をまとって混ざった状態という意味である。
遠い赤い離調(Δ→−∞)では θ→0 で、∣−⟩→∣g⟩、∣+⟩→∣e⟩ になる。遠い青い離調(Δ→+∞)では θ→π で、入れ替わって ∣+⟩→−∣g⟩、∣−⟩→∣e⟩ になる。回転座標では光が無いときの準位は ∣g⟩ が +ℏΔ/2、∣e⟩ が −ℏΔ/2 で、Δ=0 で交わる。結合 Ω を入れると2本の線は交わらずに避け合い、最も近づいた所(共鳴)の間隔が ℏΩ になる(図 18.2)。

図 18.2 回転座標での服を着た状態のエネルギー E±=±2ℏΩ2+Δ2(実線、回転波近似の式 (18.13) の固有値)。破線は光が無いときの ∣g⟩(+ℏΔ/2)と ∣e⟩(−ℏΔ/2)で、共鳴 Δ=0 で交わる。結合を入れると2本は避け合い、共鳴での間隔は ℏΩ になる。遠い離調では実線が破線に漸近し、そのずれが光シフトである。
一般化 Rabi 周波数
t=0 に ∣g⟩ にあった原子は、∣g⟩=cos2θ∣−⟩−sin2θ∣+⟩ の2つの成分が e∓iΩ′t/2 の位相で進むので、
Pe(t)=∣⟨e∣e−iH~RWAt/ℏ∣g⟩∣2=sin2θsin22Ω′t=Ω′2Ω2sin22Ω′t(18.16)
を得る(回転座標の変換 eiωLtσz/2 は ∣e⟩ と ∣g⟩ の位相を変えるだけなので、Pe は実験室の座標でも同じ)。Ω′ を一般化 Rabi 周波数と呼ぶ。振動の周波数は2つの服を着た状態のエネルギーの差 Ω′ で、振幅は混ざり具合 sin2θ で決まる。離調が大きいほど振動は速く、浅くなる。長い時間の平均 Pe=Ω2/[2(Ω2+Δ2)] は Δ の関数として半値半幅 Ω の Lorentz 型で、光が強いほど共鳴の幅が広がる。減衰を入れた本当の線形と線幅は第19章(第19章)で扱う。
光シフト
∣Δ∣≫Ω では、∣g⟩ につながる服を着た状態のエネルギーは、光が無いときの値 +ℏΔ/2 から
ΔEg=sgn(Δ)2ℏ(Ω′−∣Δ∣)≈4ΔℏΩ2(18.17)
だけずれる。Δ<0 では ∣g⟩ につながるのは下の ∣−⟩ で、ずれは −2ℏ(Ω′−∣Δ∣)、Δ>0 では上の ∣+⟩ で、ずれは +2ℏ(Ω′−∣Δ∣) である。どちらも式 (18.17) の形にまとまる。回転座標への変換は ∣g⟩ と ∣e⟩ のエネルギーを ±ℏωL/2 だけ一様にずらすだけなので、このずれは実験室の座標での準位のずれ(光シフト、AC Stark シフト)でもある。∣e⟩ は逆向きに同じだけずれる。
赤い離調では基底状態が下がり、光が強い所ほど深く下がる。原子は光の強い所に引き寄せられる。これが第1章で古典の分極率から出した双極子力のポテンシャル Udip=ℏΩ2/(4Δ) と同じものであることは、第1章の例題で確かめた。空間的に強さが変わる光の中で、この準位のずれが原子の重心にとってのポテンシャルになる、という見方で第25章(第25章)の双極子力と第27章(第27章)の光格子を書く。
服を着た状態は、ほかの準位を探りに使う第2の弱い光で直接見ることができる。∣e⟩ からさらに上の準位 ∣f⟩ への遷移を弱い光で調べると、共鳴の強い光を当てた状態では ∣e⟩ の成分が ∣+⟩ と ∣−⟩ の2つに分かれているので、吸収の線は間隔 Ω′ の2本に割れる。これを Autler–Townes の分裂と呼ぶ(S. H. Autler, C. H. Townes (1955)、Phys. Rev. 100, 703。分子のマイクロ波の遷移で観測された)。
例題 18.4 光シフトと、ゆっくり当てるか急に当てるか ★★
オリジナルΩ/2π=10MHz、Δ/2π=−50MHz の光を2準位原子に当てる。
- (1) 一般化 Rabi 周波数 Ω′/2π と、基底状態の光シフトを、厳密な式と近似の式 (18.17) の両方で求めよ(周波数 ΔEg/h で答える)。
- (2) 光の強さを 0 からゆっくり(1/Ω′ より十分長い時間で)上げると、原子は服を着た状態 ∣−⟩ に移る。∣e⟩ に見つかる確率を求めよ。
- (3) 同じ光を急に当てたときの、∣e⟩ に見つかる確率の時間平均を求め、(2) と比べよ。
解答
(1) Ω′/2π=102+502=50.990MHz。厳密な光シフトは −21(50.990−50)=−0.4951MHz、近似の式では 102/(4×(−50))=−0.5000MHz で、近似の誤差は 1% である。誤差の割合は Ω2/(4Δ2) の桁で、Ω/∣Δ∣=0.2 から 1% が出る。
(2) 断熱定理により、ゆっくり変えると原子は同じ服を着た状態 ∣−⟩ にとどまる(Δ<0 なので、光が無いとき ∣−⟩=∣g⟩)。∣e⟩ の確率は式 (18.15) からsin2(θ/2)=21(1−cosθ)=21(1−∣Δ∣/Ω′)=21(1−50/50.990)=9.71×10−3 で、時間に依らない。近似では Ω2/(4Δ2)=0.0100 である。
(3) 式 (18.16) の時間平均は Ω2/(2Ω′2)=100/(2×2600)=0.0192 で、(2) のほぼ2倍である。急に当てると原子は2つの服を着た状態の重ね合わせになり、その間の干渉で Pe が 0 と 2×0.0192 の間を振動する。ゆっくり当てると重ね合わせが作られず、∣e⟩ の成分は振動しない一定の小さな値になる。光シフトを測るとき(第28章の時計の遷移のずれ)や、光トラップに原子を移すときに光をゆっくり上げるのは、原子を1つの服を着た状態にそろえるためである。
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