光学と量子エレクトロニクス 第20章 §20.2 ★★★ 熱平衡では吸収と放出の速さがつり合う。Boltzmann 分布と Planck 分布の両方を満たすには g1B12=g2B21 と A21=π2c3ℏω3B21 でなければならない
熱平衡の2つの条件
原子と放射が温度 T の熱平衡にあるとき、2つのことが同時に成り立つ。原子の側では、準位の占有数が縮退込みの Boltzmann 分布
N1N2=g1g2e−ℏω0/kBT(20.3)
に従う。放射の側では、エネルギー密度が Planck の式 (20.1) に従う。どちらも統計力学の結果で、原子と放射の結合のしかたにはよらない。
さらに熱平衡では、各過程の速さがその逆の過程の速さとつり合う。これを詳細つり合いと呼ぶ。2つの準位の間では、上へ上がる流れ(吸収)と下へ下がる流れ(誘導放出と自然放出)が等しいので
B12u(ω0)N1=[A21+B21u(ω0)]N2.(20.4)
準位が2つしかなければ、これは定常であること(式 (20.2) の右辺が 0)と同じである。準位が3つ以上あると、定常であるだけでは 1→2→3→1 のように回り続ける流れが残りうる。詳細つり合いはそのような環流を禁じ、どの2準位の組でも流れが打ち消すことを要求する。Einstein の議論は、熱平衡の原子と放射についてこの詳細つり合いを仮定している。その根拠は、熱平衡が時間の向きを区別しないこと(微視的な可逆性)である。
係数の関係を出す
式 (20.4) を u について解き、式 (20.3) を入れると
u(ω0)=B21N2B12N1−1A21/B21=g2B21g1B12eℏω0/kBT−1A21/B21(20.5)
を得る。これがすべての温度で Planck の式 (20.1) に一致しなければならない。係数は温度によらないので、温度の関数として両辺を比べることができる。
命題 20.1(Einstein の関係)
係数 A21, B12, B21 が温度によらず、熱平衡で詳細つり合い (20.4)・Boltzmann 分布 (20.3)・Planck の式 (20.1) がすべての T で成り立つならば
g1B12=g2B21,A21=π2c3ℏω03B21(20.6)
である。このとき熱平衡の放射の中で、誘導放出と自然放出の速さの比はモードあたりの光子数に等しい:B21u(ω0)/A21=nˉph(ω0,T)。
証明
T→∞ で Planck の式は u≈π2c3ω02kBT→∞ になる。式 (20.5) の分母は T→∞ で g1B12/(g2B21)−1 に近づくので、u→∞ になるにはこれが 0、つまり g1B12=g2B21 でなければならない。そうすると式 (20.5) は u=(A21/B21)/(eℏω0/kBT−1) になり、Planck の式と温度の依り方が一致する。残る係数を比べて A21/B21=ℏω03/(π2c3) を得る。最後の主張は、式 (20.1) と式 (20.6) から B21u/A21=ℏω03π2c3⋅π2c3ℏω03nˉph=nˉph である。
2つの関係はそれぞれ違う意味を持つ。g1B12=g2B21 は、吸収と誘導放出が、1つの状態あたりで見れば同じ強さの過程であることを言っている。準位1の g1 個の状態のどれか1つから準位2へ上がる速さと、準位2の状態のどれか1つから準位1へ下がる速さを、状態の組ごとに比べると等しい(20.3節で行列要素から確かめる)。B12 と B21 の違いは、行き先の状態の数の違いだけである。
A21/B21=ℏω03/(π2c3) は、モードの数 g(ω)/V=ω2/(π2c3) と光子1個のエネルギー ℏω の積である。自然放出の速さは、光子が 1 個いるモードがすべての方向・偏光にそろったときの誘導放出の速さに等しい。このことから、自然放出は「光子が 0 個のモードへの誘導放出」と読むことができる。熱の光子が nˉph 個あると、放出の速さはモードごとに nˉph+1 に比例し、その +1 が自然放出である。この読み方を量子化した場で確かめるのは第34章である(第34章)。
ω3 の意味
A21/B21∝ω3 のうち ω2 はモードの密度、ω は光子1個のエネルギーである。同じ行列要素を持つ遷移でも、周波数が10倍になると自然放出は B に比べて1000倍速くなる。X 線の領域で反転分布を作るのが難しいのはこのためで、マイクロ波でメーザーが先に作られた理由の1つもここにある(第1章の例題)。
誘導放出を落とすと何が出るか
Einstein の議論で欠かせないのは誘導放出の項である。仮に B21=0 として式 (20.4) を解くと、u=B12A21N1N2=g1B12g2A21e−ℏω0/kBT になる。係数の比を ℏω3/(π2c3) に選んでも得られるのは
uW(ω)=π2c3ℏω3e−ℏω/kBT(20.7)
の形だけで、これは Wien の式である。Wien の式は ℏω≫kBT では Planck の式とほとんど一致するが、低い周波数では Planck の式の ω2kBT(Rayleigh–Jeans の式)にならず、温度に比例して増えない(図 20.2)。Planck の式の分母の −1 は、誘導放出の項に対応する。低い周波数で放射のエネルギーが古典的な等分配の値 kBT(1モードあたり)に近づくのは、光子数が多いモードで誘導放出が自然放出よりはるかに速くなるからである。

図 20.2 熱放射のエネルギー密度を x=ℏω/kBT の関数として描いた。縦軸の単位で Planck の式は x3/(ex−1)、誘導放出を落とした Wien の式 (20.7) は x3e−x、古典の Rayleigh–Jeans の式は x2 になる。Planck の式(厳密)は点線、2つの近似は実線。x=3 で Wien の式のずれは5パーセント、x≳4.6 で1パーセント以内になり、x≪1 では Rayleigh–Jeans の式が合う。
例題 20.2 誘導放出の分だけ Planck の式は Wien の式より大きい ★★
オリジナル
- (1) 熱平衡の放射で、自然放出と誘導放出を合わせた放出の速さ A21+B21u と自然放出の速さ A21 の比が、Planck の式と Wien の式の比 u/uW に等しいことを示せ。
- (2) その比を x=ℏω/kBT=0.1, 1, 3, 10 で求めよ。
- (3) Wien の式が Planck の式から1パーセント以上ずれ始める x を求めよ。室温 300K ではそれは波長いくら以上の光か。
解答
(1) u/uW=ex/(ex−1)=1/(1−e−x)=1+nˉph。一方 (A21+B21u)/A21=1+nˉph(命題 20.1)で、両者は等しい。Wien の式は放射の中で自然放出だけが起きる場合のつり合いで、Planck の式との差が誘導放出の寄与そのものである。
(2) 1/(1−e−x) は x=0.1 で 10.5、x=1 で 1.58、x=3 で 1.052、x=10 で 1.000045。
(3) 1/(1−e−x)=1.01 から e−x=1/101、x=ln101=4.62。x>4.62 では1パーセント以内なので、ずれ始めるのは x<4.62 の側である。300K で x=hc/(λkBT)<4.62 となるのは λ>hc/(4.62kBT)=10.4μm の赤外である。室温の物体が出す熱放射のピークの付近(10μm の桁)では、誘導放出の寄与を落とせない。
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