光学と量子エレクトロニクス 第20章 §20.3 ★★★ 広がった光の確率を足すと黄金律の速さ π∣d⋅e∣2u/(ε0ℏ2) が出る。向きと縮退を平均して B と A を行列要素で書く
1本の弱い光から広がった光へ
20.2節の議論は係数の比しか決めない。係数そのものを出すには、原子の中身、つまり双極子の行列要素が要る。第18章では、2準位の原子 ∣g⟩, ∣e⟩ を角周波数 ωL の光 E=Re[E0ee−iωLt](e は偏光の単位ベクトル)で駆動し、双極子近似と回転波近似のもとでHamiltonian H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx, Ω=deg⋅eE0/ℏ を得た(第18章。Ω が複素数のときは ∣Ω∣ を使う)。はじめ ∣g⟩ にいた原子が時刻 t に ∣e⟩ にいる確率は Pe=(Ω2/Ω′2)sin2(Ω′t/2), Ω′=Ω2+Δ2 である。Ωt≪1 の弱い光では
Pe(t)≈4Ω2(Δ/2)2sin2(Δt/2)(20.8)
で、これは時間に依る摂動の1次の結果と同じ形である(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第12章)。
広がった光は、互いに位相の無関係な多くの周波数の成分の重ね合わせである。角周波数 ω と ω+dω の間の成分が持つエネルギー密度は u(ω)dω で、平面波のエネルギー密度は電場と磁場を合わせて 21ε0∣E0∣2 なので、その成分の振幅の2乗は ∣E0∣2=2u(ω)dω/ε0 である。成分どうしの位相が無関係なので、交差項は平均すると消え、確率は成分ごとの確率を足したものになる。式 (20.8) を成分ごとに足すと
Pe(t)=∫ε02u(ω)dω4ℏ2∣deg⋅e∣2[(ω−ω0)/2]2sin2[(ω−ω0)t/2].(20.9)
関数 sin2(Δt/2)/(Δ/2)2 は幅 1/t の桁の山で、面積は ∫(Δ/2)2sin2(Δt/2)dΔ=2πt である。時間 t が光のスペクトルの広がりの逆数より十分長ければ、山の幅の中でu(ω) はほとんど変わらないので u(ω0) で置き換えられ、
Pe(t)=Wt,W=ε0ℏ2π∣deg⋅e∣2u(ω0)(20.10)
になる。確率が時間に比例して増えるので、単位時間あたりの遷移の速さ W が定まる。これが Fermi の黄金律の、広がった光に対する形である。1本の単色の光では式 (20.8) が t2 で増え、やがて Rabi 振動で戻ってくるのに対し、広がった光では周波数の違う成分の寄与が時間とともに位相をずらして打ち消し合い、確率の増え方が t に比例する形に落ち着く。
向きの平均と縮退
熱放射は等方的で偏光もそろっていないので、∣deg⋅e∣2 を偏光の向き e について平均する。向きが一様に分布する単位ベクトルでは ⟨eiej⟩=δij/3 なので、
⟨∣deg⋅e∣2⟩=31∣deg∣2,∣deg∣2=i=x,y,z∑∣(deg)i∣2.(20.11)
縮退があるときは、準位1の g1 個の状態に原子が等しく分布しているとし(熱平衡ではそうなる)、行き先の準位2の g2 個の状態について遷移の速さを足す。準位1の原子1個あたりの吸収の速さは
B12u(ω0)=g11m1,m2∑3ε0ℏ2π∣dm2m1∣2u(ω0),dm2m1=⟨2,m2∣d^∣1,m1⟩
である。誘導放出も同じ式で、始まりと行き先を入れ替えるだけである。∣dm1m2∣2=∣dm2m1∣2(d^ はエルミート)なので、行列要素の2乗の和
S12=m1,m2∑∣dm2m1∣2(20.12)
は始まりと行き先を入れ替えても変わらない。S12 を線強度と呼ぶ。これを使うと
B12=3ε0ℏ2g1πS12,B21=3ε0ℏ2g2πS12,A21=π2c3ℏω03B21=3πε0ℏc3g2ω03S12(20.13)
を得る。g1B12=g2B21=πS12/(3ε0ℏ2) が行列要素の対称性から自動的に成り立ち、命題 20.1 の1つ目の関係が微視的に確かめられた。2つ目の関係は、ここでは命題から借りて A21 を出した。A21 を真空のモードとの結合から直接出すには場を量子化する必要があり、その計算は第34章で行う(第34章)。縮退の無い2準位(g1=g2=1)では A21=ω03∣deg∣2/(3πε0ℏc3) で、解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第12章の結果と一致する。
振動子強度で書く
第1章では、Lorentz 振動子と2準位の分極率を比べて振動子強度を定義した(第1章)。縮退と向きの平均を含めた形では、吸収の振動子強度を
f12=3ℏe22mω0g1S12(20.14)
と定義する(m は電子の質量)。1つの向きの双極子 d だけを持つ2準位では、S12/g1 を 3d2 に置き換えると第1章の f=2mω0d2/(ℏe2) に戻る。古典の電子の振動子が放射で失うエネルギーの減衰率 γcl=e2ω02/(6πε0mc3) を使うと、式 (20.13) は
A21=3g2g1f12γcl(20.15)
と書ける。自然放出の速さは、古典の振動子の放射減衰率に振動子強度と縮退の比を掛けたものになる。
例題 20.3 水素の Lyman α 線の係数を縮退込みで出す ★★★
オリジナル水素原子の 1s と 2p の間の遷移(波長 121.567nm)を考える。電子のスピンは無視し、1s を g1=1、2p を g2=3(m=0,±1)の準位とする。動径の積分から ∣⟨2p,m∣r^∣1s⟩∣=z21=2431282a0=0.745a0 が3つの m のどれでも同じになる(a0 は Bohr 半径。解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第12章)。
- (1) 線強度 S12 を e, a0 で書き、B12, B21 を求めて g1B12=g2B21 を確かめよ。
- (2) A21 と 2p の寿命 1/A21 を求めよ。
- (3) 振動子強度 f12 と γcl を求め、式 (20.15) で (2) と同じ A21 が出ることを確かめよ。
解答
(1) S12=∑m∣e⟨2p,m∣r^∣1s⟩∣2=3e2z212=1.665e2a02。式 (20.13) からB12=πS12/(3ε0ℏ2)=1.27×1021m3J−1s−2、B21=B12/3=4.24×1020m3J−1s−2 で、g1B12=g2B21 が成り立つ。1s の原子は3つの行き先を持つので、1つの行き先しか持たない 2p の各状態からの誘導放出より3倍速く吸収する。
(2) ω0=2πc/λ=1.549×1016s−1 で、A21=ω03S12/(3πε0ℏc3g2)=ω03e2z212/(3πε0ℏc3)=6.26×108s−1、寿命は 1.60ns である。A21/B21=1.475×10−12Jsm−3 は ℏω03/(π2c3) と一致する。
(3) f12=3ℏe22mω0⋅3e2z212=ℏ2mω0z212=0.416(第1章の値と同じ)、γcl=e2ω02/(6πε0mc3)=1.504×109s−1。式 (20.15) は 3×31×0.416×1.504×109=6.26×108s−1 で (2) と一致する。2p の原子は、古典の電子の振動子の 0.416 倍の速さで光を出して減衰する。
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