光学と量子エレクトロニクス 第20章 §20.1 ★★★ 光をエネルギー密度 u(ω) だけで、原子を2つの準位の占有数だけで書き、3つの過程の速さを B12u・B21u・A21 と置く
第18章と第19章では、2準位の原子を1本のレーザー光で駆動し、状態の重ね合わせ(コヒーレンス)がどう動くかを追った(第18章・第19章)。そこで中心にあったのは Rabi 周波数 Ω と離調 Δ で、原子の状態は Bloch 球の上を回った。ところが、ランプの光や太陽の光、熱放射のように周波数の広がった光を当てると、原子は Bloch 球の上を回らず、上の準位にいる確率がなめらかに増えて一定の値に落ち着く。このときの原子の振る舞いは、単位時間あたりに何回遷移するかという速さだけで書くことができる。レーザーの発振条件(第21章・第22章)も、原子を光で冷やす散乱力(第25章)も、この速さの言葉で書かれる。
この章は、その速さの言葉の基礎になる関係を導く。Einstein が 1917 年に導入した3つの係数、つまり吸収の B12、誘導放出の B21、自然放出の A21 は、原子と熱放射が熱平衡にあるという条件だけで、原子の中身を何も知らないまま互いの比が決まる1A. Einstein (1917), Physikalische Zeitschrift 18, 121–128「放射の量子論について」。。第1章ではこの関係を結果だけ引いた(第1章)。この章ではそれを縮退のある準位まで含めて導き、さらに係数そのものを双極子の行列要素で書き、実験で測る吸収断面積と利得の係数へ読み替える。
章の型(第1章)に当てはめると、取り出す場のモードは箱の中の全モード(熱放射なら等方的で偏光のそろわない光)、物質のモデルは縮退のある2つの準位、結合は3つの遷移の速さである。20.1節で3つの過程と速さの方程式を置く。20.2節で詳細つり合いと Planck 分布から係数の関係を出し、誘導放出が無ければ Wien の式しか出ないことを確かめる。20.3節で、第18章の回転波近似の結果と Fermi の黄金律から B を双極子の行列要素で書き、A と振動子強度を求める。20.4節で、スペクトルの線形を入れて吸収断面積・利得の係数・Kirchhoff の法則を出す。20.5節で置いた近似と測る量を述べ、20.6節で u(ν) や強度を基準にした授業の流儀と対応させ、20.7節でまとめる。
モード・物質・結合の3つの選び方
この章で取り出す場のモードは、体積 V の箱の中のすべてのモードである。第1章で数えたとおり、角周波数 ω と ω+dω の間にあるモードの数は、2つの偏光を合わせてg(ω)dω, g(ω)=Vω2/(π2c3) である(第1章)。熱平衡の放射では、各モードに平均 nˉph(ω,T)=1/(eℏω/kBT−1) 個の光子がいるので、単位体積・単位角周波数あたりのエネルギー密度は
u(ω)=Vg(ω)ℏωnˉph(ω,T)=π2c3ℏω3eℏω/kBT−11(20.1)
になる(Planck の式。黒体放射の統計力学は 解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第3章)。この章では、光の状態を個々のモードの振幅や位相で書かず、u(ω) という1つの関数だけで書く。熱放射は等方的で、偏光もそろっていない。異なるモードの位相は互いに無関係(インコヒーレント)なので、光が原子に及ぼす作用は、各モードの作用の確率をそのまま足したものになる。この「確率を足してよい」ことが、速さの言葉が成り立つ前提であり、20.3節と20.5節でその条件を確かめる。
物質のモデルは、エネルギー E1<E2 の2つの準位を持つ原子である。第18章の ∣g⟩, ∣e⟩ と違い、各準位は縮退していてよい。準位1は g1 個、準位2は g2 個の状態からなり(たとえば全角運動量 J の準位は g=2J+1)、その状態を ∣1,m1⟩ (m1=1,…,g1), ∣2,m2⟩ (m2=1,…,g2) と書く。遷移の角周波数は ω0=(E2−E1)/ℏ である。単位体積あたりの原子の数を準位ごとに N1, N2 と書き、その和を N=N1+N2 とする。縮退の数 g1, g2 は添字つき、モードの数 g(ω) は引数つきで書き分ける。
結合は、原子が光の場から受ける遷移である。Einstein は次の3つの過程を考えた(図 20.1)。
吸収:準位1の原子が光のエネルギー ℏω0 を受け取って準位2へ上がる。その速さ(1原子・単位時間あたりの遷移の回数)は、遷移の周波数での放射のエネルギー密度に比例するとし、B12u(ω0) と書く。
誘導放出:準位2の原子が光に促されて準位1へ下がり、ℏω0 を光の場へ渡す。速さは同じく u(ω0) に比例するとし、B21u(ω0) と書く。
自然放出:準位2の原子が、光が無くても準位1へ下がる。速さは放射によらない定数 A21 である。

図 20.1 Einstein の3つの過程。上の数字は1原子・単位時間あたりの遷移の速さ。誘導放出で出る光は、促した光と同じモードへ入る(20.4節)。自然放出の光はどのモードへも出る。
速さの方程式
3つの過程の速さを原子の数に掛けて足すと、準位2の原子の数密度の変化は
dtdN2=B12u(ω0)N1−B21u(ω0)N2−A21N2=−dtdN1(20.2)
になる。この式は、原子1個の状態を確率で書いた式でもある。原子が準位2にいる確率を P2=N2/N とすれば、式 (20.2) を N で割った式が P2 の方程式になる。ここに確率の重ね合わせ(振幅の干渉)は現れない。第19章の光 Bloch 方程式では、占有数の変化がコヒーレンス ρeg を通して起きた。式 (20.2) は、そのコヒーレンスが光の広がりや緩和ですぐに失われ、占有数だけが残った場合の式である。どういう条件でそうなるかは20.5節で調べる。
Einstein の係数は、この本では角周波数あたりのエネルギー密度 u(ω) を基準に定義する(記法の正本 §9)。周波数あたりの u(ν) を基準にする教科書とは B が 2π 倍違う。対応は20.6節でまとめる。
係数は原子の性質で、放射の性質ではない
A21, B12, B21 は原子の2つの準位だけで決まる定数で、放射の温度や強さによらないと仮定する。20.2節の議論は、この仮定の上で、熱平衡という特別な放射を使って係数の比を決める。決まった比は原子の性質なので、熱平衡でない放射(レーザー光)に対してもそのまま使える。
例題 20.1 炎の中の原子の励起と緩和 ★★
オリジナル波長 λ=589nm の遷移で、下の準位の縮退が g1=2、上の準位の縮退が g2=4 の原子が、温度 T=2500K の炎の中で熱平衡にある。
- (1) 上の準位と下の準位の数密度の比 N2/N1 を求めよ。
- (2) この温度の熱放射が遷移の周波数に持つ光子数 nˉph と、エネルギー密度 u(ω0) を求めよ。
- (3) 放射の場は一定のまま、何かの理由で N2 が平衡の値からずれたとする。式 (20.2) から、ずれが減っていく速さがA21[1+(1+g2/g1)nˉph] になることを示せ(20.2節の関係 B21u=A21nˉph, g1B12=g2B21 を使ってよい)。この温度で、ずれの減る速さは A21 と何桁まで一致するか。
解答
(1) ℏω0/(kBT)=hc/(λkBT)=9.771 で、Boltzmann 分布に縮退の数を掛けて
N1N2=g1g2e−ℏω0/kBT=2e−9.771=1.14×10−4.
上の準位は、状態の数が2倍ある分だけ、縮退を無視したときより2倍多く占められる。
(2) nˉph=1/(e9.771−1)=5.71×10−5。式 (20.1) からu(ω0)=π2c3ℏω03nˉph=7.40×10−19Jsm−3 である(単位は Jm−3 を角周波数 s−1 で割ったもの)。
(3) N1=N−N2 を式 (20.2) に入れると dtdN2=B12uN−(B12u+B21u+A21)N2 で、N2 の係数がずれの減る速さである。B21u=A21nˉph、B12u=(g2/g1)B21u=(g2/g1)A21nˉph を入れると A21[1+(1+g2/g1)nˉph] になる。(1+2)×5.71×10−5=1.7×10−4 なので、A21 との違いは 0.02 パーセントにすぎない。可視光の遷移では、2500 K の炎の中でも原子を平衡へ戻すのは自然放出で、熱放射による吸収と誘導放出はその1万分の2ほどしか寄与しない。炎の中の原子が上の準位に上がるのは、主に放射でなく原子どうしの衝突による。
1 A. Einstein (1917), Physikalische Zeitschrift 18, 121–128「放射の量子論について」。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com