光学と量子エレクトロニクス 第21章 §21.2 ★★★ 光 Bloch 方程式で横の成分(コヒーレンス)が T2 で速く緩和するなら、それを占有の差の関数として消すことができ、遷移の割合 W=Ω2T2/[2(1+Δ2T22)] のレート方程式が残る。定常状態では消す前と完全に一致する
光 Bloch 方程式を成分で書く
第18章(第18章)の回転波近似のあとの Hamiltonian は、回転座標で
H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx,Δ=ωL−ω0
である(この本の流儀。Δ はレーザーの角周波数 ωL から原子の ω0 を引いた離調で、Ω は位相を選んで実数にした Rabi 周波数)。密度行列の成分を基底 (∣e⟩,∣g⟩) で ρee, ρgg, ρeg=ρge∗ と書き、iℏdρ^/dt=[H^,ρ^] に第19章の緩和の項を足すと、光 Bloch 方程式は
dtdρeedtdρeg=ΩImρeg−T1ρee,=iΔρeg−2iΩw−T2ρeg,w:=ρee−ρgg(21.8)(21.9)
になる。これは第19章の光 Bloch 方程式(式 (19.9))を u−iv=2ρeg、w=ρee−ρgg で密度行列の成分に書き直したものである。上の準位は割合 1/T1 で下の準位へ戻り(自然放出だけなら 1/T1=A21)、コヒーレンスは割合 1/T2 で消える。w は占有の差(Bloch ベクトルの z 成分)で、w>0 が反転である。導出は交換子の成分を書き出すだけで、(H^ρ^−ρ^H^)ee=−2ℏΩ(ρge−ρeg) から dρee/dt=(iΩ/2)(ρge−ρeg)=ΩImρeg が出る(検算スクリプト)。
(21.8) の右辺の第1項が光による遷移である。占有が変わるのは、コヒーレンスの虚部があるときだけで、その虚部は (21.9) で占有の差 w から作られる。光はまず原子にコヒーレンス(振動する双極子)を作り、そのコヒーレンスを通して占有を動かす。占有とコヒーレンスのあいだのこの往復が、第19章の Rabi 振動である。
速い変数を消す
T2 が短く、コヒーレンスが占有よりずっと速く緩和する場合を考える。w が T2 の間ほとんど変わらないなら、(21.9) の解は時間 T2 ほどで初期値を忘れ、その時々の w で決まる値
ρeg≈1/T2−iΔ−iΩw/2=−2Ωw1/T22+Δ2−Δ+i/T2(21.10)
に追いつく。(21.9) の左辺を 0 と置いて解いたもので、これを断熱消去と呼ぶ。虚部 Imρeg=−(Ωw/2)(1/T2)/(1/T22+Δ2) を (21.8) に入れ、w=ρee−ρgg に戻すと
dtdρee=−W(ρee−ρgg)−T1ρee,W=2(1+Δ2T22)Ω2T2(21.11)
が残る。第19章の式 (19.24) で形だけ見せた式で、ここでは使える条件と誤差を調べる。これが2準位の原子1個のレート方程式で、(21.5) を原子1個あたりに書いたもの(N2/N→ρee、σ21Φ→W、A21→1/T1、縮退なし)と同じ形である。W は原子1個が単位時間に光で上がる(または下りる)割合で、離調 Δ の関数として半値の全幅 2/T2 の Lorentz 形をしている。W を Ω2 と線の形 (21.2) で書き直すと
W=2πΩ2S(ωL)(21.12)
で、遷移の割合は「光の強さ(Ω2∝I)」と「線の形の、光の角周波数での高さ」の積に分かれる。(21.3) の B 係数の形はこの分かれ方を表していた。双極子の向きがそろっている場合に Ω2=∣deg∣2E02/ℏ2 と I=cε0E02/2 を入れると、W=σ21Φ の σ21 は (21.4) の3倍になり、例題 21.1 の (2) と一致する。
断熱消去が使える条件は、速いほうの変数(コヒーレンス)の緩和の割合 1/T2 が、遅いほうの変数(占有)が変わる割合より十分大きいことである。占有が変わる割合は (21.11) から 2W+1/T1 なので、条件は
T2(2W+T11)≪1,共鳴ではΩT2≪1 かつ T2≪T1(21.13)
にまとまる(共鳴では 2WT2=(ΩT2)2)。ΩT2≪1 は、コヒーレンスが Rabi 振動の1周期の間に消えることを言う。コヒーレンスが消えれば占有はもう往復できず、一方向に流れるだけになる。
定常状態では消す前と一致する
(21.11) の定常解は、ρgg=1−ρee を使って
ρee=1+2WT1WT1=1+ss/2,w=−1+s1,s:=2WT1=1+Δ2T22Ω2T1T2(21.14)
である。s を飽和パラメータと呼ぶ。一方、光 Bloch 方程式 (21.8)・(21.9) の定常解は、両方の左辺を 0 と置いて解くもので、(21.10) は近似でなく厳密に成り立つ。したがって定常状態の占有は、条件 (21.13) が成り立たなくても、(21.14) と完全に一致する(数値でも確かめた)。断熱消去で失うのは、定常に至るまでの途中の振る舞い(Rabi 振動)だけである。
図 21.1 は、2つの場合に光 Bloch 方程式を数値で解き、レート方程式の解と比べたものである。ΩT2=0.2 では両者はほぼ重なり、占有は単調に定常値へ向かう。ΩT2=10 では光 Bloch 方程式の解は Rabi 振動を示し、一時は ρee=0.79 まで上がって反転する。レート方程式の解はこの振動を持たず、時間 1/(2W+1/T1) で定常値 0.49 に近づく。振動の山は T2 ほどの時間で減衰し、どちらも同じ定常値に行き着く。

図 21.1 共鳴(Δ=0)の光で駆動した2準位原子の上の準位の占有。点線は光 Bloch 方程式 (21.8)・(21.9) の数値解(厳密)、実線はコヒーレンスを断熱消去したレート方程式 (21.11) の解(近似)、灰色の破線は左が定常値、右が ρee=1/2。左は Ω=2/T1, T2=0.1T1(ΩT2=0.2)で、両者のずれは最大 0.014。右は Ω=5/T1, T2=2T1(自然放出だけの幅、ΩT2=10)で、厳密な解は Rabi 振動で一時的に反転するが、レート方程式の解は 1/2 を超えない。定常値はどちらの場合も一致する。
消したのはコヒーレンスで、量子力学ではない
レート方程式は「原子は上か下のどちらかにいて、ある割合で飛び移る」という古典的な確率の方程式に見える。しかし遷移の割合 W は、(21.10) のコヒーレンスを通して計算したもので、その中には量子力学の振幅の干渉が入っている。W が Lorentz 形をしていることも、W が Ω2(振幅の2乗)に比例することも、コヒーレンスを先に解いた結果である。断熱消去は、コヒーレンスを捨てたのではなく、占有の差の関数として書き換えたものである。
例題 21.2 結晶の中のイオンはレート方程式で扱える ★★
オリジナル結晶の中のイオンの遷移で、格子の振動による位相の乱れのため T2=1.0ps、上の準位の寿命は T1=0.20ms とする。共鳴の光で Rabi 周波数 Ω/2π=1.0GHz を与える。
- (1) ΩT2 と W を求め、断熱消去の条件 (21.13) が成り立つか判定せよ。
- (2) 飽和パラメータ s と定常の ρee を求めよ。
- (3) 光を入れてから定常に近づくまでの時間の目安を求めよ。同じ時間のあいだに Rabi 振動が見えない理由を述べよ。
- (4) 離調を Δ=1/(2T2) にすると W は何倍になるか。
解答
(1) Ω=2π×109s−1 なので ΩT2=6.28×10−3、W=Ω2T2/2=1.97×107s−1 である。WT2=2.0×10−5≪1 で、T2/T1=5×10−9 も小さいので、条件は十分に成り立つ。
(2) s=2WT1=7.90×103、ρee=(s/2)/(1+s)=0.49994 である。強い光で占有はほぼ半分ずつになる。
(3) (21.11) は占有の差を割合 2W+1/T1 で定常値へ戻すので、目安は 1/(2W+1/T1)=25.3ns である。Rabi 振動の1周期は 2π/Ω=1.0ns だが、コヒーレンスは T2=1ps で消えるので、振動は周期の 1/1000 ほど進んだところで止まる。占有は振動せず、割合 W で流れるだけになる。
(4) Δ2T22=1/4 なので W は 1/(1+1/4)=0.80 倍である。線の半値の半幅は 1/T2 なので、半幅の半分だけずらしても遷移の割合は2割しか下がらない。
ほかの巻では
- 近似の数理 第7章:コヒーレンスの断熱消去は、境界層や Born–Oppenheimer と同じ特異摂動の型で、その共通の構造が読める
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com