光学と量子エレクトロニクス 第21章 §21.1 ★★★ モードは細い線幅の光のビーム、物質は多準位の原子の集団(数密度と占有)、結合は Einstein の係数と線の形。断面積 σ21(ω)=(λ2/4)A21S(ω) で吸収・誘導放出・利得が1つにまとまる
第19章(第19章)では、光で駆動される2準位原子を光 Bloch 方程式で扱った。状態は密度行列で表され、上の準位と下の準位の占有の差(Bloch ベクトルの z 成分)と、2つの準位のあいだのコヒーレンス(横の成分)が組になって動き、それぞれ T1 と T2 で緩和する。第20章(第20章)では、Einstein が熱放射との詳細つり合いから導いた A・B 係数を、角周波数あたりのエネルギー密度 u(ω) を基準にして g1B12=g2B21、A21=ℏω3B21/(π2c3) と書いた。2つの章は同じ原子を別の言葉で書いている。光 Bloch 方程式は振幅と位相を持つコヒーレンスを含み、Einstein の係数は「単位時間に何個の原子が上がり、何個が下りるか」という数の勘定しか含まない。
この章は、2つの記述のあいだの橋を架ける。コヒーレンスが占有よりずっと速く緩和するとき(T2 が短いとき)、コヒーレンスは占有の値にすぐ追いつき、その時々の占有の差だけで決まる。コヒーレンスを方程式から消すと、占有だけが従う1階の方程式(レート方程式)が残り、その遷移の割合は Einstein の B 係数と線の形で書くことができる。これがコヒーレンスの断熱消去である。
レート方程式を手にすると、レーザーを作るのに何が要るかを式で述べることができる。光の増幅には、上の準位に下の準位より多くの原子がいる状態(反転分布)が要る。2準位の原子をいくら強い光で照らしても、吸収と誘導放出の係数が等しいので占有は半分ずつに近づくだけで、反転しない。3準位では、ポンプで上げた原子を寿命の長い準位に溜めることで反転が作れるが、原子の半分以上を上げるまで反転しない。4準位では、下の準位がすぐ空になるので、わずかなポンプで反転する。反転分布が作る利得、その利得が強い光で下がる飽和、飽和を決める飽和強度も、同じ式から出る。共振器を置いて発振させる話(しきい値と出力)は第22章(第22章)で扱う。
モード・物質・結合の選び方
この巻の各章は、どの場のモードを取り出し、物質をどうモデル化し、どう結合させ、何を近似したかで読む(第1章の表)。この章の選び方は次のとおりである。
場のモードは、z 方向に進む角周波数 ω の光のビーム1本である。ビームの線幅は原子の線幅より十分狭いとし、光を強度 I(単位面積・単位時間あたりのエネルギー)か、光子の流れ
Φ=ℏωI(21.1)
(単位面積・単位時間あたりの光子の数)で表す。光の位相は使わない。広い帯域の熱放射を扱うときは、第20章と同じく角周波数あたりのエネルギー密度 u(ω) を使う。
物質のモデルは、数密度 N の同じ原子の集まりである。原子は準位 j=1,2,… を持ち、準位 j にいる原子の数密度(占有)を Nj、縮退度を gj と書く。原子どうしは互いに独立で、1個の原子が感じる光は、ビームの強度で決まるとする。原子の遷移の線は、角周波数 ω0 を中心に幅を持つ。その形を、面積が 1 になるように規格化した線の形
S(ω) (∫0∞S(ω)dω=1),S(ω)=π1(ω−ω0)2+1/T221/T2(21.2)
で表す(第20・22章と同じ記号 S)。右の Lorentz 形は、21.2 節で光 Bloch 方程式から出てくる形で、半値の全幅は 2/T2、中心の高さは S(ω0)=T2/π である。この章では、すべての原子が同じ線の形を持つ場合(均一な広がり)だけを扱う。原子ごとに中心がずれる場合(Doppler 幅などの不均一な広がり)は第24章(第24章)で扱う。
結合は、Einstein の係数である。第20章の B 係数は、広い帯域の放射に対して「準位1の原子1個が単位時間に吸収する割合」を B12u(ω0) と定めた。線幅の狭い光では、放射のエネルギー密度 utot は1つの角周波数 ω に集まっている。原子の線の形 S の中で角周波数 ω′ の放射が吸収される割合は B12u(ω′)S(ω′) に比例すると考えて、全体を足すと
吸収の割合=B12utotS(ω),誘導放出の割合=B21utotS(ω)(21.3)
になる。広い帯域の放射(u(ω′) が線の形の幅にわたって一定)では、S の積分が 1 なので第20章の B12u(ω0) に戻る。真空の中のビームでは utot=I/c なので、吸収の割合を σ12Φ と書くと
σ21(ω)=cℏωB21S(ω)=4λ2A21S(ω),σ12(ω)=g1g2σ21(ω)(21.4)
を得る。2つ目の等号は第20章の A21=ℏω3B21/(π2c3) と λ=2πc/ω を使った。σ21 を誘導放出の断面積、σ12 を吸収の断面積と呼ぶ。原子1個が光の進む向きに垂直な面積 σ を持ち、その面積を通った光子が吸収(または誘導放出)を起こす、という読み方である。第10章(第10章)で分極率の虚部から出した吸収断面積 σabs は、すべての原子が準位1にいるときの σ12 にあたる。
レート方程式
2つの準位だけを考え、上の準位2から下の準位1への自然放出の割合を A21 とする。準位2の占有の変化は、自然放出で減る分、誘導放出で減る分、吸収で増える分の和である。
dtdN2=−A21N2−σ21Φ(N2−g1g2N1),N1+N2=N.(21.5)
吸収と誘導放出は同じ Φ に比例し、係数は縮退度の比だけ違う。g1B12=g2B21 がこの形を決めている。光の側では、厚さ dz の層を通る間に、誘導放出で光子が増え、吸収で光子が減る。自然放出の光子はあらゆる向きに出るので、ビームにはほとんど入らない。したがって
dzdI=G(ω)I,G(ω)=σ21(ω)(N2−g1g2N1)=−αabs(ω)(21.6)
である。G を利得係数と呼ぶ。G<0 なら光は吸収係数 αabs=−G で弱まり(第10章の Beer–Lambert の法則)、G>0 なら光は増幅される。光が増幅されるための条件は
g2N2>g1N1(21.7)
で、これを反転分布と呼ぶ。縮退が無ければ N2>N1 である。熱平衡では Boltzmann 分布 N2/N1=(g2/g1)e−ℏω0/kBT なので、どの正の温度でも (21.7) は成り立たない。反転分布は熱平衡から外れた状態で、外からエネルギーを入れ続けて保つほかない。この章の残りは、どうすれば保てるかを調べる。
式 (21.5) と (21.6) はエネルギーの勘定として閉じている。単位体積で単位時間にビームから消える光子の数 −dΦ/dz=σ21Φ((g2/g1)N1−N2) は、吸収で上がった原子の数から誘導放出で下りた原子の数を引いたものに等しい。ビームが原子に渡したエネルギーは、自然放出であらゆる向きに出ていくか、上の準位に溜まる。
例題 21.1 共鳴の断面積はなぜ原子より大きいか ★★
オリジナル波長 λ=780nm、自然放出の割合 A21=3.8×107s−1 の2準位の原子(縮退なし)を考える。線の幅は自然放出だけで決まり、T2=2/A21 とする。
- (1) 共鳴の中心の断面積 σ0=σ21(ω0) を (21.4) から求めよ。双極子の向きがでたらめな原子の集まりでは、これを λ2/(2π) と書けることを示せ。
- (2) 双極子の向きがそろっていて光の偏光と平行なときは、断面積が (1) の3倍の 3λ2/(2π) になる。この値と原子の大きさ πa02(a0 は Bohr 半径)の比を求めよ。
- (3) (2) の原子が N=1.0×1016m−3 の数密度で長さ 1cm のセルに入っているとき、弱い共鳴光の吸収係数と光学的厚さ αabsL を求めよ。
解答
(1) S(ω0)=T2/π=2/(πA21) を (21.4) に入れると
σ0=4λ2A21πA212=2πλ2=9.68×10−14m2
である。A21 が約分で消え、断面積は波長だけで決まる。自然放出の割合が大きい遷移ほど光を強く吸収するが、そのぶん線が広がって中心の高さが下がり、2つの効果がちょうど打ち消し合う。B 係数 B21=π∣deg∣2/(3ε0ℏ2) の 1/3 は、双極子の向きをでたらめにして cos2 を平均した値である。
(2) 向きがそろっていると cos2 の平均 1/3 が 1 に変わるので、σ0=3λ2/(2π)=2.91×10−13m2 になる。πa02=8.80×10−21m2 との比は 3.30×107 である。共鳴の光に対する断面積は、原子の大きさではなく波長の大きさで決まる。原子は自分の大きさの範囲の光だけでなく、波長の範囲の場から双極子の放射を通じてエネルギーを受け取るからである。
(3) αabs=Nσ0=2.91×103m−1、αabsL=29.0 である。強度は e−29≈2.4×10−13 倍になり、セルは共鳴の光をほぼ通さない。数密度 1016m−3 は大気の分子の数密度の 10−9 倍ほどしかない。それでも光を通さないのは、断面積が原子の大きさの 107 倍あるからである。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com