光学と量子エレクトロニクス 第29章 §29.4 ★★ 回転する装置の中では原子に Coriolis の加速度 2v×Ωrot が加わり、位相は 2keff⋅(v×Ωrot)T2。2本の経路が囲む面積で書くと 2mΩrot⋅A/ℏ で、光の Sagnac 効果より mc2/(2ℏω) 倍大きい
Coriolis の加速度
光と鏡を載せた装置が角速度 Ωrot で回っているとする(地上の装置なら地球の自転)。この節では Rabi 周波数との混同を避けるため、回転の角速度に添字 rot を付ける。光の位相は装置に固定された座標で決まるので、式 (29.5) の r は装置の座標での原子の位置である。この座標では原子に Coriolis の加速度 −2Ωrot×v=2v×Ωrot が加わる(遠心力の加速度は Ωrot2 の2次なので落とす)。Ωrot が小さく、速度 v がほぼ一定とみなせるとき、2階差分は加速度に T2 を掛けたものなので
Δϕrot=2keff⋅(v×Ωrot)T2(29.11)
を得る。keff と v の両方に垂直な回転の成分だけが位相に入る。
重力と回転をまとめると、原子干渉計の位相は Δϕ=keff⋅aT2 で、a は光の波面(実際には光を折り返す鏡)に対する原子の加速度である。原子は自由に落ちる慣性系の基準で、干渉計は装置の側の加速度と回転を読んでいる。
囲む面積で書く
2本の経路の時刻 0 と 2T を結ぶ図形は、辺が vT と vT+(ℏkeff/m)T の平行四辺形で、その面積ベクトルは A=vT×(ℏkeff/m)T である。keff⋅(v×Ωrot)=−Ωrot⋅(v×keff) を使うと、式 (29.11) は
∣Δϕrot∣=ℏ2m∣Ωrot⋅A∣(29.12)
になる。原子の速度も光の波数も消え、囲む面積と回転だけが残る。これが物質波の Sagnac 効果である。
同じ式は Hamiltonian からも出る。回転する座標の Hamiltonian は H^=p^2/(2m)−Ωrot⋅L^ で、Ωrot⋅(r×p)=p⋅(Ωrot×r) を使うと
H^=2m(p^−mΩrot×r^)2−2m(Ωrot×r^)2
と書き直せる。これは電荷 q の粒子がベクトルポテンシャル Avec の中にあるときの (p^−qAvec)2/(2m) と同じ形で、qAvec の役を mΩrot×r が果たす。その回転は ∇×(mΩrot×r)=2mΩrot で、一様な「磁場」に当たる。解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第6章(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第6章)で見たとおり、閉じた経路を回る荷電粒子の位相は q/ℏ に囲んだ磁束を掛けたもの(Aharonov–Bohm の位相)で、ここでは磁束が 2mΩrot⋅A になって式 (29.12) と一致する。
光の Sagnac 効果との比較
光ファイバーやリングレーザーのジャイロスコープでは、光を回転する閉じた光路の両回りに走らせる。半径 R の円の光路では、光が一周する時間が回転の向きと逆回りで 2πR/(c∓RΩrot) になり、その差は Ωrot の1次で 4AΩrot/c2(A=πR2)である。位相の差は角周波数 ω を掛けて
Δϕlight=c24ωAΩrot(29.13)
になる。同じ面積で比べると、物質波と光の位相の比は
4ωAΩrot/c22mAΩrot/ℏ=2ℏωmc2
で、原子の静止エネルギーと光子のエネルギーの比で決まる。87Rb と 780nm の光では 2.55×1010 である。光のジャイロスコープはこの不利を、ファイバーを何千回も巻いて面積を稼ぐことと、光子の数が原子の数よりはるかに多いことで補っている。
例題 29.4 原子線のジャイロスコープで地球の自転を測る ★★
オリジナル東京(北緯 35.7∘)の水平な実験台で、速さ v=200ms−1 の 87Rb の原子線を北向きに飛ばす。原子線に垂直な水平方向(東西)に keff を向けた3つの Raman の光を、原子線に沿って 1m 間隔に置く。
- (1) パルスの時間間隔 T と、地球の自転による位相 Δϕrot を求めよ。自転の角速度のどの成分が位相に入るかも答えよ。
- (2) 2本の経路が囲む面積を求め、式 (29.12) が同じ値を与えることを確かめよ。
- (3) 同じ面積の光路を 780nm の光が回ったときの Sagnac の位相を求めよ。
解答
(1) 原子が光の間を飛ぶ時間が T=1m/(200ms−1)=5ms である。北を y、東を x、鉛直上向きを z にとると、自転の角速度は ΩE=ΩE(cos35.7∘ey+sin35.7∘ez) である。v=vey との外積は v×ΩE=vΩEsin35.7∘ex で、鉛直の成分だけが残る。keff が東西を向くので、式 (29.11) から
∣Δϕrot∣=2keffvΩEsin35.7∘T2=2(1.61×107)(200)(7.292×10−5)(0.584)(5×10−3)2=6.85rad
である。地球の自転という遅い回転が、1周を超える位相になる。
(2) 面積は ∣A∣=v(ℏkeff/m)T2=(200)(1.18×10−2)(2.5×10−5)m2=5.88×10−5m2=0.588cm2 で、向きは鉛直である。2mΩEsin35.7∘∣A∣/ℏ を計算すると 6.85rad になり、(1) と一致する。m⋅ℏkeff/m=ℏkeff なので、2つの式は文字の上でも同じである。
(3) 式 (29.13) で ω=2πc/λ とすると、4ωAΩEsin35.7∘/c2=2.69×10−10rad である。原子の位相との比は 2.55×1010 で、本文の mc2/(2ℏω) と一致する。
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