相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第1部 第3章 §1.3.2 ★★★ D(p∥q)≥0(等号は p=q のときだけ)。この巻のすべての不等式の出発点
Jensen の不等式
関数 f が区間 J で凸(下に凸)であるとは、J の任意の2点 x1,x2 と 0≤λ≤1 についてf(λx1+(1−λ)x2)≤λf(x1)+(1−λ)f(x2) が成り立つことをいう。2点を結ぶ弦がグラフより上にある、という条件である。x1=x2、0<λ<1 でいつも狭義の不等号が成り立つとき、狭義凸という。−f が凸のとき f は凹(上に凸)である。2回微分できる関数なら、f′′≥0 が凸、f′′>0 が狭義凸の十分条件になる。−lnx(x>0)は (−lnx)′′=1/x2>0 なので狭義凸で、lnx は狭義凹である。
定理 1.3.2(Jensen の不等式 ★★★)
f が区間 J で凸で、確率変数 X が J に値をとり平均 ⟨X⟩ を持つなら、
f(⟨X⟩)≤⟨f(X)⟩.(1.3.5)
f が狭義凸なら、等号は X が確率1で定数のときに限る。
証明
有限個の値をとる場合を示す。m:=⟨X⟩ は J に入る。凸関数のグラフには、点 (m,f(m)) を通ってグラフの下にある直線(支持直線)ℓ(x)=f(m)+c(x−m) がある(f が微分できるなら c=f′(m) ととればよい。微分できない点では、左右の微分係数の間の値をとる)。すべての x∈J で f(x)≥ℓ(x) なので、両辺を X の分布で平均すると
⟨f(X)⟩≥⟨ℓ(X)⟩=f(m)+c(⟨X⟩−m)=f(m).
f が狭義凸なら、f(x)=ℓ(x) となるのは x=m だけである。等号が成り立つには確率が正のすべての値で f(x)=ℓ(x) が要るので、X=m が確率1で成り立つ。
図 1.3.2 は、2つの値を確率 1/2 ずつでとる X について、狭義凸な −lnx でこの不等式を描いたものである。値の平均での関数の値(グラフの上の点)は、関数の値の平均(弦の中点)より下にある。

図 1.3.2 Jensen の不等式。X が x1=0.5 と x2=2.5 を確率 1/2 ずつでとるとき、弦の中点 ⟨−lnX⟩≈−0.112(青)は、グラフの上の点 −ln⟨X⟩=−ln1.5≈−0.405(赤)より上にある。
Gibbs の不等式
序章(定理 1.1.1)では、この不等式を lnx≤x−1 の1行で示した。ここでは Jensen の不等式から示し、その道具を結合凸性(定理 1.3.8)まで使う。
定理 1.3.3(Gibbs の不等式 ★★★)
有限集合上の任意の確率分布 p,q について
D(p∥q)≥0(1.3.6)
が成り立ち、等号は p=q のときに限る。
証明
D(p∥q)=+∞ なら明らかなので、p の台 A:={x:p(x)>0} の上で q(x)>0 とする。A の上で確率 p(x) をとる確率変数としてY=q(X)/p(X) を考えると、狭義凹な ln に Jensen の不等式(凹関数なので向きが逆になる)を当てはめて
−D(p∥q)=x∈A∑p(x)lnp(x)q(x)≤ln(x∈A∑p(x)p(x)q(x))=ln(x∈A∑q(x))≤ln1=0.
等号の条件を調べる。最初の不等号が等号になるのは、Jensen の不等式の等号条件から、q(x)/p(x) が A の上で定数 c のときである。2つ目の不等号が等号になるのは、∑x∈Aq(x)=1、つまり q の台も A に収まるときである。2つを合わせると c=∑x∈Aq(x)=1 で、p=q となる。逆に p=q なら各項の ln1=0 なので D=0 である。
証明が2段に分かれていることに意味がある。1段目は「p の台の中で q の形が p と違う」ことの罰、2段目は「q が p の台の外に確率を漏らしている」ことの罰である。どちらか一方でもあると D>0 になる。
連続な分布でも、同じ議論で D≥0 が成り立つ(和を積分に、有限個の値をとる場合の Jensen の不等式を一般の確率変数の場合に置き換える)。式 (1.3.4) で確かめると、μ1=μ2 のとき r=σ12/σ22 とおいて D=21(r−1−lnr) で、lnr≤r−1 より D≥0、等号は r=1 のときだけである。
Gibbs の不等式から、和の形のまま使える不等式が1つ出てくる。
系 1.3.4(対数和不等式 ★★)
非負の数 a1,…,an と正の数 b1,…,bn について、a:=∑iai>0、b:=∑ibi とおくと
i=1∑nailnbiai≥alnba.(1.3.7)
等号は ai/bi が i によらないときに限る。
証明
pi:=ai/a、qi:=bi/b は確率分布である。ailn(ai/bi)=api(ln(pi/qi)+ln(a/b)) を i で足すと、左辺 =aD(p∥q)+aln(a/b) となる。Gibbs の不等式から D(p∥q)≥0 で、等号は p=q、つまり ai/bi=a/b のときである。
序章はこの不等式でデータ処理不等式を示した(定理 1.1.2)。この章では、1.3.5 節で D の凸性を示すときに使う(次の章はデータ処理不等式を連鎖律から示し直す)。
距離ではないことと、Pinsker の不等式
D は非負で、0 になるのは p=q のときだけなので、2つの分布の「隔たり」を測る量として使える。しかし距離の公理のうち、対称性と三角不等式は満たさない。対称性が成り立たないことは 1.3.1 節で見た。三角不等式も成り立たない。コイン pa=(a,1−a) で a=1/2, 1/4, 1/10 の3つをとると
D(p1/2∥p1/10)≈0.511,D(p1/2∥p1/4)+D(p1/4∥p1/10)≈0.144+0.092=0.236
で、遠回りしたほうが小さい。D は、分布のずれが小さいときに差の2乗のように振る舞う量なので(図 1.3.1)、2乗した距離が三角不等式を満たさないのと同じ理由で、三角不等式が成り立たない。
距離そのものとの関係は、次の不等式で押さえられる。2つの分布の差の絶対値の和を ∥p−q∥1:=∑x∣p(x)−q(x)∣ と書く。これは、どんな事象 A についても確率の差 ∣p(A)−q(A)∣ が 21∥p−q∥1 を超えないという意味で、2つの分布を1回の観測で見分ける能力を測る距離である。
命題 1.3.5(Pinsker の不等式 ★★)
有限集合上の任意の確率分布 p,q について
D(p∥q)≥21∥p−q∥12.(1.3.8)
値が2つの場合(コイン)の証明を例題 1.3.2 で行う。一般の場合は、事象 A={x:p(x)≥q(x)} に入るか入らないかだけを見る粗い観測に移ると D が増えないこと(次の章のデータ処理不等式)を使って、コインの場合に帰着できる。この帰着は 第1部第4章 で行う。Pinsker の不等式は「D が小さければ、2つの分布はどんな事象についても確率がほとんど同じである」ことを保証する。
例題 1.3.2 コインの Pinsker の不等式 ★★
オリジナル0<a<1、0<b<1 とし、p=(a,1−a)、q=(b,1−b) とする。
- (1) ∥p−q∥1=2∣a−b∣ を確かめ、示すべき不等式が g(b):=alnba+(1−a)ln1−b1−a−2(a−b)2≥0 であることを述べよ。
- (2) a を止めて g を b で微分し、g′(b)=(b−a)(b(1−b)1−4) を示せ。
- (3) g(b)≥0 を示せ。
解答
(1) ∣p(1)−q(1)∣+∣p(2)−q(2)∣=∣a−b∣+∣(1−a)−(1−b)∣=2∣a−b∣ なので、21∥p−q∥12=2(a−b)2 である。示すべき式 (1.3.8) は D(p∥q)−2(a−b)2≥0、つまり g(b)≥0 になる。
(2) dbd(alnba)=−ba、dbd((1−a)ln1−b1−a)=1−b1−a、dbd(−2(a−b)2)=4(a−b) なので、
g′(b)=−ba+1−b1−a+4(a−b)=b(1−b)−a(1−b)+b(1−a)−4(b−a)=b(1−b)b−a−4(b−a)=(b−a)(b(1−b)1−4).
(3) 0<b<1 では b(1−b)≤1/4 なので、括弧の中は 0 以上である。したがって g′(b) は b<a で 0 以下、b>a で 0 以上になり、g は b=a で最小になる。最小値は g(a)=0 なので、すべての b で g(b)≥0 である。図 1.3.1 の実線 2(a−1/2)2 は、b=1/2 のときのこの下界を表していて、点線の D(pa∥p1/2) はいつもその上にある。
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