相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第2部 第1章 §2.1.3 ★★★ 拘束を平均エネルギーに選ぶとカノニカル分布が出て、乗数 β は ∂U∂S を通して 1/(kBT) と同定される。熱的な接触は「和だけを知っている」ことで、共通の乗数が温度の等しさになる
平均エネルギーだけを知っている
状態 i のエネルギーを Ei とし、平均エネルギー U だけが分かっているとする。参照分布は状態の上の一様分布 u とする。これは、量子系なら Hamiltonian の固有状態を1つずつ同じ重みで数えることにあたる(なぜ固有状態の上で一様なのかは 2.1.4節の参照測度の話と同じ問題で、古典系では Liouville の定理が答える)。式 (2.1.4) で g=E、乗数を β と書くと
pβ(i)=Z(β)e−βEi,Z(β)=i∑e−βEi,U=−∂β∂lnZ(2.1.11)
を得る。カノニカル分布である。式 (2.1.9) から −dU/dβ=⟨E2⟩−⟨E⟩2≥0 で、β が大きいほど U は小さい。
この時点で β は乗数にすぎず、温度との関係はまだない。熱力学の温度は 1/T=∂S/∂U で定義される。エントロピーを S:=kBH(pβ) とおくと、式 (2.1.8) と式 (2.1.10) から
S=kB(lnZ+βU),∂U∂S=kBβ(2.1.12)
となり、β=1/(kBT) と同定できる。式 (2.1.12) の第1式に T を掛けると −kBTlnZ=U−TS で、これは Helmholtz の自由エネルギー F である。このとき F を最小にする分布としての読み方 F[p]−F=kBTD(p∥pβ) は第1部第1章で示し、詳しくは 第2部第2章 で扱う。
温度は乗数である
最大エントロピー原理の中では、温度は「平均エネルギーを決めた」という拘束にかかる乗数で、式 (2.1.10) により「平均エネルギーを dU だけ増やしたとき、知らないことの量が βdU だけ増える」ことを表す。高温(β 小)では分布がすでに広がっているので、エネルギーを足しても知らないことはあまり増えない。エネルギーに上限がある系(有限個の準位)では、U が準位の平均より大きいと β<0 になる。サイコロで平均が 3.5 を超えると λ<0 になったのと同じで、負の温度にあたる。核スピン系で負の温度が実際に作られている1E. M. Purcell and R. V. Pound (1951), Phys. Rev. 81, 279。。
ミクロカノニカル分布:拘束を値で与える
エネルギーが平均でなく値として E に決まっている(孤立系)ときは、拘束は「Ei=E でない状態の確率は 0」となる。これは期待値の拘束でなく、X をエネルギーの殻 {i∣Ei=E} に狭めることにあたる。狭めた集合の上には拘束が残っていないので、最大エントロピーの分布は殻の上の一様分布で、H=lnW(E)(W(E) は殻の状態数)となる。これはミクロカノニカル分布と S=kBlnW(E) にほかならない。カノニカル分布とミクロカノニカル分布の違いは、エネルギーについて知っていることの形(平均か値か)の違いとして読める。大きな系で2つから同じ熱力学が出ることは、2.1.5節の集中から出る。
熱的な接触:和だけを知っている
2つの系 A, B があり、状態 (i,j) のエネルギーが EiA+EjB であるとする。2つの系の間でエネルギーをやりとりできるとき、外から分かるのは合計の平均 ⟨EA+EB⟩=Utot だけである。拘束は1つなので乗数も1つで、
p(i,j)=ZA(β)ZB(β)e−β(EiA+EjB)=pβA(i)pβB(j)
となる。分布は A と B の積に分かれ、どちらも同じ β のカノニカル分布である。接触した2つの系の温度が等しいこと(熱力学の第0法則)は、ここでは「拘束が和の1つだけなので乗数が共通」という形で出る。もし ⟨EA⟩ と ⟨EB⟩ を別々に知っていれば、乗数は βA と βB の2つになり、2つの系は違う温度をもつ。それはエネルギーをやりとりしていない2つの系の記述である。
例題 2.1.3 平均の量子数だけを知っている振動子 ★★★
オリジナル角振動数 ω の調和振動子のエネルギー準位を En=nℏω(n=0,1,2,…。零点エネルギーは定数なので省く)とし、平均の量子数 ⟨n⟩=nˉ だけが分かっているとする。
- (1) 最大エントロピーの分布が p(n)=(1−x)xn の形になることを示し、x を nˉ で表せ。
- (2) 最大エントロピーの値が Hmax=(1+nˉ)ln(1+nˉ)−nˉlnnˉ であることを示せ。
- (3) 式 (2.1.10) を使って乗数を求め、βℏω=ln(1+1/nˉ)、すなわち nˉ=1/(eβℏω−1) となることを示せ。nˉ=2 のときの x, Hmax, βℏω を求めよ。
解答
(1) 拘束の関数は g(n)=n で、式 (2.1.4) から p(n)∝e−λn=xn(x=e−λ)。規格化 ∑nxn=1/(1−x)(0<x<1)から p(n)=(1−x)xn。平均は ∑nn(1−x)xn=x/(1−x) なので、x/(1−x)=nˉ から x=nˉ/(1+nˉ)。
(2) −lnp(n)=−ln(1−x)−nlnx の平均をとって H=−ln(1−x)−nˉlnx。1−x=1/(1+nˉ)、x=nˉ/(1+nˉ) を入れるとH=ln(1+nˉ)−nˉlnnˉ+nˉln(1+nˉ)=(1+nˉ)ln(1+nˉ)−nˉlnnˉ。
(3) 式 (2.1.10) から λ=dHmax/dnˉ=ln(1+nˉ)+1−lnnˉ−1=ln(1+1/nˉ)。拘束の関数を En=nℏω に取り直すと乗数は β=λ/(ℏω) なのでβℏω=ln(1+1/nˉ)、解いて nˉ=1/(eβℏω−1)。これは Planck 分布 nB(ω) である。nˉ=2 では x=2/3、Hmax=3ln3−2ln2=1.9095 nat、βℏω=ln1.5=0.4055。平均の量子数だけを知っているという推論から、熱放射の1つのモードの占有数の式が出た。
1 E. M. Purcell and R. V. Pound (1951), Phys. Rev. 81, 279。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com