相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第2部 第2章 §2.2.5 ★★ 2つの温度の Gibbs 分布の相対エントロピーは lnZ の凸性で書け、2次の係数は Var(E)=kBT2C。熱容量は隣り合う温度の見分けやすさ
lnZ の凸性
Pythagoras の分解 (2.2.9) の第2項は、2つの Gibbs 分布の相対エントロピーだった。第1部第7章の式 (1.7.20) と同じ式を、ここでは Pythagoras の分解の第2項として読み直す。分配関数で書くと
D(pβ∥pβ′)=i∑pβ(i)[−(β−β′)Ei−lnZ(β)+lnZ(β′)]=lnZ(β′)−lnZ(β)+(β′−β)U(β)(2.2.17)
となる。U(β)=−∂βlnZ なので、右辺は関数 lnZ(β) と、その β での接線との β′ での差である。lnZ を β で2回微分すると
dβ2d2lnZ=−dβdU=⟨E2⟩β−⟨E⟩β2=Varβ(E)≥0(2.2.18)
で(第1部第7章の式 (1.7.17))、lnZ は凸関数である。凸関数はいつも接線より上にあるので、式 (2.2.17) が 0 以上であることは lnZ の凸性と同じことを言っている。2.2.2節で U(β) が β について減少すると述べた根拠もこの式である。
β′=β+δβ として式 (2.2.17) を δβ で展開すると、1次の項は消え、
D(pβ∥pβ+δβ)=21Varβ(E)δβ2+O(δβ3)(2.2.19)
となる。序章で D(pθ∥pθ+δ)≈21J(θ)δ2 の係数を Fisher 情報と呼んだので、Gibbs 分布の族の β についての Fisher 情報は J(β)=Varβ(E) である(Fisher 情報の一般の形は 第1部第7章)。熱容量 C=dTdU と dβdU=−kBT2dTdU から Varβ(E)=kBT2C なので、温度で書き直すと δβ=−δT/(kBT2)+O(δT2) から
D(pT∥pT+δT)≈2kBC(TδT)2(2.2.20)
を得る(第1部第7章の式 (1.7.17)・(1.7.19) と同じ中身を D の側から書いたもの)。熱容量の大きい系ほど、少しだけ温度の違う2つの Gibbs 分布を見分けやすい。相転移の近くで熱容量が大きくなる系では、温度のわずかな違いが分布の大きな違いになる。逆に、エネルギーのゆらぎを1回測って温度を推定するとき、Cramér–Rao の不等式(第1部第7章)から推定の分散は 1/J(β) より小さくできない。温度計の精度の限界は熱容量によって決まる。

図 2.2.4 単原子の理想気体の1粒子(C=23kB)について、温度 T と T′ の Maxwell 分布の相対エントロピー。点線は厳密な 23(T/T′−1+ln(T′/T))、実線は2次の近似 (2.2.20)。T′/T=1 の近くで一致し、離れると非対称になる。温度を下げた分布との方が見分けやすい。
例題 2.2.5 理想気体の2つの温度を見分ける ★★
オリジナル質量 m の単原子の理想気体の1粒子の速度の分布は、温度 T で pT(v)=(2πkBTm)3/2e−mv2/(2kBT) である。
- (1) D(pT∥pT′)=23(T′T−1+lnTT′) を示せ。
- (2) T′=1.1T で厳密な値と2次の近似 (2.2.20) を比べよ。N=1023 個の独立な粒子全体ではどうなるか。
解答
(1) 式 (2.2.17) を使う。1粒子の運動のエネルギー E=21mv2 について lnZ(β)=−23lnβ+(定数)、U(β)=2β3 なので
D=−23lnβ′+23lnβ+(β′−β)2β3=23(ββ′−1−lnββ′).
β′/β=T/T′ を入れると示す式になる。
(2) T′/T=1.1 で厳密な値は 23(0.90909−1+0.09531)≈0.00660 nat、2次の近似は 43(0.1)2=0.00750 nat で、比は 0.88 である。独立な N 粒子では相対エントロピーが足し算になり、N×0.0066=6.6×1020 nat となる。熱容量が N 倍になることと対応している。1粒子の速度を1回測っただけでは温度の10 %の違いはほとんど分からないが、巨視的な数の粒子の分布は温度の違いで大きく変わる。巨視的な系の温度がはっきり決まった量に見えるのはこのためである。
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