相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第2部 第2章 §2.2.4 ★★★ 試す分布を独立な分布に限ると平均場近似になる。得られる自由エネルギーは厳密な値の上界で、誤差は kBT と最も近い独立な分布までの相対エントロピーの積
独立な分布に限る
N 個のスピン sj=±1 が最近接の対 ⟨jk⟩ どうし結合した Ising 模型
E(s)=−J0⟨jk⟩∑sjsk−hj∑sj(J0>0)(2.2.12)
を考える。J0 は結合の強さ、h は磁場に磁気モーメントを掛けたエネルギーである。1固体の巻(ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第3章)は量子のスピンで H^=J∑S^i⋅S^j と書き、強磁性は J<0 である。この章の J0>0(強磁性)は向こうの −J>0 にあたる。同じ Weiss の平均場を古典の Ising 模型で組んだのが 解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第7章である。各スピンには z 個の最近接がいるとする。Gibbs 分布は 2N 個の状態の上の分布で、N が大きいと Z を直接計算できない。そこで、試す分布を各スピンが独立な分布
qm(s)=j=1∏N21+msj(−1≤m≤1)(2.2.13)
に限る。qm のもとで各スピンの平均は m、異なるスピンは独立なので ⟨sjsk⟩=m2 である。式 (2.2.2) から、1スピンあたり
NF[qm]=−2zJ0m2−hm−kBThb(21+m)(2.2.14)
を得る(対の数は Nz/2、hb は二値エントロピー)。m で微分して 0 とおくと、dmdhb(21+m)=−artanhm から
m=tanh(β(zJ0m+h))(2.2.15)
が出る。これは各スピンが周りのスピンの平均から zJ0m の有効な磁場を受けるとした Weiss の平均場の式である。
Gibbs の変分原理から、独立な分布の中でどれを選んでも F[qm]≥Feq で、
FMF:=mminF[qm]=Feq+kBTmminD(qm∥peq)(2.2.16)
が成り立つ。平均場近似の自由エネルギーは厳密な値の上界で、誤差は kBT と「Gibbs 分布から最も近い独立な分布までの相対エントロピー」の積に等しい。平均場近似は、試す分布の空間を独立な分布という部分集合に狭め、その中で最良のものを選ぶ操作である。第V巻の言葉では A 型(射影)の近似にあたる。
相対エントロピーの向き
式 (2.2.16) で最小にしているのは D(q∥peq) で、動かす分布 q が1番目の引数にある。序章の最尤推定は D(p^∥qθ) を最小にし、動かす分布が2番目の引数にあった。D は非対称なので、2つの最小化は別の答えを出す。1番目の引数で最小にすると、q は peq が小さい所に確率を置くことを強く嫌い、peq の山の1つに寄る。低温で Gibbs 分布が「全部上向き」と「全部下向き」の2つの山を持つとき、平均場近似の分布がどちらか一方の山を選んで m=0 となるのはこのためである。
相転移と対称性の破れ
h=0 のとき、kBTc=zJ0 とおくと、式 (2.2.14) を m=0 のまわりで展開して(2.2.6節)F[qm]/N=−kBTln2+21kB(T−Tc)m2+O(m4) となる。T>Tc では m=0 が最小、T<Tc では m=0 が極大になり、±m∗ の2つの最小が現れる(図 2.2.3)。2.2.2節で示したとおり、全部の分布の上の F[p] は凸で最小がただ1つなので、厳密な Gibbs 分布は h=0 で上下対称のままである。最小が2つに分かれるのは、独立な分布の族が凸集合でないためで、q+m∗ と q−m∗ を混ぜた分布は独立な分布の族に入らない。有限の系では、2つの最小の対称な混合が F をさらに下げる(総合問題で確かめる)。系が大きい極限で、2つの山の間の行き来が起きなくなることが、物理の対称性の破れにあたる。

図 2.2.3 h=0 の Ising 模型の平均場の自由エネルギー (2.2.14)(1スピンあたり、m=0 の値を引いたもの。kBTc=zJ0)。T<Tc では m=0 が極大になり、m∗≈±0.71 に2つの最小が現れる。どの曲線も厳密な自由エネルギーの上界を与える近似で、実線で描いた。
例題 2.2.4 1次元の Ising 鎖で平均場の誤差を測る ★★
オリジナル1次元の Ising 鎖(z=2)で h=0、βJ0=1 とする。N→∞ の厳密な自由エネルギーは1スピンあたり −kBTln(2coshβJ0) である。
- (1) 平均場の式 (2.2.15) の m>0 の解を数値で求め、FMF/N を kBT 単位で求めよ。
- (2) 厳密な値と比べ、1スピンあたりの minmD(qm∥peq)/N を求めよ。平均場近似はこの系について何を誤っているか。
解答
(1) m=tanh(2m) を反復か二分法で解くと m∗≈0.9575。式 (2.2.14) に z=2 を入れるとFMF/N=−βJ0m∗2kBT−kBThb(21+m∗) で、m∗2≈0.9168、hb(0.9788)≈0.1029 から FMF/N≈−1.0197kBT。m=0 の解は −ln2≈−0.693 で、それより低い。
(2) 厳密な値は −ln(2cosh1)≈−1.1269 で、平均場の値は上界になっている。式 (2.2.16) から1スピンあたり D/N≈−1.0197+1.1269=0.1073 nat である。平均場近似は Tc=2J0/kB を予言し、βJ0=1(T=Tc/2)で磁化 0.96 を持つとする。実際の1次元鎖は有限温度で相転移を起こさず、磁化は 0 である。独立な分布はスピンどうしの相関 ⟨sjsj+1⟩−⟨sj⟩⟨sj+1⟩ を表せないので、厳密な分布が持つ「隣どうしはそろうが全体としての向きは決まらない」という構造を、「全体が一方を向く」という構造で代用している。1スピンあたり 0.107 nat はその代用の値である。
近似の裏付け
型 A(射影) | 小さいもの 試す分布を独立な分布(積の形)の族に限る | 証明 条件付き(得られる自由エネルギーが厳密な値の上界であることは非負性から証明済み。上界との差が1粒子あたり 0 に近づくのは、各スピンが多数の相手と弱く結合する極限〔完全グラフの Curie–Weiss 模型など〕で、短距離の結合の低次元では近づかない) | 行き先 近似の数理 第6章
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com