解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部 第7章 §3.7.1 ★★★ 2体の相互作用を含む H では e−βH が1体の因子に分かれない。この章の出発点
前の章までに扱った系は、どれも分配関数が独立な部分の積に分かれた。理想気体では粒子ごとに、調和振動子の集まりでは基準振動ごとに、相空間の積分が1自由度の積分の積になり、熱力学の量はすべて閉じた式で書けた。ところが磁性体の磁気モーメントや実在の気体の分子は、互いに力を及ぼし合っている。相互作用のエネルギーは2つの粒子の座標を同時に含むので、e−βH は1粒子ずつの因子に分かれず、N 個の自由度の積分(または和)を一度に実行しなければならない。N が 1023 程度の系で、これは一般には実行することができない。
この章では、この困難に対するもっとも基本的な処方である平均場の近似を、第3部の道具で組み立てる。この章で選ぶものは、元の Hamiltonian H そのものではなく、それを近似する1体の Hamiltonian の和 H0=∑ihi である。選び方の基準は、第3部第3章で示した自由エネルギーの最小性である。カノニカル分布は自由エネルギーの汎関数F[ρ]=⟨H⟩ρ−TS[ρ] を最小にするので、試す分布を積の形 ρ=∏iρi に限って最小にすれば、真の自由エネルギーの上界が得られる。最小にする積の分布は、各粒子の分布が「ほかの粒子についての平均をとった H」を1体の Hamiltonian とするカノニカル分布になる形をしていて、その平均はまた分布から決まるので、自己無撞着な方程式が出る。
この方程式を Ising 模型に当てると Weiss の分子場理論になり、相転移の温度 Tc、自発磁化の立ち上がり、Curie–Weiss の磁化率、比熱の跳びが出る。同じ方程式を相空間の粒子の系に当てると van der Waals の状態方程式になり、その1体の Hamiltonian の Liouville 方程式がVlasov 方程式になる。一方、1次元と2次元の厳密解と比べると、平均場の近似は相転移の温度を高く見積もり、1次元では存在しない相転移を予言する。平均場の近似が厳密になるのは、相互作用がきわめて多くの相手に薄く広がる極限(到達距離が無限大の極限)であることも、到達距離が無限大のスピン模型を厳密に解いて確かめる。
格子の上のスピン:Ising 模型
もっとも簡単な相互作用する系として、格子の各点 i=1,…,N に値 si=±1 をとる変数を置いた Ising 模型を考える。si は格子点 i の原子の磁気モーメントの z 成分を、大きさを 1 にそろえて表したものと読む。Hamiltonian は
H(s)=−J⟨ij⟩∑sisj−bi=1∑Nsi(3.7.1)
である。∑⟨ij⟩ は隣り合う格子点の組(ボンド)についての和で、各組を1回ずつ数える。1つの格子点の隣の数(配位数)を z と書くと、ボンドの数は Nz/2 である。J>0 のとき、隣どうしがそろうとエネルギーが J 下がるので、そろった配置が好まれる(強磁性)。b は外場のエネルギーで、磁気モーメント μB を持つ原子が磁場 B の中にあれば b=μBB である。J の起源(電子の交換相互作用)と、スピンをベクトルとして扱う Heisenberg 模型は ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第2章で扱う。そちらの流儀は H=J∑Si⋅Sj(J>0 で反強磁性)で、式 (3.7.1) とは J の前の符号の向きが逆であることに注意する。
この系の「相空間」は 2N 個の点 s=(s1,…,sN) の集まりで、相空間の積分 ∫dΓ は和 ∑s に置き換わる(離散の状態の和と相空間の積分の関係は 第3部第3章で見た)。分配関数は
Z=s1=±1∑⋯sN=±1∑exp(βJ⟨ij⟩∑sisj+βbi∑si)(3.7.2)
で、J=0 なら指数が格子点ごとの和に分かれ、Z=(2coshβb)N になる。J=0 では、sisj の項が2つの格子点を結ぶので、和を1つずつ実行することができない。Z を厳密に計算できるのは、1次元の鎖(3.7.4節)と2次元の正方格子で外場が無い場合(Onsager)など、限られた場合だけである。
相空間の粒子:2体のポテンシャルを持つ気体
連続の相空間でも事情は同じである。N 個の同種粒子が2体のポテンシャル u(r) で引き合い、または反発し合う気体の Hamiltonian は
H(Γ)=j=1∑N2m∣pj∣2+j<k∑u(∣rj−rk∣)(3.7.3)
で、カノニカル分布の運動量の積分は、第3部第3章で見たとおり相互作用によらず Gauss 積分に分かれる。残る位置の積分(配置積分)
QN=∫d3r1⋯d3rNexp(−βj<k∑u(∣rj−rk∣))(3.7.4)
は 3N 次元の積分で、u が粒子の組ごとに座標を結ぶので、1粒子ずつの積分に分かれない。分配関数は Z=QN/(N!λT3N)、λT=h/2πmkBT である。
どちらの系でも困難は同じ形をしている。H が「1体の項の和」と「2体の項の和」でできていて、2体の項があるために e−βH が積に分かれない。この章では、2体の項を「ほかの粒子についての平均」で置き換えて1体の項の和に直す、という操作を、その場しのぎの置き換えとしてではなく、自由エネルギーを最小にする分布を積の形の中で探す問題として定式化する。
例題 3.7.1 4つのスピンの環 ★★
オリジナル4つの格子点を環につないだ Ising 模型(s5≡s1)
H=−J(s1s2+s2s3+s3s4+s4s1)
が温度 T にある(外場 b=0)。K=βJ とおく。
- 16 個の配置をエネルギーで分類して、分配関数 Z を求めよ。
- 隣どうしの相関 ⟨s1s2⟩ と、向かい合う格子点の相関 ⟨s1s3⟩ を求め、K=0.5 での値を出せ。
- ⟨s1⟩ を求めよ。相関 ⟨s1s2⟩ が 0 でないのに ⟨s1⟩=0 であることは、2つのスピンを独立とみなす近似で何が失われることを示しているか。
解答
(1) 全部そろった配置(2個)はボンド4本がすべてそろっていて E=−4J。1個だけ反転した配置(8個)は2本が切れて E=0。隣り合う2個が反転した配置(4個)も2本が切れて E=0。向かい合う2個が反転した配置(2個。{1,3} と {2,4})は4本すべてが切れて E=+4J。数は 2+8+4+2=16 でそろう。よって
Z=2e4K+12+2e−4K.
K=0.5 では Z=2e2+12+2e−2=27.05。
(2) 4本のボンドは対称なので ⟨s1s2⟩=41⟨∑ボンドsisj⟩=41∂K∂lnZ で、
⟨s1s2⟩=Z2(e4K−e−4K),K=0.5 で 0.536.
⟨s1s3⟩ は配置ごとに s1s3 を数える。全部そろった2個は +1。1個反転の8個は、反転したのが 1 か 3 なら −1(4個)、2 か 4 なら +1(4個)で打ち消し合う。隣り合う2個の反転(4個)はどれも 1 と 3 のちょうど一方を含むので −1。向かい合う2個の反転(2個)は +1。よって
⟨s1s3⟩=Z2e4K−4+2e−4K,K=0.5 で 0.408.
(3) H は全部のスピンを反転しても変わらないので、s と −s の配置は同じ重みで現れ、⟨s1⟩=0。2つのスピンを独立とみなすと ⟨s1s2⟩=⟨s1⟩⟨s2⟩=0 になるが、実際には 0.536 である。スピンは平均としては向きを持たないまま、隣どうしで向きをそろえ合っている。この「平均からのずれどうしの相関」⟨s1s2⟩−⟨s1⟩⟨s2⟩ が、次節以降の平均場の近似で捨てる量である。
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