相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第4部 第3章 §4.3.6 ★★ Clausius の不等式・最大仕事・非平衡熱力学の ∑JX≥0 は、どれも経路の D の非負性の平均の形
学部の熱力学の授業では、第二法則を Clausius の原理(熱は低温から高温へひとりでに移らない)や Kelvin の原理として述べ、そこから Clausius の不等式とエントロピーの増大を導く。この章の形とは、次のように対応する。
Clausius の不等式
授業の形は、温度 T の熱浴と接した系が状態 A から B へ移るとき
SB−SA≥∫ABTδQ
で、等号は準静的な過程のときである。この章の式 (4.3.15) に kB を掛けると
kBH(pn)−kBH(p0)−T⟨Q⟩=kBD(P∥P~)≥0
で、授業の熱力学エントロピー S を Gibbs のエントロピー kBH(p) に置き換えたものになっている。違いは2つある。この章の式は初めと終わりが平衡でなくても成り立つこと、そして不等式の両辺の差が経路の D として正確に与えられることである。授業の「準静的なら等号」は、図 4.3.2 の n→∞ の極限で D→0 になることに当たる。
最大仕事と Kelvin の原理
授業の形は、等温の操作で系にする仕事について W≥ΔF(取り出せる仕事は −ΔF 以下)、サイクルでは W≥0 である。この章の式 (4.3.14) は、平均について ⟨W⟩−ΔF=kBTD(P∥P~) が成り立つことを述べる。授業では仕事を確定した値として扱うが、小さな系では仕事は経路ごとに違い、1回の操作では W<ΔF も起こりうる(図 4.3.1 の Σ<0 の経路)。授業の不等式は平均についての主張として残る。
非平衡熱力学のエントロピー生成
非平衡熱力学の授業では、エントロピー生成の速さを流れ Ji と熱力学的な力 Xi の積の和 S˙gen=∑iJiXi≥0 で書き、線形の領域で Ji=∑jLijXj、係数の行列 L が対称(Onsager の相反定理1L. Onsager (1931), Phys. Rev. 37, 405–426。)で正定値と置く。熱伝導なら流れは熱流 JQ、力は X=Tc1−Th1 である。この章の式 (4.3.21) の σ=JA はこの形の Markov 過程版で、親和力 A が熱力学的な力(を kB で割ったもの)、J が確率の流れである。授業では ∑JX≥0 を「第二法則から」として置くが、この章では σ が経路の D の率であることから σ≥0 が出る。
Langevin 方程式
過減衰の Langevin 方程式 γx˙=F(x,λ)+ξ(t)(⟨ξ(t)ξ(t′)⟩=2γkBTδ(t−t′))で書いた系では、熱は Q=−∫F∘dx(∘ は Stratonovich の積)、経路ごとのエントロピー生成は Σ=−lnpτ(xτ)+lnp0(x0)−βQ で、式 (4.3.7) と同じ形である(Seifert 2005)。離散の Markov 過程の刻みを細かくし状態を連続にした極限がこれに当たり、この章の結果はすべてそのまま移る。Langevin 方程式の1本の軌道への熱と仕事の割り当ては 第4部第1章 で扱った。
例題 4.3.6 熱伝導のエントロピー生成の大きさ ★★
オリジナル400 K の物体から 300 K の物体へ、1J の熱が伝わった。2つの物体は十分大きく、温度は変わらないとする。
- (1) 全体のエントロピーの増加 ΔS を求め、Σ=ΔS/kB を求めよ。
- (2) 同じ熱が逆に 300 K から 400 K へ移る経路の確率は、順の経路の確率の何倍以下か。式 (4.3.11) の考え方で答えよ。
- (3) この量を ∑JX の形で書け。
解答
(1) ΔS=300K1J−400K1J=8.33×10−4J/K。Σ=ΔS/kB=8.33×10−4/(1.380649×10−23)=6.04×1019。
(2) 熱が逆に移る経路は Σ=−6.04×1019 の経路で、順の経路との確率の比は e−6.04×1019=10−2.62×1019 の桁である。式 (4.3.10) でも、Σ≤−6×1019 となる確率は e−6×1019 以下で、宇宙の年齢のあいだ待っても観測されない。マクロな熱伝導の向きが決まっているのは、Σ が kB の単位で 1019 の桁になるからで、法則として「禁止」されているのでなく、確率が指数的に小さいのである。
(3) 移った熱を Qh→c=1J、力を X=Tc1−Th1=8.33×10−4K−1 とすると、ΔS=Qh→cX。単位時間あたりにすれば S˙gen=JQX で、JQ と X が同じ符号(熱は高温から低温へ流れる)なので正になる。
1 L. Onsager (1931), Phys. Rev. 37, 405–426。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com