相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第4部 第4章 §4.4.2 ★★★ 仕切りを事後確率の位置まで動かすと平均の仕事が kBTI(X;Y) に達し、それ以外の位置では kBT∑yp(y)D(pX∣y∥qy) だけ損をする
誤りのある測定
測定器が確率 ε で左右を取り違えるとする。測定器は反転確率 ε の2値対称通信路で、
p(y∣x)={1−εε(y=x)(y=x)
である。分子は確率 1/2 ずつ左右にいるので、p(y)=1/2、事後確率は p(x∣y)=p(y∣x) で、
I(X;Y)=ln2−hb(ε)(4.4.6)
である(第1部第3章 の例題と同じ値)。ε=0 で ln2、ε=1/2 で 0 になる。
誤りのある測定で図 4.4.1 の (c) をそのまま行うと、確率 ε で分子のいない側を広げてしまう。分子のいる側の体積は V/2 から 0 へ押しつぶされ、1分子の気体を体積 0 まで圧縮する仕事は無限大になる。したがって、誤りがあるときは仕切りを壁まで動かしてはならない。
仕切りを途中で止める
結果が y=L のとき、仕切りを左の壁から測って体積の割合 f の位置まで(1/2<f<1)ゆっくり動かして止め、それから仕切りを取り去る。y=R のときは左右を入れ替えて同じことをする。分子が左にいれば、分子のいる側の体積は V/2 から fV に広がり、右にいれば V/2 から (1−f)V に縮む。どちらも等温の準静的な操作なので、1回ごとに取り出す仕事は
−βW=ln1/2vx(y),vx(y)=結果 y のときの、分子のいる側の終わりの体積の割合(4.4.7)
である。仕切りを取り去るときに仕事は要らない。左右を入れ替えた対称性から、平均は
−β⟨W⟩=(1−ε)ln(2f)+εln(2(1−f))=ln2+(1−ε)lnf+εln(1−f)(4.4.8)
である。f で微分して 0 とおくと (1−ε)/f=ε/(1−f)、すなわち f=1−ε で最大になり、その値はln2+(1−ε)ln(1−ε)+εlnε=ln2−hb(ε) である。式 (4.4.6) と比べると、仕切りを事後確率 p(L∣L)=1−ε の位置まで動かしたとき、取り出す仕事はちょうど kBTI(X;Y) になる。
損失は事後分布との D
一般の場合に書く。結果 y ごとに、終わりの体積の割合を分布 qy(x):=vx(y) とみなす(∑xqy(x)=1)。測定の前の分布が p(x)=vx(初めの体積の割合)のとき、式 (4.4.7) の 1/2 を p(x) に替えた −βW=ln(qy(x)/p(x)) を平均すると
−β⟨W⟩=x,y∑p(x,y)lnp(x)qy(x)=x,y∑p(x,y)lnp(x)p(x∣y)−y∑p(y)x∑p(x∣y)lnqy(x)p(x∣y)=I(X;Y)−y∑p(y)D(pX∣y∥qy)(4.4.9)
になる。第2項は非負で、qy=pX∣y のときに限って 0 になる。
定理 4.4.2(最適なフィードバック ★★★)
仕切りを準静的に動かす Szilard エンジンで、結果 y のときの終わりの体積の割合を qy とする。取り出す仕事の平均は−⟨W⟩=kBT[I(X;Y)−∑yp(y)D(pX∣y∥qy)] で、qy=pX∣y(事後分布)のときに最大値 kBTI(X;Y) に達する。
事後分布の位置まで仕切りを動かすと、操作の終わりに分子が左にいる確率 p(L∣y) と、左の体積の割合 qy(L) が等しくなる。これは、仕切りを取り去る直前の分子の分布が、箱全体の一様分布をその位置の仕切りで分けたもの(その時点の平衡分布)に一致する、という意味である。このため仕切りを取り去っても分布は変わらず、何も失われない。qy=pX∣y のときは、仕切りを取り去る瞬間に分布が平衡分布へ不可逆に緩和し、そのとき失われる自由エネルギーが kBTD(pX∣y∥qy) である(式 (4.4.4) を仕切りのある Hamiltonian に当てた形)。

図 4.4.2 取り出す仕事の平均(kBT 単位)。点線は最適なフィードバック(仕切りを事後確率 1−ε の位置へ)で到達する上限 I(X;Y)、実線は ε=0.1 用に作った操作(f=0.9)を他の ε の測定器で使ったときの値(式 (4.4.8))。実線は ε=0.1 で点線に接し、それ以外では点線より D((1−ε,ε)∥(0.9,0.1)) だけ下にある。ε>0.27 では実線が負になり、平均で仕事を払うことになる。
例題 4.4.2 誤り 10% の測定器での1回ごとの仕事 ★★★
オリジナル反転確率 ε=0.1 の測定器を使い、仕切りを最適な位置 f=0.9 まで動かす Szilard エンジンを考える。
- 測定が当たったときと外れたときの、1回ごとの取り出す仕事 −W を kBT 単位で求めよ。
- 平均が kBTI(X;Y) に等しいことを確かめよ。仕事を払うことになる回は全体の何割か。
- 仕切りを f=0.7 で止めると、平均はいくら減るか。式 (4.4.9) の第2項で確かめよ。
解答
(1) 当たりのとき(確率 0.9)、分子のいる側は V/2 から 0.9V に広がるので −βW=ln1.8=0.5878 である。外れのとき(確率 0.1)、分子のいる側は V/2 から 0.1V に縮むので −βW=ln0.2=−1.6094 で、1.6094kBT の仕事を払う。
(2) 平均は 0.9×0.5878+0.1×(−1.6094)=0.5290−0.1609=0.3681 で、式 (4.4.6) の I(X;Y)=ln2−hb(0.1)=0.3681 に一致する。仕事を払う回は外れの回で、全体の1割である。1回ごとの値は大きく揺らぎ、正にも負にもなるが、平均は情報量で決まる。
(3) f=0.7 のとき式 (4.4.8) は ln2+0.9ln0.7+0.1ln0.3=0.6931−0.3210−0.1204=0.2517 である。減った分は 0.3681−0.2517=0.1164 で、
D((0.9,0.1)∥(0.7,0.3))=0.9ln0.70.9+0.1ln0.30.1=0.2262−0.1099=0.1164
に一致する。結果が L でも R でも事後分布と qy の D は同じなので、p(y) で平均しても同じ値になる。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 仕切りを動かす時間に対する分子の緩和時間の比 →0(準静的) | 証明 条件付き(熱浴との結合を Markov 過程で書け、各時刻の平衡分布がただ1つ。各段で完全に緩和させる離散の模型では 4.4.5 節で損失が段数に反比例して 0 に近づくことを計算する) | 行き先 近似の数理 第1章
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