相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第6部 第5章 §6.5.5 ★★★ しきい値の下では環境へ漏れる論理の情報 I ( R ; E ) I(R;E) I ( R ; E ) が距離とともに 0 0 0 へ、上では ln 2 \ln2 ln 2 へ向かう。誤り訂正は雑音の持ち込むエントロピーを捨て続ける操作である
論理量子ビットのデカップリング
第3部第9章 では、論理量子ビットを参照系 R R R と最大にもつれさせたとき、誤りを訂正できる条件が、雑音の環境 E E E と参照系の相互情報量I ( R ; E ) = D ( ρ ^ R E ∥ ρ ^ R ⊗ ρ ^ E ) I(R;E)=D(\hat\rho_{RE}\,\|\,\hat\rho_R\otimes\hat\rho_E) I ( R ; E ) = D ( ρ ^ R E ∥ ρ ^ R ⊗ ρ ^ E ) が 0 0 0 であることだと示した。表面符号を復号したあとの論理量子ビットは、確率 ε L \varepsilon _{\mathrm L} ε L で X L X_{\mathrm L} X L が残るビット反転チャネルを受ける。このとき環境の側には「X L X_{\mathrm L} X L が残ったかどうか」の記録が残り、Stinespring 表示で計算すると(第3部第9章 の例題と同じ計算)
I ( R ; E ) = h b ( ε L ) (6.5.7) I(R;E)=h_{\mathrm b}(\varepsilon _{\mathrm L})\tag{6.5.7} I ( R ; E ) = h b ( ε L ) ( 6.5.7 )
になる。R R R と出力の量子ビットの相関の量は 2 ln 2 − h b ( ε L ) 2\ln2-h_{\mathrm b}(\varepsilon _{\mathrm L}) 2 ln 2 − h b ( ε L ) で、相関の総量 2 S ( R ) = 2 ln 2 2S(R)=2\ln2 2 S ( R ) = 2 ln 2 のうち h b ( ε L ) h_{\mathrm b}(\varepsilon _{\mathrm L}) h b ( ε L ) が環境へ持ち出されたことになる。
しきい値の下では d → ∞ d\to\infty d → ∞ で ε L → 0 \varepsilon _{\mathrm L}\to0 ε L → 0 なので I ( R ; E ) → 0 I(R;E)\to0 I ( R ; E ) → 0 、すなわち論理量子ビットは環境から切り離される(デカップリング)。しきい値の上では ε L → 1 / 2 \varepsilon _{\mathrm L}\to1/2 ε L → 1/2 で I ( R ; E ) → ln 2 I(R;E)\to\ln2 I ( R ; E ) → ln 2 となり、参照系とのもつれのうち古典的な1ビット分が丸ごと環境に渡る。しきい値は、環境へ漏れる情報が 0 0 0 に向かうか有限の値に向かうかの境目、すなわち情報の量で見た相転移である。前の節の統計力学の言葉では、秩序相が「漏れない」相、無秩序相が「漏れる」相にあたる。
hashing の限界との比較
第3部第7章 の量子通信路容量は、チャネルを何回も使うときに1回あたり送れる量子ビットの数の上限で、コヒーレント情報 S ( B ) − S ( E ) S(B)-S(E) S ( B ) − S ( E ) で下から押さえられる。1量子ビットに独立に確率 ε \varepsilon ε で X X X 、独立に確率 ε \varepsilon ε で Z Z Z が当たるチャネルに最大混合の入力を入れると、コヒーレント情報は
ln 2 − H ( Pauli 誤りの分布 ) = ln 2 − 2 h b ( ε ) (6.5.8) \ln2-H(\text{Pauli 誤りの分布})=\ln2-2h_{\mathrm b}(\varepsilon )\tag{6.5.8} ln 2 − H ( Pauli 誤りの分布 ) = ln 2 − 2 h b ( ε ) ( 6.5.8 )
で、ランダムなスタビライザー符号はこの率を実現する(hashing の限界1 1 C. H. Bennett, D. P. DiVincenzo, J. A. Smolin and W. K. Wootters (1996), Phys. Rev. A 54 , 3824。 )。率が 0 0 0 になる 2 h b ( ε ) = ln 2 2h_{\mathrm b}(\varepsilon )=\ln2 2 h b ( ε ) = ln 2 の解は ε = 0.1100 \varepsilon =0.1100 ε = 0.1100 である。表面符号は X X X と Z Z Z を別々に復号し、それぞれのしきい値は最適な復号で 0.1094 0.1094 0.1094 なので、率が 0 0 0 に向かう符号(k = 1 k=1 k = 1 のまま n → ∞ n\to\infty n → ∞ )でありながら、正の率の符号が働く限界のすぐ手前まで誤りに耐える。誤りの分布のエントロピー 2 h b ( ε ) 2h_{\mathrm b}(\varepsilon ) 2 h b ( ε ) が量子ビット1個の容量 ln 2 \ln2 ln 2 に等しくなると、どんな符号でも論理の情報より速く環境へ情報が流れる、というのが式 (6.5.8) の読み方である。
誤り訂正はエントロピーを捨てる
雑音は1回の周期ごとに符号の量子ビットへエントロピーを持ち込み、誤り訂正はそれをシンドロームとして補助の量子ビットに移し、補助を初期化して捨てる。論理の状態を保ったまま定常に保つには、持ち込まれた分を毎回捨てなければならない。データの量子ビット n n n 個がそれぞれ確率 ε \varepsilon ε で反転するとき、1回の周期で持ち込まれる誤りの並びのエントロピーは n h b ( ε ) n\,h_{\mathrm b}(\varepsilon ) n h b ( ε ) を超えない。補助の初期化は記録の消去なので、第4部第5章 の Landauer 原理により、温度 T T T の熱浴へ少なくとも k B T k_{\mathrm B} T k B T × (捨てるエントロピー)の熱を出す。シンドロームを読んで訂正を当てる操作は第4部第4章 の測定とフィードバックそのもので、誤り訂正は、測定とフィードバックで量子ビットの集まりを低いエントロピーの状態に保ち、その代わりに熱を捨てる点で、冷凍機と同じ熱力学の構造を持つ。しきい値の上では、捨てる速さが持ち込まれる速さに追いつかず、論理の状態にエントロピーがたまっていく。
例題 6.5.5 漏れる情報と捨てるエントロピーの数値 ★★
オリジナル 図 6.5.3 の数値を使う。
(1) ε = 0.03 \varepsilon =0.03 ε = 0.03 で d = 3 d=3 d = 3 と d = 7 d=7 d = 7 の論理誤りは 0.0143 0.0143 0.0143 と 0.0028 0.0028 0.0028 、ε = 0.15 \varepsilon =0.15 ε = 0.15 では 0.217 0.217 0.217 と 0.291 0.291 0.291 だった。それぞれの I ( R ; E ) = h b ( ε L ) I(R;E)=h_{\mathrm b}(\varepsilon _{\mathrm L}) I ( R ; E ) = h b ( ε L ) を nat で求め、距離を上げたときの向きを述べよ。
(2) 式 (6.5.8) の率が 0 0 0 になる ε \varepsilon ε を求めよ。
(3) d = 7 d=7 d = 7 の回転した表面符号のデータの量子ビット49個が、1周期ごとにそれぞれ確率 ε = 10 − 3 \varepsilon =10^{-3} ε = 1 0 − 3 で反転する。1周期で持ち込まれるエントロピーの上限と、それを温度 10 m K 10\,\mathrm{mK} 10 mK で捨てるのに要る熱の下限を求めよ。
解答 (1) h b ( 0.0143 ) = 0.0749 h_{\mathrm b}(0.0143)=0.0749 h b ( 0.0143 ) = 0.0749 、h b ( 0.0028 ) = 0.0193 h_{\mathrm b}(0.0028)=0.0193 h b ( 0.0028 ) = 0.0193 で、しきい値の下では距離を上げると漏れる情報が減る。h b ( 0.217 ) = 0.523 h_{\mathrm b}(0.217)=0.523 h b ( 0.217 ) = 0.523 、h b ( 0.291 ) = 0.603 h_{\mathrm b}(0.291)=0.603 h b ( 0.291 ) = 0.603 で、しきい値の上では距離を上げると増え、ln 2 = 0.693 \ln2=0.693 ln 2 = 0.693 に近づく。
(2) 2 h b ( ε ) = ln 2 2h_{\mathrm b}(\varepsilon )=\ln2 2 h b ( ε ) = ln 2 、すなわち h b ( ε ) = 0.3466 h_{\mathrm b}(\varepsilon )=0.3466 h b ( ε ) = 0.3466 を数値で解くと ε = 0.1100 \varepsilon =0.1100 ε = 0.1100 。最適な復号の表面符号のしきい値 0.1094 0.1094 0.1094 はこの値のわずか下にある。
(3) h b ( 10 − 3 ) = 10 − 3 ln 10 3 + 0.999 ln ( 1 / 0.999 ) = 6.908 × 10 − 3 + 0.9995 × 10 − 3 = 7.907 × 10 − 3 h_{\mathrm b}(10^{-3})=10^{-3}\ln10^3+0.999\ln(1/0.999)=6.908\times10^{-3}+0.9995\times10^{-3}=7.907\times10^{-3} h b ( 1 0 − 3 ) = 1 0 − 3 ln 1 0 3 + 0.999 ln ( 1/0.999 ) = 6.908 × 1 0 − 3 + 0.9995 × 1 0 − 3 = 7.907 × 1 0 − 3 なので、上限は 49 × 7.907 × 10 − 3 = 0.3875 49\times7.907\times10^{-3}=0.3875 49 × 7.907 × 1 0 − 3 = 0.3875 nat。熱の下限は k B T × 0.3875 = 1.381 × 10 − 23 × 10 − 2 × 0.3875 = 5.35 × 10 − 26 J k_{\mathrm B} T\times0.3875=1.381\times10^{-23}\times10^{-2}\times0.3875=5.35\times10^{-26}\,\mathrm J k B T × 0.3875 = 1.381 × 1 0 − 23 × 1 0 − 2 × 0.3875 = 5.35 × 1 0 − 26 J である。この値は実際の装置が1周期に出す熱よりはるかに小さく、誤り訂正の熱の下限は原理の上では問題にならない。重要なのは値の大きさよりも、捨てる操作が無ければ論理の状態を保てないという点である。
1 C. H. Bennett, D. P. DiVincenzo, J. A. Smolin and W. K. Wootters (1996), Phys. Rev. A 54 , 3824。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com