相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第7章 §7.7.4 ★★ 2次元の重力のブラックホールに浴をつないだ模型で一般化エントロピーを極値にすると、島の端は地平面のわずかに外に出て、その張り出しがスクランブリング時間になる
この節の模型の計算では ℏ=1、光速 =1、kB=1 とし、AdS の曲率半径を 1 とする。場の中心電荷は cM と書く。
模型:JT 重力のブラックホールと浴
2次元の時空では面積が無いので、その役をdilaton と呼ぶスカラー場 ϕ が担う。Jackiw–Teitelboim(JT)重力では、負の一定曲率(曲率半径 1 の AdS2)の2次元の計量と dilaton の組を考え、一般化エントロピーの面積の項は点 p での (ϕ0+ϕ(p))/(4G) になる(ϕ0 は定数、G は2次元の無次元の重力定数)。4次元の近極限ブラックホールの地平面付近を球面の向きに平均すると、球面の面積が ϕ0+ϕ に当たる。
温度 1/β のブラックホールの外の領域は、地平面の外側を y<0(y→−∞ が地平面、y→0− が境界)とする亀の座標で
ds2=sinh2(2πy/β)(2π/β)2(dt2−dy2),ϕ(y)=ϕrβ2πcothβ2π∣y∣(7.7.16)
と書ける(ϕr は境界で dilaton の大きさを決める定数。(+,−) の流儀)。これは AdS2 のブラックホール ds2=(r2−rh2)dt2−dr2/(r2−rh2)、ϕ=ϕrr で r=−rhcoth(rhy)、rh=2π/β とおいたものである(dr/dy=r2−rh2)。地平面では coth→1 なので、ブラックホールのエントロピーは
SBH=4Gϕ0+ΔS,ΔS=4Gβ2πϕr(7.7.17)
である。境界 y=0 の外に、重力のない平らな浴(y>0、ds2=dt2−dy2)を両側につなぐ。重力のある領域と浴の中を中心電荷 cM の共形場理論が満たし、全体は温度 1/β の熱場二重状態(Hartle–Hawking 状態)にあるとする。ブラックホールの放射と浴からの流入がつり合うので、ブラックホールは蒸発しない永遠のブラックホールのまま、浴への放射とそのもつれだけが時間とともに増える。この模型は A. Almheiri・R. Mahajan・J. Maldacena1A. Almheiri, R. Mahajan, J. Maldacena (2019), arXiv:1910.11077。が調べたもので、ここでは計算の筋を自分で追う。
放射 R を、両側の浴の y≥b の部分(両側の2本の半直線)とし、時刻 t を両側で同じ向きに進める。
島なし:放射のエントロピーは時間に比例して増える
島なしでは、R の場のエントロピーは、2つの端(左右の y=b)を結ぶ区間の補集合のエントロピーで、全体が純粋なので区間そのもののエントロピーに等しい。2次元の共形場理論の区間のエントロピーは端点の距離 ℓ を使って 6cMln(ℓ2/ϵ2)(ϵ は切断)で与えられる(P. Calabrese と J. Cardy2P. Calabrese, J. Cardy (2004), Journal of Statistical Mechanics P06002。。第5部第1章の 3clnL と同じもの)。熱場二重状態は Kruskal 座標 U=∓e−2π(t−y)/β、V=±e2π(t+y)/β の真空なので、この座標で距離を測り、計量の共形因子で平らな座標へ戻すと、左右の端の距離の2乗はΔUΔV/∣U1V1∣∣U2V2∣×(β/2π)2=(β/π)2cosh2(2πt/β) になり、b によらない。したがって
S島なし(t)=3cMln[πϵβcoshβ2πt] t≫β 3β2πcMt(7.7.18)
で、遅い時刻では時間に比例して増え続ける。単位時間あたりの増え方 2πcM/(3β) は、1+1 次元の熱的な流れのエントロピーの流れ πcM/(6β)×2(両側)の2倍である。外へ出る Hawking 放射と、浴からブラックホールへ流れ込む放射の両方が、境界をまたぐもつれを同じ速さで増やすためである。永遠のブラックホールのエントロピーは一定の SBH なので、S(R)≤S(B)≤2SBH+(浴の内側の区間の分) という上限をいずれ破る。これが永遠のブラックホールの版の情報のパラドックスである。
島あり:島の端の位置
島として、両側の重力のある領域の y=−a(a>0)を端に持ち、内部を通って左右をつなぐ区間を取る。遅い時刻 t≫β では、左右の端の組が遠く離れるので、4つの端点の場のエントロピーは「左の島の端と左の浴の端」「右の島の端と右の浴の端」の2組の和に分かれる(端点の組が近いもの同士でまとまる極限。片側ずつ計算できる)。片側の島の端 (ta,−a) と浴の端 (t,b) の組は、熱的な状態の同じ側の2点なので、その場のエントロピーは
6cMln[(πβ)2(sinh2βπ(a+b)−sinh2βπ(ta−t))ϵ2Ω(a)],Ω(a)=sinh(2πa/β)2π/β
になる。Ω(a) は計量 (7.7.16) の共形因子で、重力のある側の端の切断を固有の長さで ϵ にそろえるために入る。
まず時刻の向きの極値を取る。dilaton は ta によらず、場の項の対数の中身は ta=t で最大になる(sinh2 を引く項が 0)。極値は時間の向きの最大で、量子極値曲面の典型どおりである。ta=t とおくと、両側を合わせた一般化エントロピーは
Sgen(a)=2[4Gϕ0+ΔScothβ2πa+6cMlnsinh(2πa/β)sinh2(π(a+b)/β)]+(a によらない定数)(7.7.19)
で、時刻 t によらない。次に a で微分して 0 とおくと
sinh2(2πa/β)ΔS=6cM[cothβπ(a+b)−cothβ2πa].(7.7.20)
a,b≫β では cothx≈1+2e−2x、1/sinh2x≈4e−2x を使って両辺を e−4πa/β で割ると、12ΔS/cM=e2π(a−b)/β−1、すなわち
a−b=2πβln(1+cM12ΔS)≈2πβlncMΔS(7.7.21)
を得る。a は有限なので、島の端は地平面(y→−∞)の外にある。そこでの値は、coth(2πa/β)−1≈2e−4πa/β が小さいので
S島あり≈2SBH+O(cMlncMΔS)(7.7.22)
で、時間によらない一定値になる。両側のブラックホールがあるので 2SBH である。
Page 時間とスクランブリング時間
島なし (7.7.18) は時間に比例して増え、島あり (7.7.22) は一定なので、両者が交わる Page 時間は、O(cM) の定数を落として
tP≈2πcM3β⋅2SBH=πcM3βSBH(7.7.23)
である。その後は S(R) が 2SBH で止まる(図 7.7.3)。
島の端の張り出し (7.7.21) にも意味がある。時刻 t0 に境界 y=0 から内向きの光で落とした日記は、時刻 t に y=−(t−t0) にある。これが島の中(y<−a)に入るのは t−t0>a=b+2πβln(ΔS/cM) のときである。b は境界から放射を集める位置 y=b までの光の伝わる時間なので、日記は「放射を集める位置までの光の伝わる時間」に、さらに
t∗≈2πβlncMΔS(7.7.24)
だけ遅れて放射のエンタングルメント・ウェッジに入り、JLMS の関係 (7.7.15) によって放射から読み出せるようになる。この遅れは、第7部第4章(第7部第4章)のHayden–Preskill の思考実験のスクランブリング時間(第7部第4章の式 (7.4.20)・(7.4.22))と同じ形である。Page 時間の後のブラックホールは落とした情報を t∗ ののちに放射へ返す、という量子情報の側の結論が、一般化エントロピーの極値の位置として幾何の言葉で表されている。

図 7.7.3 JT 重力の永遠のブラックホールに浴をつないだ模型(cM=12、ΔS=1000、ϕ0=0)。赤の点線が島なしの 3cMlncosht(切断の定数を除く)、灰色の点線が島ありの一定値(式 (7.7.19) の極値)、青の実線が小さい方。tP≈500 で入れ替わる
例題 7.7.4 島の端の位置を数値で求めて近似と比べる ★★
オリジナルβ=2π、ϕ0=0、ΔS=1000、cM=12、b=1 とする。
- (1) 式 (7.7.21) の近似で島の端 a∗ を出し、2πβlnΔS と比べよ。
- (2) 停留の条件 (7.7.20) を数値で解いた値と比べ、a∗ が Sgen(a) の極小であることを確かめよ。
- (3) Page 時間 (7.7.23) を求めよ。
解答
(1) β/(2π)=1 なので a∗=b+ln(1+12×1000/12)=1+ln1001=7.909。a∗−b=6.909 は lnΔS=6.908 とほぼ等しい。12ΔS/cM に比べて 1 を無視することができるので、張り出しはスクランブリング時間 2πβlnΔS そのものになる。
(2) 式 (7.7.20) は 1000/sinh2a=2[coth((a+1)/2)−cotha] で、数値で解くと a∗=7.9086(近似は 7.9088)。左辺の 1/sinh2a と右辺の差は a の小さい側で左辺が大きく、大きい側で右辺が大きいので、Sgen の微分は負から正へ変わり、a∗ は極小である(verify では a∗±1 の値と比べた)。極値の値は Sgen(a∗)−2ΔS=1.227(切断の定数を除く)で、2SBH=2000 に比べて小さい。空間の向きに極小、時間の向きに極大で、量子極値曲面の規則どおりの鞍点である。
(3) tP≈3βSBH/(πcM)=3×2π×1000/(12π)=500。島なしの式 (7.7.18) の傾きは 2πcM/(3β)=4 で、4×500=2000=2SBH と一致する。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの β/a, β/b, β/t→0(遅い時刻・島の端と浴の端が地平面と境界から熱的な波長に比べて遠い。端点の組の因数分解と指数の展開) | 証明 要確認(因数分解は共形場理論の4点のツイスト演算子の相関を遅い時刻で近似したもので、誤差の評価は原論文の数値に依る) | 行き先 近似の数理 第7章
1 A. Almheiri, R. Mahajan, J. Maldacena (2019), arXiv:1910.11077。
2 P. Calabrese, J. Cardy (2004), Journal of Statistical Mechanics P06002。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com