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比べる2つの状態:日記を飲み込んだブラックホール

2026年10月15日12分で読めますAI生成教科書『虎の巻』第7部 第4章 Hayden–Preskill と速いスクランブリング
目次
  1. 思考実験の模型
  2. 比べる2つの状態
  3. 木下の層

AI 生成・木下が未勉強

相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第4章 §7.4.1 ★★★ Hayden–Preskill の思考実験を量子ビットの模型にし、日記を取り戻せる条件を、残ったブラックホールと参照系の D(ρ^RC ∥ ρ^R⊗ρ^C)=I(R;C)D(\hat\rho_{RC}\,\|\,\hat\rho_R\otimes\hat\rho_C)=I(R;C) が 00 であることとして述べる

前の章(第7部第3章)では、ブラックホールが純粋な状態から生まれ、その力学がユニタリなら、放射のエントロピーは Page 時間で増加から減少に折り返すはずだということを見た(第7部第3章の式 (7.3.7))。Page 曲線が言っているのは、放射全体がいつかは純粋な状態に戻るということで、情報が「最後には」放射に出てくるという主張である。この章が問うのは、もっと細かい問いである。Page 時間を過ぎたブラックホールに、Alice が kk 量子ビットの日記を投げ込んだとする。外にいる Bob は、それまでの放射をすべて集めて手元に持っている。Bob は、日記を取り戻すのに、あと何量子ビットの放射を待てばよいか。

Hayden と Preskill は 2007 年に、答えが「kk に数量子ビットを足しただけ」であることを示した1P. Hayden and J. Preskill (2007), JHEP 0709, 120。論文の題は「Black holes as mirrors: quantum information in random subsystems」である。下の脚注へ。ブラックホールの中で日記の情報が十分に混ぜられる(スクランブルされる)なら、Page 時間の後のブラックホールは投げ込まれたものをほとんど遅れなく返す。論文の題はこの振る舞いを指して、ブラックホールを「鏡」と呼んでいる。

この章では、この結果をこの巻の背骨である相対エントロピーの言葉で読む。比べる2つの状態は、日記を最大にもつれさせておいた参照系 RR と、放射を出した後に残ったブラックホール CC の状態 ρ^RC\hat\rho_{RC} と、その周辺の積 ρ^R⊗ρ^C\hat\rho_R\otimes\hat\rho_C である。両者の DD は相互情報量 I(R;C)I(R;C) で、これが 00 なら Bob は日記を取り戻すことができる。これは量子誤り訂正の章(第3部第9章)の「環境とのデカップリング」と同じ条件である。当てる性質は、DD を χ2\chi^2 型の量で上から押さえる不等式(第2部第3章)と、Haar 測度で選んだユニタリの2次のモーメントで、これだけで I(R;C)I(R;C) の平均が ln⁡(1+dAdC/(dEdL))\ln\bigl(1+d_Ad_C/(d_Ed_L)\bigr) 以下になることが言える(記号は 7.4.1節で定める)。ここから3つのものが出てくる。1つ目は、古いブラックホールは k+ck+c 量子ビットで日記を返し、若いブラックホールは Page 時間まで返さないという結論である。2つ目は、この結論を量子誤り訂正の符号の言葉で読み直したもので、kk 量子ビットが下限であること、若いブラックホールの遅れが量子 Singleton 上界と一致することが分かる。3つ目は、スクランブルの速さを測る時間順序のずれた相関関数(OTOC)と DD を結ぶ等式と、スクランブリング時間 t∗≈ℏ2πkBTln⁡(SBH/kB)t_*\approx\frac{\hbar}{2\pi k_{\mathrm B} T}\ln(S_{\mathrm{BH}}/ k_{\mathrm B}) である。

この章の対数は自然対数(nat)で、図と一部の数ではビットに直して「ビット」と書く。Pauli 行列は X,Y,ZX,Y,Z、恒等演算子は 1\mathbf 1、dd 次元の完全に混ざった状態は π=1/d\pi=\mathbf 1/d と書く。量子ビットの組の名前(A,B,C,E,L,RA,B,C,E,L,R)は 7.4.1節の表で定める。この章ではエネルギーを EE と書かず、質量を MM、そのエネルギーを Mc2Mc^2 と書く。

思考実験の模型

ブラックホールの中身を、nn 個の量子ビットからなる系 BB で表す。BB の Hilbert 空間の次元 dB=2nd_B=2^n は、Bekenstein–Hawking エントロピーで nln⁡2≈SBH/kBn\ln2\approx S_{\mathrm{BH}}/ k_{\mathrm B} と見積もる(SBHS_{\mathrm{BH}} が何を数えているかは第7部第1章の 7.1.5 節の問いで、ここでは状態の数の対数だと仮定する)。ブラックホールはそれまでに放射を出していて、その放射 EE を Bob が全部集めて持っている。BB のうち mm 個の量子ビットが EE と最大にもつれていて、残りの n−mn-m 個は決まった状態 ∣0⟩| 0 \rangle にあるとする。Page 時間の後(第7部第3章の式 (7.3.4))のブラックホールは m=nm=n、すなわち BB 全体が放射と最大にもつれている。これを古いブラックホールと呼ぶ。生まれたばかりで放射をまだ出していないものは m=0m=0 で、若いブラックホールと呼ぶ。

Alice は kk 量子ビットの日記 AA をブラックホールに投げ込む。日記の中身を1つの状態に固定せず、どんな中身でも取り戻せるかを問うために、AA を参照系 RR(kk 量子ビット)と最大にもつれさせた状態 ∣Φ⟩RA=2−k/2∑r∣r⟩R∣r⟩A| \Phi \rangle _{RA}=2^{-k/2}\sum_r| r \rangle _R| r \rangle _A を投げ込むと考える。RR との最大のもつれを AA の外へ運べれば、どんな日記の状態も運べる(第3部第9章と同じ考え方)。

日記を飲み込んだブラックホール ABAB(n+kn+k 量子ビット)は、ユニタリ U^\hat U で時間発展する。その後に ss 個の量子ビットが放射 LL として外へ出て、Bob がそれを受け取る。ブラックホールに残るのは CC(n+k−sn+k-s 量子ビット)である。全体の状態は

∣Ψ⟩RCLE=(1R⊗U^AB→CL⊗1E) ∣Φ⟩RA⊗∣Φ⟩B1E⊗∣0⟩B2(7.4.1)| \Psi \rangle _{RCLE}=\bigl(\mathbf 1_R\otimes\hat U_{AB\to CL}\otimes\mathbf 1_E\bigr)\,| \Phi \rangle _{RA}\otimes| \Phi \rangle _{B_1E}\otimes| 0 \rangle _{B_2}\tag{7.4.1}

で、B1B_1 は EE ともつれた mm 量子ビット、B2B_2 は残りの n−mn-m 量子ビットである。各系の次元を次の表にまとめる。

系中身次元
RR日記の参照系(Alice の手元に残る想像上の系)dR=dA=2kd_R=d_A=2^k
AA日記dA=2kd_A=2^k
BB日記を入れる前のブラックホールdB=2nd_B=2^n
EEそれまでの放射(Bob が持つ)dE=2md_E=2^m
LL日記を入れた後に出る放射(Bob が受け取る)dL=2sd_L=2^s
CC残ったブラックホールdC=2n+k−sd_C=2^{n+k-s}、dCdL=dAdBd_Cd_L=d_Ad_B

RR は第3部第9章の参照系と同じ使い方で、第7部第3・5・7章の RR(放射)とは別のものである。放射はこの章では EE(それまでの放射)と LL(新しく出る放射)で、第7部第3章の EE・LL と同じ使い方である。立体の L\mathrm L(第7部第2章の楔)とは書体で分ける。

図

図 7.4.1 Hayden–Preskill の思考実験を量子ビットで書いた模型。日記 AA は参照系 RR と最大にもつれ、ブラックホール BB のうち mm 量子ビットはそれまでの放射 EE と最大にもつれている。ユニタリ U^\hat U の後に LL が放射として出る。Bob が E∪LE\cup L から日記を取り戻せるのは、残り CC と参照 RR の相関 I(R;C)I(R;C) が 00 のときである。

比べる2つの状態

R,C,L,ER,C,L,E の全体は純粋状態なので、2つに分けた両側のエントロピーは等しい(Schmidt 分解。第3部第4章)。S(RC)=S(LE)S(RC)=S(LE)、S(RLE)=S(C)S(RLE)=S(C) を使うと

I(R;C)+I(R;EL)=[S(R)+S(C)−S(RC)]+[S(R)+S(EL)−S(REL)]=2S(R)=2kln⁡2(7.4.2)I(R;C)+I(R;EL)=\bigl[S(R)+S(C)-S(RC)\bigr]+\bigl[S(R)+S(EL)-S(REL)\bigr]=2S(R)=2k\ln2\tag{7.4.2}

を得る。参照系 RR との相関の総量 2kln⁡22k\ln2 は、残ったブラックホール CC と Bob の手元 ELEL に分けて配られる。これは 第3部第9章の式で、「出力」を Bob の手元、「環境」を残ったブラックホールと読み替えたものである。

Bob が日記を取り戻せるのは I(R;EL)=2kln⁡2I(R;EL)=2k\ln2、すなわち RR との相関がすべて Bob の手元にあるときで、式 (7.4.2) によりそれは

I(R;C)=D(ρ^RC ∥ ρ^R⊗ρ^C)=0(7.4.3)I(R;C)=D\bigl(\hat\rho_{RC}\,\|\,\hat\rho_R\otimes\hat\rho_C\bigr)=0\tag{7.4.3}

と同値である。これがこの章で比べる2つの状態である。一方は残ったブラックホールと参照系の実際の状態 ρ^RC\hat\rho_{RC}、他方は両者に相関が無いとした状態 ρ^R⊗ρ^C\hat\rho_R\otimes\hat\rho_C で、その DD が 00 であることを「CC が RR からデカップリングしている」という。第3部第9章では誤りを直せる条件として同じ式が出た。ここでの「誤り」は、残ったブラックホール CC が Bob の手に入らないこと、すなわち CC の消失である。

U^\hat U は RR に触れないので、ρ^R=πR\hat\rho_R=\pi_R は U^\hat U によらず完全に混ざった状態のままである。DD を πR⊗πC\pi_R\otimes\pi_C に対して取ると、

D(ρ^RC ∥ πR⊗πC)=ln⁡(dAdC)−S(RC)=I(R;C)+D(ρ^C ∥ πC) ≥ I(R;C)(7.4.4)D\bigl(\hat\rho_{RC}\,\|\,\pi_R\otimes\pi_C\bigr)=\ln(d_Ad_C)-S(RC)=I(R;C)+D\bigl(\hat\rho_C\,\|\,\pi_C\bigr)\ \ge\ I(R;C)\tag{7.4.4}

と分かれる(ln⁡dA=S(R)\ln d_A=S(R) と ln⁡dC−S(C)=D(ρ^C∥πC)\ln d_C-S(C)=D(\hat\rho_C\|\pi_C) を足して引いただけ)。次の節では、この左辺を上から押さえる。

情報は一度も複製されていない

式 (7.4.2) は、日記の情報が CC と ELEL の両方に「全部」あることは無いことも言っている。I(R;C)=2kln⁡2I(R;C)=2k\ln2 と I(R;EL)=2kln⁡2I(R;EL)=2k\ln2 は同時に成り立たない。ブラックホールの中に落ちた日記と、放射から取り出した日記が両方あるように見えることが情報の複製にならないかという問いは、相補性とファイアウォールの議論(第7部第5章の 7.5.3 節)で扱う。

例題 7.4.1 2量子ビットのブラックホールで混ぜ方を比べる ★★

オリジナルk=1k=1、n=m=1n=m=1 とする。日記 AA と、EE と最大にもつれたブラックホール BB に、次の3つのユニタリのどれかを当てる:恒等演算子 1\mathbf 1、入れ替え SWAP\mathrm{SWAP}、AA を制御とする CNOT\mathrm{CNOT}(∣a⟩∣b⟩↦∣a⟩∣b⊕a⟩| a \rangle | b \rangle \mapsto| a \rangle | b\oplus a \rangle)。出力の2量子ビットのうち1つが放射 LL として出て、もう1つが CC に残る。

  1. 出力の第2量子ビットが LL のとき、3つの場合の I(R;C)I(R;C) を求めよ。
  2. 第1量子ビットが LL のときはどうか。
  3. どちらの量子ビットが出るかを等確率で知らないとき、I(R;C)I(R;C) の平均が最も小さいのはどれか。それは何を意味するか。
解答

初めの状態は 12∑r,e∣r⟩R∣r⟩A∣e⟩B∣e⟩E\frac12\sum_{r,e}| r \rangle _R| r \rangle _A| e \rangle _B| e \rangle _E である。

(1) 1\mathbf 1 のとき、CC は AA そのものなので ρ^RC=∣Φ⟩⟨Φ∣\hat\rho_{RC}=| \Phi \rangle \langle \Phi | で、S(R)=S(C)=ln⁡2S(R)=S(C)=\ln2、S(RC)=0S(RC)=0、I(R;C)=2ln⁡2I(R;C)=2\ln2。日記は全く外へ出ていない。SWAP のとき、CC は元の BB で、ρ^RC=πR⊗πB\hat\rho_{RC}=\pi_R\otimes\pi_B なので I(R;C)=0I(R;C)=0。日記はそのまま放射に入った。CNOT のとき、状態は 12∑r,e∣r⟩R∣r⟩A∣e⊕r⟩B∣e⟩E\frac12\sum_{r,e}| r \rangle _R| r \rangle _A| e\oplus r \rangle _B| e \rangle _E になる。C=AC=A で、BB と EE を合わせると rr が読めるので RR の重ね合わせが壊れ、ρ^RC=12(∣00⟩⟨00∣+∣11⟩⟨11∣)\hat\rho_{RC}=\frac12(| 00 \rangle \langle 00 |+| 11 \rangle \langle 11 |)。S(R)=S(C)=S(RC)=ln⁡2S(R)=S(C)=S(RC)=\ln2 より I(R;C)=ln⁡2I(R;C)=\ln2。RR と CC には古典的な相関(ZZ 基底の値)だけが残る。

(2) 1\mathbf 1 では C=BC=B で I(R;C)=0I(R;C)=0、SWAP では C=AC=A で 2ln⁡22\ln2。CNOT では CC は e⊕re\oplus r を持ち、ee は一様なので CC は rr と独立で、RR との相関も無い(AA を外で捨てたので RR は対角化されるが、CC とは無関係)。I(R;C)=0I(R;C)=0。

(3) 平均は 1\mathbf 1 と SWAP がともに ln⁡2\ln2、CNOT が ln⁡2/2\ln2/2 で、CNOT が最も小さい。1\mathbf 1 と SWAP は日記を一方の量子ビットにまとめて置くので、「その量子ビットが出るか」という運に任せることになる。CNOT は日記の情報を2つの量子ビットに広げるので、どちらが出ても一部が外に出る。どの量子ビットが出るかに依らず I(R;C)I(R;C) が小さくなるように情報を広げることが、次の節以降の「スクランブル」の中身である。2量子ビットでは、どちらが出ても I(R;C)=0I(R;C)=0 にするユニタリは存在しない(例題 7.4.2 で平均の下限を見る)。

1 P. Hayden and J. Preskill (2007), JHEP 0709, 120。論文の題は「Black holes as mirrors: quantum information in random subsystems」である。

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