解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部 第19章 §2.19.3 ★★★ 表面重力は地平面の上で一定で(第零法則)、質量の公式 M(A,J) の偏微分が κc2/(8πG) と ΩH を与える(第一法則)
第零法則
式 (2.19.11) は r± と a だけで書け、地平面の上の位置 θ によらない。Kerr の地平面は赤道の方が膨らんだ回転楕円体のような形をしているが、表面重力は極でも赤道でも同じである。Newton の重力で回転する星の表面重力が極と赤道で異なるのと対照的である。
これは Kerr 解に限った偶然ではない。Bardeen・Carter・Hawking(1973、Communications in Mathematical Physics 31、161)は、定常なブラックホールの地平面で κ が一定であることを、Einstein 方程式と物質の優勢エネルギー条件(どの観測者が測ってもエネルギー密度が非負で、エネルギーの流れが光速を超えない)を仮定して示した。熱力学の第零法則「平衡にある系では温度がいたるところ等しい」と同じ形である。定常であることが熱平衡に、κ が温度に対応する。
質量を面積と角運動量で書く
M と J を与えると地平面の面積 A が決まる(式 (2.19.4))。逆に A と J から M を求めてみる。面積が同じになる Schwarzschild ブラックホールの質量を Mirr と書く:
A=16πc4G2Mirr2.(2.19.15)
式 (2.19.4) の A=8πrgr+ を使うと Mirr2=M2r+/(2rg) で、r+ を消去して整理すると
M2=Mirr2+4G2Mirr2J2c2(2.19.16)
を得る。Christodoulou(1970、Physical Review Letters 25、1596)が導いた式で、Mirr を既約質量と呼ぶ(呼び名の理由は次節で分かる)。導出を追うと、r+=rg+rg2−a2 より (r+−rg)2=rg2−a2、すなわち r+2−2rgr++a2=0 で、これに r+=2rgMirr2/M2 と a=J/(Mc)、rg=GM/c2 を代入して 4G2M2/c4 で割れば式 (2.19.16) になる。右辺は A と J だけの関数なので、
Mc2=c216πG2c4A+c2A4πJ2(2.19.17)
と、質量エネルギーが (A,J) の関数として書けた。
第一法則
式 (2.19.17) の全微分を取ると
c2δM=8πGκc2δA+ΩHδJ(2.19.18)
となる。係数がちょうど表面重力 (2.19.11) と地平面の角速度 (2.19.6) になることは、偏微分を計算して r± で書き直すと確かめられる。Schwarzschild(J=0)で確かめておくと、A=16πG2M2/c4 から δA=32πG2MδM/c4 で、
8πGκc2δA=4GMc4⋅8πGc2⋅c432πG2MδM=c2δM
となって合う。一般の a では verify_ch2-19.py で偏微分 ∂(Mc2)/∂A∣J=κc2/(8πG)、∂(Mc2)/∂J∣A=ΩH を確かめた。
式 (2.19.18) は熱力学の第一法則 dU=TdS+ΩdJ(回転する物体の場合)と同じ形をしている。第3部第4章では内部エネルギー U(S,V,N) の偏微分が温度・圧力・化学ポテンシャルを与えることを見るが、ここでは Mc2(A,J) の偏微分が κc2/(8πG) と ΩH を与えている。A がエントロピーに、κ が温度に対応する。第1部第7章の言葉では、(κ,ΩH) は (A,J) と Legendre 変換で入れ替えられる共役な変数である。
粒子を落として確かめる
第一法則を、2.19.2節の保存量で読み直す。エネルギー E、角運動量 Lz の試験粒子を落とすと、式 (2.19.8) と (2.19.18) から
8πGκc2δA=E−ΩHLz(2.19.19)
となる。右辺の符号は、粒子が地平面を越えられるという条件で決まる。粒子の4元運動量 pμ は未来向きの時間的(光子なら光的)で、地平面の生成子 χ も未来向きの光的なベクトルである。(+,−,−,−) の流儀では、未来向きの時間的または光的なベクトル2つの内積は非負なので、地平面の上で
χμpμ=p0+cΩHpφ=c1(E−ΩHLz)≥0(2.19.20)
が成り立つ。E と Lz は保存量なので、地平面で評価した値は遠方で準備したときの値と同じである。したがって δA≥0 で、粒子を落とすどんな過程でも地平面の面積は減らない。等号 E=ΩHLz は、粒子が地平面の生成子とちょうど同じ向きに回りながら接して入る極限で、このとき面積は1次の範囲で変わらない。これを可逆な変化と呼ぶ。熱力学で準静的な過程がエントロピーを変えないのと同じ位置づけである。
例題 2.19.3 スピン 0.8 のブラックホールに粒子を落とす ★★
オリジナル例題 2.19.1 のブラックホール(M=10M⊙、a∗=0.8)に、エネルギー E=10−4Mc2 の粒子を落とす。
- (1) Lz=0 のとき、第一法則から地平面の面積の相対変化 δA/A を求めよ。
- (2) 面積を1次で変えない角運動量 Lz を求め、J との比を答えよ。
解答
(1) 式 (2.19.11) で r+=1.6rg、r−=0.4rg、r+2+a2=3.2rg2 から κ=(3/16)c2/rg(Schwarzschild の値 c2/(4rg) の 0.75 倍)。式 (2.19.19) から
δA=κc28πGE=(3/16)c2/rg8πG⋅10−4M=38π⋅10−4⋅16rg2,
A=12.8πrg2 で割って δA/A=3.33×10−4。M と J を変えた Kerr 解の面積を厳密に計算し直しても 3.33×10−4 で、違いは 10−8 の桁の2次の項だけである。
(2) E=ΩHLz とすればよい。ΩH=c/(4rg)、J=Mac=0.8Mrgc から
JLz=ΩHJE=(c/4rg)(0.8Mrgc)10−4Mc2=5×10−4.
厳密に計算し直した面積の相対変化は −6.7×10−8 で、(1) の値より4桁小さい2次の量になる。回転の向きにたっぷり角運動量を持たせて落とすと、エネルギーを足しても面積はほとんど増えない。
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