解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部 第10章 §5.10.5 ★★★ ゲージ対称性から Z1=Z2。電荷のくりこみは光子の場の規格化 Z3 だけで決まり、電子にも陽子にも同じ割合でかかる。真空偏極で近づくほど電荷が大きく見える
この節では実時間に戻り、計量 ημν=diag(+1,−1,−1,−1) を使う。電荷は Heaviside–Lorentz の単位で e2=4πα とし、電子の電荷を −e(e>0)とする。
3つの Z と Ward の恒等式
第5部第5章の QED を裸の量で書くと
L=−41F0μνF0μν+ψˉ0(iγμ∂μ−m0)ψ0+e0ψˉ0γμψ0A0μ(5.10.23)
である(Dμ=∂μ−ie0A0μ を ψˉ0iγμDμψ0 に入れた形)。電子と光子の場をそれぞれ ψ0=Z21/2ψ、A0=Z31/2A と規格化し直し、相互作用の項の係数を e0Z2Z31/2=:Z1e と書いて、測る電荷 e と係数 Z1 を定義する。ϕ4 と同じく、Z2 は電子の伝播関数の極の留数、Z3 は光子の伝播関数の極の留数、Z1 は低エネルギーの電子と光子の頂点の値から決まる。
ゲージ対称性があると、Z1 と Z2 の間に関係が成り立つ。ゲージ変換 ψ→eieΛgψ のもとで L が不変であるには、微分と相互作用が ∂μ−ieAμ の組の形で入っていなければならない(Λg はゲージ関数)。くりこんだ後もこの組がそろっているなら、ψˉiγμ∂μψ の係数 Z2 と eψˉγμψAμ の係数 Z1 は等しい。これは Ward の恒等式(Ward 1950、Phys. Rev. 78、182)から従う関係で、ゲージ対称性を壊さない足場(次元正則化など)を使えば各次数で成り立つ。Z1=Z2 を定義の式に入れると
e=Z31/2e0(5.10.24)
が残る。電荷のくりこみは光子の場の規格化だけで決まり、電子の側の事情(自己エネルギー)は入らない。
この事実には観測できる帰結がある。陽子は強い相互作用のため電子とまったく違う自己エネルギーと頂点の補正を受けるが、Z1=Z2 は陽子についても成り立つので、陽子の測る電荷も Z31/2 倍の同じ割合で決まる。裸の電荷が等しければ、測る電荷も等しい。電荷が粒子によらずにくりこまれることは、ゲージ対称性の帰結として読むことができる。
真空偏極
光子の伝播関数への1ループの補正は、電子と陽電子の対の輪(真空偏極)である。ゲージ対称性から、この補正はΠμν(q)=(q2ημν−qμqν)Π(q2) の形をとる。qμΠμν=0 なので、光子の伝播関数の極は q2=0 から動かず、光子は質量を持たない。スカラー場の質量が Λ2 でずれたのと対照的で、光子が質量を持たないことはゲージ対称性の帰結である(切断をそのまま入れるとこの形が壊れ、Λ2 の光子の質量が現れる。それは足場がゲージ対称性を壊した結果で、物理ではない)。
Π を足し上げた光子の伝播関数は q2(1−Π(q2))−iημν(qμqν の項を除く)で、2つの電子の間の散乱は e02 と組で1−Π(q2)e02 の形で入る。q2→0 で測る電荷を e2=1−Π(0)e02 と定義する(Z3=1−Π(0)1)と、
1−Π(q2)e02=1−Π^(q2)e2,Π^(q2):=Π(q2)−Π(0)(5.10.25)
になる(α の1次まで)。1ループの計算(第5部第9章の次元正則化の手順で行える。結果だけを書く)は、空間的な運動量 q2=−Q2<0 で
Π^(−Q2)=π2α∫01x(1−x)ln(1+x(1−x)m2Q2)dx(5.10.26)
となり、発散は Π(0) に入る。Pauli–Villars の切断では Π(0)=−3παlnm2Λ2 で、Z3=1−3παlnm2Λ2<1、つまり裸の電荷 e0 は測る電荷 e より大きい。
運動量 Q で見た電荷を αeff(Q):=α/(1−Π^(−Q2)) と書く。Q≫m では ∫01x(1−x)ln[x(1−x)]dx=−185 から
αeff(Q)1≈α1−3π1(lnm2Q2−35)(5.10.27)
で、αeff は Q とともに増える(図 5.10.3)。電子の対の輪だけを入れると、Q=100GeV で 1/αeff=134.6 になる。実際には μ 粒子・τ 粒子・クォークの対の輪も加わるので、1/αeff はさらに小さくなる。ϕ4 の結合 (5.10.22) と同じく、QED の結合も短い距離で強く見える。

図 5.10.3 電子の対の輪だけを入れた QED の有効結合の逆数。Q≪m では 1/α=137.036 にとどまり、Q≫m では lnQ に比例して減る。Q の目盛りの 5 は Q=105m=51GeV にあたる
小さい Q:Uehling のポテンシャル
逆に Q≪m では ln(1+y)≈y と ∫01x2(1−x)2dx=301 から Π^(−Q2)≈15παm2Q2 である。静的な電荷 Ze のまわりで、電子が感じるポテンシャルの Fourier 成分は −Q2Ze2(1+Π^(−Q2)) になり、補正の項は Q によらない定数−15πm2Ze2α である。定数の Fourier 逆変換はデルタ関数なので
V(r)=−rZα−15m24Zα2δ(3)(r)(5.10.28)
を得る(e2=4πα)。原点の近くでは、真空の分極に遮られる前の大きな電荷が見えるので、引力が強まる。この補正は Uehling(1935、Phys. Rev. 48、55)が計算した。式 (5.10.28) の第2項は Compton 波長 1/m の程度の範囲に効果が集中した形を、原子の大きさ 1/(Zαm) から見て点とみなしたものである。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの α/π→0(QED の摂動展開) | 証明 未解決(Dyson(1952、Phys. Rev. 85、631)は、α<0 で真空が不安定になることから級数の収束半径が 0 であると論じた。漸近級数としての扱いの正当化は確かめていない) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 5.10.5 水素の 2S 準位の真空偏極による移動 ★★★
オリジナル式 (5.10.28) の第2項を1次の摂動として扱う。
- (1) 水素型の波動関数の原点の値 ∣ψnℓ(0)∣2=πn3(Zαm)3δℓ0 を使って、準位の移動 ΔEnℓ を求めよ。
- (2) 水素(Z=1)の 2S1/2 の移動を周波数(MHz)で求めよ。mc2=0.51099895MeV、α=1/137.035999084、h=4.135667696×10−15eVs(CODATA 2018)とし、換算質量の補正は無視する。
- (3) 2P1/2 は移動しない理由を述べよ。Lamb と Retherford(1947、Phys. Rev. 72、241)が測った 2S1/2 と 2P1/2 の分裂(約 1GHz、2S1/2 が上)と比べて、真空偏極の寄与の向きと大きさを述べよ。
解答
(1) ΔEnℓ=−15m24Zα2∣ψnℓ(0)∣2=−15πn34Z4α5mδℓ0。
(2) n=2, Z=1 で ΔE=−15π⋅84α5mc2。α5=2.069×10−11 で α5mc2=1.0574×10−5eV、120π4=1.0610×10−2 なので ΔE=−1.122×10−7eV。h で割ると −27.1MHz。
(3) ℓ≥1 の波動関数は原点で 0 になるので、デルタ関数の補正を受けない。真空偏極は 2S1/2 を 27MHz 下げる向きに寄与し、測られた分裂(2S1/2 が約 1GHz 上)とは逆向きで、大きさは数%である。分裂の主な部分は電子の自己エネルギー(電子が自分の放つ光子をまとうこと)の補正による。どちらの補正も、m と e を測る量にくりこんだ後に残る有限の部分で、くりこみを経て初めて計算できる予言である。
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