量子力学の様々な構成方法 第3部 第6章 §3.6.2 ★★★ Trotter の積公式を e−βH^ に当てると、Z は重み e−SE/ℏ をつけた周期 βℏ の閉じた経路の和になり、重みが正なので Wiener 測度の期待値として定義できる
Trotter の積公式は虚時間の方が素直
第3部第2章では、実時間の e−i(T^+V^)t/ℏ を (e−iT^ϵ/ℏe−iV^ϵ/ℏ)N で近似する Trotter の積公式を使った。H. F. Trotter の元の論文(Trotter (1959), Proc. Amer. Math. Soc. 10, 545)は、ユニタリ群に限らず縮小半群(ノルムが1以下の半群)の積について
e−β(T^+V^)=P→∞lim(e−βT^/Pe−βV^/P)P(強収束)(3.6.4)
を示したもので、T^,V^ と T^+V^ の閉包がそれぞれ縮小半群を生成することが前提である。T^=p^2/(2m)≥0 と V^≥0(定数を足して下に有界な V を非負にしておく)なら e−βT^/P と e−βV^/P はノルム1以下の縮小で、虚時間はこの元の形がそのまま当たる場面である。実時間の場合はユニタリ(ノルムがちょうど1)で、こちらも同じ定理の特別な場合として扱える。(3.6.4) の右辺の因子を P 個並べ、各因子の間に位置の完全系 ∫dxk∣xk⟩⟨xk∣ を挿むと、e−βV^/P は位置表示で掛け算、e−βT^/P は熱核 (3.6.3) の β を β/P にしたものになる。
トレースが端をつなぐ
分配関数はトレース Z=∫dx0⟨x0∣e−βH^∣x0⟩ なので、最初と最後の位置が同じ x0 になる。P 個に分けた虚時間の刻みを ϵ=βℏ/P とし、xP:=x0 と書くと
ZP=(2πℏϵm)P/2∫dx0⋯dxP−1exp{−ℏ1k=0∑P−1[2ϵm(xk+1−xk)2+ϵV(xk)]},Z=P→∞limZP(3.6.5)
となる(m/(2πℏϵ)=mP/(2πℏ2β) は熱核の前因子の2乗)。指数の和は、折れ線の経路についての Euclid 作用
SE[x]=∫0βℏ[2m(dτdx)2+V(x(τ))]dτ(3.6.6)
を区間ごとに評価したもので、P→∞ の極限を
Z=∮Dxe−SE[x]/ℏ,x(0)=x(βℏ)(3.6.7)
と書く。∮ は「周期 βℏ の閉じた経路について積分する」ことの印である。
Euclid 作用は実時間の作用 S=∫(2mx˙2−V)dt から t=−iτ で出てくる。dt=−idτ、dx/dt=idx/dτ を入れると
iS=i∫[−2m(dτdx)2−V](−idτ)=−∫[2m(dτdx)2+V]dτ=−SE(3.6.8)
で、振幅の位相 eiS/ℏ が実の重み e−SE/ℏ に変わる。運動エネルギーとポテンシャルの符号がそろって「両方とも足される」形になるのが Euclid 作用の特徴で、速く動く経路(運動項が大きい)と、ポテンシャルの高い所に長くいる経路(ポテンシャル項が大きい)は、どちらも重みが小さくなる。
重みが正であることの意味:Feynman–Kac の公式
実時間の経路積分は振動する位相の和で、第3部第5章が述べたとおり経路の上の測度として定義することができない。虚時間では1区間の核が正の Gauss 関数 (3.6.3) なので、時間分割の積は「各刻みで分散 ℏϵ/m の Gauss の跳びをする」確率過程の有限次元分布になり、P→∞ の極限は Brown 運動の経路の上の確率測度(Wiener 測度)として存在する。この確率過程の分散は ⟨(dx)2⟩=(ℏ/m)dτ=2Ddτ(D=ℏ/(2m))で、式 (3.6.2) の拡散係数と一致する。運動項 e−ℏ1∫2mx˙2dτ はこの測度に吸収され、残るポテンシャルの項が汎関数として期待値の中に入る。
⟨x∣e−βH^∣x′⟩=ρ0(x,x′;β)Ex′→x[exp(−ℏ1∫0βℏV(X(τ))dτ)](3.6.9)
ここで Ex′→x は、τ=0 で x′ を出て τ=βℏ で x に戻る Brown 運動(Brown 橋、拡散係数 D=ℏ/(2m))についての期待値である。これが Feynman–Kac の公式で、M. Kac が Wiener 汎関数の分布の問題として示した(Kac (1949), Trans. Amer. Math. Soc. 65, 1)。V が下に有界なら被積分関数は有界で、式 (3.6.9) の右辺は数学的に厳密に定義された量である。確率過程からの見方は第7部第5・6章(第7部第5章・第7部第6章)で Nelson の確率過程と並べる。
注意
「虚時間の経路積分は厳密に定義できるのに、実時間の経路積分はできない」という非対称は、この巻で経路積分を構成の1つとして扱うときの大事な事実である。実時間の量は、虚時間で厳密に定義した量を命題 3.6.1 の解析接続で延ばしたものとして得るのが、数学的に最も安全な道になる。場の理論でこの道を公理の形にしたのが Osterwalder–Schrader の再構成(Osterwalder–Schrader (1973), Commun. Math. Phys. 31, 83)で、3.6.6節で名前だけ触れる。
例題 3.6.2 ビーズ P 個の調和振動子 ★★★
オリジナルV=21mω2x2 について、式 (3.6.5) の ZP を求める。u=βℏω/P とおく。
- (1) 指数を −21∑jkxjMjkxk と書いたときの行列 M の固有値を求め、ZP=∏k=0P−1(4sin2(πk/P)+u2)−1/2 を示せ。
- (2) 恒等式 ∏k=0P−1(2coshθ−2cos(2πk/P))=2coshPθ−2 を使い、ZP=1/(2sinh(Pθ/2))(sinh(θ/2)=u/2)を示せ。
- (3) P=1 と P→∞ の値を求めよ。βℏω=5 で ZP の相対誤差が1%を切る最小の P を求めよ。
解答
(1) 指数は −ℏ1∑k[2ϵm(xk+1−xk)2+2ϵmω2xk2] である。各 xk は2本の差に入るので、M=ℏϵm(2⋅1−S−ST)+ℏϵmω21(S は1つずらす巡回行列)と書ける。巡回行列は Fourier 基底 vk=(e2πikj/P)j で対角化され、S の固有値は e2πik/P なので、M の固有値はμk=ℏϵm(2−2cosP2πk)+ℏϵmω2=ℏϵm(4sin2Pπk+u2) である(ϵω=u)。P 重の Gauss 積分は (2π)P/2/detM なので
ZP=(2πℏϵm)P/2∏kμk1/2(2π)P/2=k=0∏P−1(mℏϵμk)−1/2=k=0∏P−1(4sin2Pπk+u2)−1/2
を得る。
(2) 4sin2(πk/P)+u2=2−2cos(2πk/P)+u2 であり、2coshθ=2+u2、つまり 4sinh2(θ/2)=u2 となる θ>0 を選ぶと、各因子は 2coshθ−2cos(2πk/P) になる。恒等式(ePθ の多項式としての因数分解 zP+z−P−2=∏k(z+z−1−2cos(2πk/P)) に z=eθ を入れたもの)により積は 2coshPθ−2=4sinh2(Pθ/2) なので、ZP=1/(2sinh(Pθ/2)) である。
(3) P=1 では sinh(θ/2)=βℏω/2 なので Z1=1/(2sinh(θ/2))=1/(βℏω) で、これは古典の分配関数 ∫2πℏdxdpe−βH に一致する。ビーズ1個の輪は1点で、運動項が消えるからである。P→∞ では θ≈u なので Pθ/2→βℏω/2 となり、Z=1/(2sinh(βℏω/2))(共通例題①の正答)に戻る。βℏω=5 では ZP/Z が P=1 で 2.420、P=4 で 1.152、P=16 で 1.0103 で、1%を切る最小の P は 17 である。大きい P では ln(ZP/Z)≈(βℏω)3coth(βℏω/2)/(48P2) で、誤差は 1/P2 で減る。必要なビーズの数はおよそ βℏω に比例して増え、低温ほど細かく分ける必要がある。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com