量子力学の様々な構成方法 第4部 第1章 §4.1.5 ★★★ 合成系の一部分だけを見るときの状態は部分トレース ρ^A=TrBρ^AB でただ1つに決まる。遠くの B で何をしても ρ^A は変わらない
部分トレースの定義
場面2を一般の形で書く。合成系 HA⊗HB の状態 ρ^AB があり、A の物理量 A^ だけを測る。合成系で見ると測っているのは A^⊗1B なので、期待値は Tr[ρ^AB(A^⊗1)] である。これを A の空間だけの式 TrA(ρ^AA^) に書き直したい。
定義 4.1.5(部分トレース)
B の正規直交基底 {∣k⟩B} を取り、
ρ^A=TrBρ^AB:=k∑(1A⊗⟨k∣B)ρ^AB(1A⊗∣k⟩B)(4.1.14)
と定める。成分で書くと ⟨i∣ρ^A∣j⟩=∑k(⟨i∣⊗⟨k∣)ρ^AB(∣j⟩⊗∣k⟩) である。ρ^A を縮約密度演算子と呼ぶ。
命題 4.1.6(部分トレースの特徴づけ)
ρ^A=TrBρ^AB は A 上の密度演算子で、すべての A^ について
Tr[ρ^AB(A^⊗1)]=TrA(ρ^AA^)(4.1.15)
を満たす。この性質を満たす A 上の演算子はただ1つで、とくに B の基底の選び方によらない。
証明
左辺を基底 ∣i⟩⊗∣k⟩ で書くと ∑i,j,k(⟨i∣⟨k∣)ρ^AB(∣j⟩∣k⟩)⟨j∣A^∣i⟩=∑i,j⟨i∣ρ^A∣j⟩⟨j∣A^∣i⟩ で、右辺に等しい。一意性:2つの演算子 ρ^A,ρ^A′ が (4.1.15) を満たせば、差 D^ について Tr(D^A^)=0 がすべての A^ で成り立つ。A^=∣j⟩⟨i∣ と取ると ⟨i∣D^∣j⟩=0 なので D^=0。ρ^A が密度演算子であることは、(4.1.15) で A^=∣ϕ⟩⟨ϕ∣ と取れば ⟨ϕ∣ρ^A∣ϕ⟩=Tr[ρ^AB(∣ϕ⟩⟨ϕ∣⊗1)]≥0、A^=1 と取れば Trρ^A=1 から分かる(エルミート性は定義の式から直接分かる)。
A の物理量の測定に関する限り、予言は ρ^A だけで決まる。場面2の ∣Φ+⟩ では ρ^A=211 で、純粋度 21 の混合状態である。もし ρ^A が純粋状態 ∣ϕ⟩⟨ϕ∣ なら、r の向きの Pauli 行列 n⋅σ の期待値が1になる向きがあるはずだが、211 ではどの向きも 0 である。全体が純粋なのに部分が混合になる状態が、もつれた(エンタングルした)状態である(もつれの定量化は 相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第4章)。
逆向きに、どの混合状態 ρ^A も、補助の系 R を足した大きな系の純粋状態 ∣Ψ⟩AR の部分トレースとして書ける(浄化)。固有値分解 ρ^A=∑kλk∣k⟩⟨k∣ から ∣Ψ⟩=∑kλk∣k⟩∣k⟩R と作れば、TrR∣Ψ⟩⟨Ψ∣=ρ^A になる。状態ベクトルの公理と密度演算子の公理が同じ予言を与えることは、次の章(第4部第2章)で浄化と Schmidt 分解を使って両向きに示す。
遠くで何をしても部分系の状態は変わらない
B の側で、B だけに作用するユニタリ 1⊗U^B を当てても、TrB の中で U^B†U^B=1 となって ρ^A は変わらない(トレースの巡回性を B の空間だけで使う)。B で測定をして結果を A の側に知らせない場合も、∑b(1⊗P^b)ρ^AB(1⊗P^b) の部分トレースは∑bP^b2=1 により元の ρ^A に戻る。したがって、B を操作して A の統計を変え、それで信号を送ることはできない。B の測定の結果を知っている人にとっては、A の状態は結果ごとに違う純粋状態になりうるが、その平均は ρ^A に戻る。次の例題でこれを確かめる。
例題 4.1.5 部分的にもつれた2量子ビット ★★★
オリジナル∣Ψ⟩=cosθ∣↑⟩∣↑⟩+sinθ∣↓⟩∣↓⟩(0≤θ≤π/2。左が A、右が B)とする。
- (1) ρ^A=TrB∣Ψ⟩⟨Ψ∣ と純粋度を求めよ。θ=0 と θ=π/4 で何が起きるか。
- (2) B で σx を測り、結果 +1 を得たとき、A の(条件付きの)状態を求めよ。結果 −1 のときも求めよ。
- (3) (2) の2つの条件付き状態を、それぞれの結果の確率で平均すると ρ^A に戻ることを確かめよ。
解答
(1) ∣Ψ⟩⟨Ψ∣=cos2θ∣↑↑⟩⟨↑↑∣+cosθsinθ(∣↑↑⟩⟨↓↓∣+∣↓↓⟩⟨↑↑∣)+sin2θ∣↓↓⟩⟨↓↓∣。B について ⟨↑∣B⋯∣↑⟩B+⟨↓∣B⋯∣↓⟩B を取ると、交差項は B の部分が ∣↑⟩⟨↓∣ なので消え、
ρ^A=(cos2θ00sin2θ),Trρ^A2=cos4θ+sin4θ=1−21sin22θ.
θ=0 では積状態 ∣↑⟩∣↑⟩ で、ρ^A=∣↑⟩⟨↑∣ は純粋。θ=π/4 は (4.1.3) の ∣Φ+⟩ で、ρ^A=211、純粋度は最小値 21。
(2) ∣↑⟩=(∣+⟩+∣−⟩)/2、∣↓⟩=(∣+⟩−∣−⟩)/2 を B に代入すると
∣Ψ⟩=21(cosθ∣↑⟩+sinθ∣↓⟩)∣+⟩B+21(cosθ∣↑⟩−sinθ∣↓⟩)∣−⟩B.
結果 ±1 の確率は各 21 で、Lüders の規則 (D4) により A の状態は ∣χ±⟩=cosθ∣↑⟩±sinθ∣↓⟩(純粋)になる。
(3) 21∣χ+⟩⟨χ+∣+21∣χ−⟩⟨χ−∣ は、非対角成分 ±cosθsinθ が打ち消し合って diag(cos2θ,sin2θ)=ρ^A になる。B で σz を測った場合は条件付き状態が ∣↑⟩(確率 cos2θ)と ∣↓⟩(確率 sin2θ)になり、平均はやはり ρ^A である。B の測定の選び方で A のアンサンブルの中身は変わるが、ρ^A は変わらない。
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