量子力学の様々な構成方法 第4部 第1章 §4.1.6 ★★★ ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ と置くと (D1)〜(D5) は基準の公理に戻る。逆向き(どの ρ^ も純粋状態の部分)は第4部第2章で示す。統計力学・Liouville 方程式・描像の変換との対応を式で並べる
基準から密度行列へ
同値性の地図(第1部第1章)で、基準(状態ベクトル)から密度行列(第4部)へ向かう矢印には ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ と書いてある。純粋状態に限れば (D1)〜(D5) は基準の公理とそのまま一致し、これがこの矢印の中身である。並べると次の表になる。
| 基準(第1部第2章) | 密度演算子(この章)、ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ で |
| 状態 | 単位ベクトル ∣ψ⟩(位相は除く) | ρ^≥0、Trρ^=1;純粋なら ρ^2=ρ^ |
| 確率 | ⟨ψ∣P^a∣ψ⟩ | Tr(ρ^P^a) |
| 時間発展 | iℏ∂t∣ψ⟩=H^∣ψ⟩ | iℏ∂tρ^=[H^,ρ^] |
| 測定後 | P^a∣ψ⟩/∥P^a∣ψ⟩∥ | P^aρ^P^a/Tr(ρ^P^a) |
| 合成系 | ∣ψ⟩A⊗∣ϕ⟩B とその重ね合わせ | ρ^AB、部分は TrBρ^AB |
各行の一致は1行の計算で確かめられる。確率の行は Tr(∣ψ⟩⟨ψ∣P^a)=⟨ψ∣P^a∣ψ⟩。時間発展の行は iℏ∂t(∣ψ⟩⟨ψ∣)=H^∣ψ⟩⟨ψ∣−∣ψ⟩⟨ψ∣H^(ブラの側は Schrödinger 方程式のエルミート共役 −iℏ∂t⟨ψ∣=⟨ψ∣H^ を使う)。測定後の行は P^a∣ψ⟩⟨ψ∣P^a/⟨ψ∣P^a∣ψ⟩ が規格化した P^a∣ψ⟩ の射影であることから出る。合成系の行で、純粋な ρ^AB の部分が純粋なのは積状態のときに限り、それ以外では第4.1.5節のとおり混合状態になる。この行だけは、基準の公理が答えを持っていなかった問い(部分系の状態は何か)に密度演算子が答えている。
逆向きの矢印、つまり「密度演算子の公理で書けることは、状態ベクトルの公理でも書ける」には2つの道がある。1つは第4.1.2節で見た固有値分解(どの ρ^ も純粋状態のアンサンブル)で、もう1つは第4.1.5節の浄化(どの ρ^ も大きな系の純粋状態の部分)である。後者を使うと、混合状態の時間発展や測定を、大きな系の状態ベクトルの時間発展と測定に置き換えて計算でき、結果は (D1)〜(D5) と一致する。この証明を第4部第2章(第4部第2章)で行う。基準と第4部の橋は、この章の表(基準 → 密度行列)と次の章の証明(密度行列 → 基準)の2つでできている。
描像の変換:Heisenberg 描像での期待値
(4.1.7) の交換子の順序が Heisenberg 方程式と逆であることを第4.1.3節で注意した。期待値で比べると、トレースの巡回性から
Tr(ρ^(t)A^)=Tr(U^ρ^(0)U^†A^)=Tr(ρ^(0)U^†A^U^)=Tr(ρ^(0)A^H(t))(4.1.16)
となり、状態を動かすか物理量を動かすかは期待値を変えない。ρ^ を動かす向きと A^H を動かす向きが逆であることが、交換子の順序の違いに当たる。純粋状態の場合のこの等式が、第2部の最終章(第2部第6章)の橋「状態ベクトル ↔ 行列力学」である。(4.1.16) はそれを混合状態にまで広げている。
古典の統計力学との対応
学部の統計力学では、古典系の状態を相空間の確率密度 ρ(q,p,t) で書き、期待値を ⟨A⟩=∫Aρdqdp、時間発展を Liouville 方程式 ∂t∂ρ={H,ρ} で書く(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第1章)。量子統計力学では、カノニカル分布を ρ^=e−βH^/Z、Z=Tre−βH^ と書く。この章の言葉と並べると次のようになる。
| 古典の統計力学 | 密度演算子 |
| 状態 | ρ(q,p)≥0、∫ρdqdp=1 | ρ^≥0、Trρ^=1 |
| 期待値 | ∫Aρdqdp | Tr(ρ^A^) |
| 時間発展 | ∂tρ={H,ρ} | ∂tρ^=[H^,ρ^]/(iℏ) |
| 熱平衡 | e−βH/∫e−βHdqdp | e−βH^/Tre−βH^ |
| 純粋な状態 | δ(q−q0)δ(p−p0)(相空間の1点) | ∣ψ⟩⟨ψ∣ |
積分がトレースに、Poisson 括弧が交換子を iℏ で割ったものに置き換わる。この置き換えは正準量子化の処方(第2部第2章)と同じ形である。最後の行だけは対応が崩れる。古典の1点は分散0の分布だが、量子の純粋状態は一般にどの物理量についても分散0にはならない。例題 4.1.3 で、純粋状態 ∣+⟩ が σz については半々の結果を出したのがその例である。相空間の関数と演算子の対応を ℏ のべきまで正確にしたものが、第5部の Wigner 変換(第5部第2章)で、地図では密度行列から位相空間への矢印になっている。熱平衡 e−βH^/Z は第4部第4章(第4部第4章)で扱い、虚時間の経路積分(第3部第6章)とはそこで合流する。
地図の中の第4部
この章の要請 (D1)〜(D5) は、地図の上では基準からの矢印1本でつながっているが、第4部から先へはさらに矢印が出ている。図 4.1.3 は、そのうち第4部が受け持つものを抜き出した。(D2) の確率の形 Tr(ρ^P^) は、この章ではアンサンブルの平均から導いたが、第9部(第9部第2章)では射影の上の確率という仮定だけから Gleason の定理で導き直す。(D1) の「状態とは A^↦Tr(ρ^A^) という期待値の割り当てである」という読み方を突き詰めたものが、第8部の代数的量子論(第8部第1章)である。

図 4.1.3 同値性の地図(第1部第1章)のうち、密度行列(第4部)に出入りする橋。基準から密度行列への矢印の中身がこの章の表で、逆向きの証明は第4部第2章、経路積分との合流は第4部第4章(虚時間)と第4部第6章(影響汎関数)で行う。
例題 4.1.6 超伝導量子ビットは何 mK まで冷やせば純粋とみなせるか ★★
オリジナル遷移周波数 ω0/2π=5 GHz の量子ビット(H^0=2ℏω0σz)が温度 T の熱平衡 ρ^=e−βH^0/Z にある。
- (1) Bloch ベクトルが r=(0,0,−tanh(βℏω0/2)) になることを示せ。
- (2) T=20 mK と T=100 mK で、励起状態にある確率 Pe と純粋度を求めよ(h=6.626×10−34 Js、kB=1.381×10−23 J/K)。
解答
(1) H^0 は対角なので e−βH^0=diag(e−x/2,ex/2)(x=βℏω0)、Z=e−x/2+ex/2=2cosh(x/2)。rz=Tr(ρ^σz)=(e−x/2−ex/2)/Z=−tanh(x/2)、非対角成分が無いので rx=ry=0。
(2) ℏω0/kB=hν0/kB=6.626×10−34×5×109/1.381×10−23 K=0.240 K。Pe=21(1+rz)=1/(1+ex)。T=20 mK では x=12.0、Pe=1/(1+e12.0)=6.2×10−6 で、純粋度 Pe2+(1−Pe)2=1−1.2×10−5。基底状態の純粋状態とみなしてよい。T=100 mK では x=2.40、Pe=1/(1+e2.40)=0.083、純粋度 0.0832+0.9172=0.847 で、混合状態として扱う必要がある。希釈冷凍機で 10〜20 mK まで冷やす理由の1つがこの数字である。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com