量子力学の様々な構成方法 第5部 第3章 §5.3.3 ★★★ 交換子は Moyal 括弧に、Heisenberg 方程式と von Neumann 方程式は Moyal 方程式に写る。Weyl 対応が1対1なので同値は両向きに成り立つ
Moyal 括弧
定義 5.3.4(Moyal 括弧)
{{f,g}}=iℏf⋆g−g⋆f を Moyal 括弧と呼ぶ。定理 5.3.2 から
(iℏ1[A^,B^])W={{AW,BW}}.(5.3.8)
⋆ 積の級数 (5.3.4) で f と g を入れ替えると、Π の符号が変わるので n 次の項に (−1)n が掛かる。差を取ると偶数次の項が消え、奇数次の項が2倍になる。iℏ で割ると
{{f,g}}=ℏ2fsin[2ℏΠ]g={f,g}−24ℏ2(fxxxgppp−3fxxpgxpp+3fxppgxxp−fpppgxxx)+O(ℏ4)(5.3.9)
となる。ℏ の1次の項 2iℏ{f,g} が2倍されて iℏ で割られ、Poisson 括弧がちょうど係数1で残る。次の補正は ℏ2 で、f と g を合わせて6回微分する。展開の形は 第10部第1章で Groenewold の矛盾を読むときに使った式と同じで、ここで導いた。Moyal 括弧は Poisson 括弧と同じく反対称で、Jacobi 恒等式も満たす(交換子の Jacobi 恒等式を写したもの)。
2次以下なら Moyal 括弧=Poisson 括弧
f と g のどちらかが x、p の2次以下の多項式なら、3階以上の微分が消えるので {{f,g}}={f,g} が厳密に成り立つ。ハミルトニアンが2次以下(自由粒子・調和振動子・一様な力)なら、量子の時間発展を位相空間で書いた式は古典の式と1文字も違わない。
Moyal 方程式
定理 5.3.5(Heisenberg 方程式・von Neumann 方程式 ⇔ Moyal 方程式 ★★★)
ハミルトニアン H^ の Weyl 記号を H(x,p) とする。
- (a) 密度行列が von Neumann 方程式 ∂tρ^=[H^,ρ^]/(iℏ) に従うことと、Wigner 関数が
∂t∂W={{H,W}}(5.3.10)
(Moyal 方程式)に従うことは同値である。2. (b) Heisenberg 描像の演算子が dtdA^H=[A^H,H^]/(iℏ) に従うことと、その記号 A(x,p,t)=(A^H(t))W が∂tA={{A,H}} に従うことは同値である。
証明
(a) 前の章の命題から W=ρW/(2πℏ)。Weyl 記号を取る操作は線形で時間を含まないので、∂t と交換する。von Neumann 方程式の両辺の記号を取り、(5.3.8) を使うと ∂tρW={{H,ρW}}、2πℏ で割って (5.3.10) を得る。逆に (5.3.10) が成り立てば、両辺に 2πℏQW を当てて (5.3.8) を逆に読むと von Neumann 方程式に戻る。Weyl 対応は1対1なので(前の章の定理)、どちらの向きでも情報は失われない。(b) も同じ議論で、交換子の順序が [A^H,H^] であることに応じて括弧の順序が {{A,H}} になる。
(a) と (b) は、期待値が描像によらないこと
dtd∫WAWdxdp=∫{{H,W}}AWdxdp=∫W{{AW,H}}dxdp
の2通りの書き方に当たる。2つ目の等号は命題 5.3.3 (iii) と結合律から ∫(H⋆W)⋆A=∫W⋆(A⋆H) などとして、積分の中で ⋆ 積を巡回させてよいことによる。この式で AW を xjpk に取れば、位相空間のモーメントの時間変化が Moyal 括弧1つで書ける。
H=p2/(2m)+V(x) の場合
ハミルトニアンが H^=p^2/(2m)+V(x^) なら、記号は H=p2/(2m)+V(x) そのものである(前の章:x だけ、p だけの関数の記号は古典の関数と同じ)。(5.3.4) を運動エネルギーとポテンシャルに分けて当てる。V(x) は p で微分できないので、V⋆W では k=0 の項だけ、W⋆V では k=n の項だけが残り
V⋆W−W⋆V=n∑n!1(2iℏ)n(1−(−1)n)V(n)∂pnW.
奇数の n だけが残り、iℏ で割ると係数は n!1(iℏ/2)n−1 になる。運動エネルギーの側も同じ計算で、p2 は3階以上の微分が消えるので n=1 だけが残る。まとめて
∂t∂W=−mp∂x∂W+V′(x)∂p∂W−24ℏ2V′′′(x)∂p3∂3W+1920ℏ4V(5)(x)∂p5∂5W−⋯(5.3.11)
を得る。初めの2項は古典の Liouville 方程式の右辺 {H,W}=HxWp−HpWx と同じで、3項目以降が量子の補正である。補正の項はポテンシャルの3階以上の微分と運動量の3階以上の微分の組で、ポテンシャルが4次の多項式なら ℏ2 の項で厳密に止まる。
自由粒子では V=0 で、(5.3.11) は ∂tW=−(p/m)∂xW だけになる。Wt(x,p)=W0(x−pt/m,p) を入れると∂tWt=−(p/m)(∂xW0)(x−pt/m,p)=−(p/m)∂xWt で、確かに解である。共通例題③の剪断の解(第5部第2章の5節で特性関数から導いた Wt=W0(x−pt/m,p) と、そこから出る σ(t)2=σ02+(ℏt/(2mσ0))2)が、Moyal 方程式の立場からも出てくる。前の章は Heisenberg 方程式が線形に閉じることを使ったが、ここでは Moyal 括弧が2次の H で Poisson 括弧に一致することを使っている。
例題 5.3.3 3次のポテンシャルでのモーメントの時間変化 ★★
オリジナルV(x)=κx3/3 とする。
- (1) {{p,H}}、{{p2,H}}、{{p3,H}} を求めよ。
- (2) dtd⟨p^3⟩ に、古典の統計力学には無い項が、状態によらない定数として現れることを示せ。
解答
(1) pk は x で微分できないので、(5.3.9) の ℏ2 の項で残るのは −fpppgxxx の項だけで、pk と V の Moyal 括弧は{pk,V}+24ℏ2(pk)pppV′′′ である(ℏ4 の項は V の5階微分を含み、3次の V では消える)。運動エネルギーとは可換なので
{{p,H}}=−κx2,{{p2,H}}=−2κx2p,{{p3,H}}=−3κx2p2+24ℏ2⋅6⋅2κ=−3κx2p2+2κℏ2.
(2) 定理 5.3.5 (b) の後の式から dtd⟨p^3⟩=∫W{{p3,H}}=−3κ∫Wx2p2+κℏ2/2。古典の分布 ρ が Liouville 方程式に従うなら dtd∫ρp3=−3κ∫ρx2p2 で、量子では κℏ2/2 が足される。この項は ∫W=1 だけを使っていて、状態によらない。p の1次と2次のモーメントの式は古典と同じ形なので、量子と古典の違いが最初に見えるのは3次のモーメントからである。ただし ∫Wx2p2 は Weyl 順序の演算子 QW[x2p2] の期待値で、古典の ∫ρx2p2 と同じ記号でも中身は違う。
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