ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第1章 §4.1.2 ★★★ 有限温度の量は ∫H(ε)f(ε)dε の形をとる。−∂f/∂ε が幅 kBT の尖った山であることを使うと、これを kBT のべきで展開できる。級数は漸近級数である
有限温度の量は Fermi 分布との積分になる
有限温度では、粒子数を決めた正準集団より、化学ポテンシャル μ を決めた大正準集団の方が扱いやすい。互いに独立な Fermi 粒子では、エネルギー ε の1電子状態の平均の占有数は
f(ε)=eβ(ε−μ)+11,β=kBT1(4.1.7)
になる(Fermi 分布。導出は統計力学の大分配関数の計算そのものなので、4.1.6節で授業の形と並べる)。すると、単位体積あたりの粒子数と内部エネルギーは
n=∫0∞D(ε)f(ε)dε,u=VU=∫0∞εD(ε)f(ε)dε(4.1.8)
である。第1式は n を与えて μ を決める式で、第2式はその μ を使って u を出す式である。どちらも「ある関数 H(ε) と f(ε) の積の積分」の形をしている。この章の後の計算はすべてこの形の積分に帰着するので、それを kBT が小さいときに展開する道具を作る。
−∂f/∂ε は幅 kBT の山
Fermi 分布の形を見る。x=(ε−μ)/(kBT) と置くと f=1/(ex+1) で、x→−∞ で 1、x→+∞ で 0 になり、x=0 で 21 を通る。絶対零度では ε=μ での段差になり、有限温度ではこの段差が幅 kBT 程度になまる。その微分
−∂ε∂f=kBT1(ex+1)2ex=4kBTcosh2(x/2)1
は ε=μ を中心とする左右対称な山で、面積は 1、幅は数 kBT である(図 4.1.1)。T→0 ではデルタ関数 δ(ε−μ) に近づく。

図 4.1.1 Fermi 分布 f(濃い青)とその微分 −kBT∂f/∂ε(明るい青)。横軸は μ から測ったエネルギーを kBT で割ったもの。絶対零度の段差(破線)が幅数 kBT になまり、なまった部分だけで微分が 0 でない。
Sommerfeld 展開
定理 4.1.1(Sommerfeld 展開 ★★★)
H(ε) は ε<0 で 0、ε≥0 で高々多項式の速さで増え、ε=μ>0 の近くで十分滑らかな関数とする。G(ε)=∫−∞εH(ε′)dε′ と置くと、kBT/μ→0 で
∫−∞∞H(ε)f(ε)dε=G(μ)+6π2(kBT)2H′(μ)+3607π4(kBT)4H′′′(μ)+⋯=G(μ)+j=1∑Jaj(kBT)2jH(2j−1)(μ)+O((kBT)2J+2)(4.1.9)
が成り立つ。係数は aj=2(1−21−2j)ζ(2j)(ζ は Riemann のゼータ関数)で、a1=π2/6、a2=7π4/360 である。
証明
左辺を部分積分する。f(∞)=0、G(−∞)=0 なので
∫−∞∞Hfdε=[Gf]−∞∞+∫−∞∞G(ε)(−∂ε∂f)dε=∫−∞∞G(ε)(−∂ε∂f)dε
である。−∂f/∂ε は μ のまわり幅 kBT の中にしか重みを持たないので、G を μ のまわりで Taylor 展開し、x=(ε−μ)/(kBT) で書くと
∫G(−∂ε∂f)dε=k≥0∑k!G(k)(μ)(kBT)k∫−∞∞xk(ex+1)2exdx.
山は左右対称なので奇数の k の積分は 0 である。k=0 は面積 1 で G(μ) を与える。偶数 k=2j では、山の右半分と左半分が同じなので
∫−∞∞x2j(ex+1)2exdx=2∫0∞x2j(−dxdex+11)dx=4j∫0∞ex+1x2j−1dx=4jΓ(2j)(1−21−2j)ζ(2j)
である(最後は ex+11=∑l≥1(−1)l−1e−lx と展開して項ごとに積分し、∑l≥1(−1)l−1l−s=(1−21−s)ζ(s) を使った)。これを (2j)! で割ると aj=2(1−21−2j)ζ(2j) で、G(2j)=H(2j−1) なので (4.1.9) を得る。ζ(2)=π2/6、ζ(4)=π4/90 から a1=2⋅21⋅6π2=π2/6、a2=2⋅87⋅90π4=7π4/360 である。
ここで省いたのは2つある。1つは Taylor 展開を ε の全域に延ばしたことで、実際の G は ε<0 で 0 になり ε=0 で滑らかでない。ε<0 の領域での −∂f/∂ε の重みは e−μ/kBT 程度なので、この誤差は kBT のどのべきよりも速く 0 になる。もう1つは展開を有限項で打ち切った剰余で、H が μ の近くで 2J+1 回微分できれば Taylor の剰余項から O((kBT)2J+2) に収まる。
この定理の読み方は単純である。f を絶対零度の段差で置き換えると G(μ)=∫0μHdε になる。有限温度の補正は、段差がなまった幅 kBT の中で H がどう傾いているかだけで決まり、最初の補正は H の傾き H′(μ) に (kBT)2 を掛けたものになる。(kBT)1 の項が無いのは、段差のなまり方が μ の左右で対称で、左で失った分を右で取り戻すからである。
Sommerfeld 展開は漸近級数である
(4.1.9) を J→∞ まで足しても、普通は収束しない。3次元の状態密度 H=ε1/2(μ=1)で項の大きさ ∣ajt2jH(2j−1)(1)∣ を t=kBT/μ ごとに並べると、t=0.1 では j=1 の 8.2×10−3 から減っていき、j=6 で最小の 6.4×10−7 になったあと増え始め、j=15 では 3.2×10−2 になる。t=0.2 では j=3,4 で最小の 4.1×10−4 になる。H(2j−1) が (2j)! 程度で増えるのに、aj は j→∞ で 2 に近づくだけだからである。したがって Sommerfeld 展開は漸近級数であり、kBT/μ を固定して項を増やしても精度は上がらない。kBT/μ を小さくすれば、決めた次数までの精度はいくらでも良くなる。この区別は近似の数理 第1章の「B 型の近似は漸近級数になりうる」の具体例である。金属では kBT/εF∼10−3 なので、最初の1項で十分である。
例題 4.1.2 2次元の電子気体では補正が全部消える ★★
オリジナル平面に閉じ込めた電子の気体(2次元の自由電子気体)の状態密度は、単位面積・両スピンあたり D2=m/(πℏ2) で、エネルギーによらない(ε>0)。面密度を n2、εF=n2/D2 とする。
- (1) Sommerfeld 展開 (4.1.9) で μ(T) を求めると、kBT のどの次数でも μ=εF になることを示せ。
- (2) n2=D2∫0∞fdε を厳密に積分し、μ=kBTln(eεF/kBT−1) を示せ。
- (3) T=0.1TF と T=0.5TF で μ/εF を求め、(1) との差の意味を述べよ。
解答
(1) H(ε)=D2(ε>0)なので G(μ)=D2μ、H の導関数は ε>0 ですべて 0 である。(4.1.9) は n2=D2μ を与え、補正はどの次数でも 0 なので μ=εF である。
(2) 被積分関数を e−β(ε−μ)/(1+e−β(ε−μ)) と書き直すと原始関数が −kBTln(1+e−β(ε−μ)) なので、∫0∞eβ(ε−μ)+1dε=kBTln(1+eβμ) である。n2=D2kBTln(1+eβμ) を μ について解くと eβμ=eβεF−1、すなわち μ=kBTln(eεF/kBT−1) である。
(3) μ=εF+kBTln(1−e−TF/T) と書き直せる。T=0.1TF では ln(1−e−10)=−4.54×10−5 なので μ/εF=1−4.54×10−6、T=0.5TF では 0.5ln(e2−1)=0.927 である。厳密な μ は εF から e−TF/T の大きさだけずれている。この関数は T→0 で T のどのべきよりも速く 0 になるので、kBT のべき級数にはまったく現れない。定理の証明で省いた「ε<0 の領域の寄与」がまさにこの差である。展開の各項が 0 でも厳密な答えとは違うことがあり、それは漸近級数の「べきの外」にある量だということを、この例は示している(近似の数理 第1章)。
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