ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第1章 §4.1.1 ★★★ 伝導電子だけを残し、イオンを一様な正の背景にならし、電子間の相互作用を落とすと、H^ は運動エネルギーの和になる。基底状態は Fermi 球で、kF=(3π2n)1/3 と D(εF)=3n/(2εF) がすべての出発点になる
第2部では、原子を並べると準位が帯になり(第2部第3章)、帯の埋まり方で金属と絶縁体が分かれること(第2部第7章)を見た。第4部は、帯が途中まで埋まった金属の中で電子が熱や電場や磁場にどう応えるかを扱う。その出発点として、この章では帯の細かい形をいったん全部捨て、伝導電子を箱の中の自由な電子の集まりとみなす。これが自由電子気体であり、正の電荷を一様にならした背景の中に電子を置いた模型(ジェリウム)から、さらに電子どうしの相互作用を落としたものである。
この章で示すことは3つある。1つ目は、絶対零度の自由電子気体が、運動量空間の球(Fermi 球)を下から埋めた状態になり、その半径 kF が電子の密度だけで決まることである。銅では Fermi エネルギーが 7.03eV になり、温度に直すと 8.16×104K もある。2つ目は、室温がこれよりはるかに低いために、熱で動ける電子は Fermi 準位のまわりの幅 kBT の中にいるものだけであり、その事情を Fermi 分布の積分の展開として正確に書いたものが Sommerfeld 展開であることである。3つ目は、この展開を当てると、化学ポテンシャルの温度変化・電子比熱・Pauli 常磁性・圧縮率がどれも Fermi 準位の状態密度 D(εF) で決まり、比熱は温度に比例する(C=γT)ことである。γ は低温の比熱の測定で直接読めるので、この章の模型を実験と比べる最初の量になる。
4.1.1節で H^ を選んで基底状態を求め、4.1.2節で Sommerfeld 展開を道具として作る。4.1.3節と4.1.4節が出てくるもので、それぞれ熱の量(化学ポテンシャル・内部エネルギー・比熱)と応答の量(帯磁率・圧縮率)である。4.1.5節で何を削ったかと何の実験の量で確かめるかを述べ、4.1.6節で統計力学の授業の Fermi 積分の形と並べ、4.1.7節でまとめる。この章では演算子の帽子を付けたまま書く(第二量子化は使わない)。状態密度 D(ε) は記法の正本どおり単位体積あたり・両スピンの合計で数える。
ジェリウムから自由電子気体へ
第1部第1章では、固体の全体の H^ から Born–Oppenheimer 近似で原子核を止め、内殻の電子を原子核とまとめてイオンにし、外側の価電子だけを残す手順を見た。金属ではこの価電子が結晶全体に広がって伝導電子になる。銅なら1原子あたり 4s の電子が1個、ナトリウムなら 3s の電子が1個である。
伝導電子 N 個が感じるのは、イオンの作る周期的なポテンシャルと、電子どうしの Coulomb 反発である。ここでさらにイオンの電荷を体積 V の箱の中に一様にならすと、次の H^ を得る。
H^jel=i=1∑N2mp^i2+21i=j∑4πε0∣r^i−r^j∣e2−i=1∑N∫V4πε0∣r^i−r∣ne2d3r+21∫V∫V4πε0∣r−r′∣n2e2d3rd3r′.(4.1.1)
第2項が電子どうしの反発、第3項が電子と正の背景の引力、第4項が背景どうしの反発で、n=N/V は電子の数密度である(背景の正電荷の密度は ne で、全体は中性)。これがジェリウム(jellium)の H^ である。電子の密度が一様なら第2〜4項の平均はちょうど打ち消し合う。残るのは、電子が互いを避け合うことによる密度のゆらぎの効果である。
この章では、そのゆらぎの効果も捨てる。残るのは運動エネルギーだけで、
H^0=i=1∑N2mp^i2(4.1.2)
である。電子は互いに独立に動き、その代わりに Pauli の排他律だけを守る。これが自由電子気体である。削ったものの大きさと、それでもこの模型が金属の多くの性質を当てる理由は4.1.5節で述べる。
1電子の状態と Fermi 球
H^0 は1電子の p^2/(2m) の和なので、1電子の固有状態を求め、それに電子を下から詰めればよい。一辺 L の立方体の箱(V=L3)に周期境界条件を課すと、1電子の固有関数と固有値は
ψk(r)=V1eik⋅r,εk=2mℏ2k2,k=L2π(νx,νy,νz)(νx,νy,νz∈Z)(4.1.3)
である。周期境界条件は第2部第3章で原子の輪を使ったのと同じ考え方で、L→∞ では端の効果が消える。許される k は k 空間に間隔 2π/L の立方格子をなすので、1つの k が占める体積は (2π)3/V であり、各 k にスピンの上下2つの状態がある。
絶対零度の基底状態では、N 個の電子がエネルギーの低い状態から順に入る。εk は ∣k∣ だけで決まるので、埋まった状態は k 空間の球 ∣k∣≤kF になる。これを Fermi 球、その表面を Fermi 面と呼ぶ。球の中の状態の数を数えると
N=2×(2π)3V×34πkF3
なので、
kF=(3π2n)1/3,εF=2mℏ2kF2,vF=mℏkF,TF=kBεF(4.1.4)
を得る。Fermi 波数・Fermi エネルギー・Fermi 速度・Fermi 温度は、どれも密度 n だけで決まる。電子の質量 m と ℏ の他に物質の個性が入るのは n だけであり、それも原子1個あたりの伝導電子の数と格子定数で決まる。
状態密度と基底状態のエネルギー
エネルギーが ε と ε+dε の間にある状態の数を、単位体積あたり D(ε)dε と書く。半径 k の球の中の状態の数が単位体積あたり k3/(3π2) なので、k=2mε/ℏ を入れて ε で微分すると
D(ε)=2π21(ℏ22m)3/2ε1/2(ε>0),D(εF)=2εF3n(4.1.5)
である。第2式は ∫0εFD(ε)dε=n と D∝ε1/2 から D(εF)=23n/εF と読むのが早い。3次元の自由な粒子の状態密度が ε1/2 に比例することは、第2部第6章で帯の底の状態密度として見た形と同じである。
基底状態のエネルギーは、埋まった状態のエネルギーの和である。単位体積あたり
VE0=∫0εFεD(ε)dε=53nεF
で、1電子あたりの平均は 53εF になる。古典的な気体なら絶対零度で運動エネルギーは 0 であるが、Fermi 粒子は排他律のために運動量の大きい状態まで押し上げられ、絶対零度でも大きな運動エネルギーを持つ。E0∝NεF∝N5/3V−2/3 なので、体積を縮めるとエネルギーが上がる。したがって気体は圧力を持ち、N を固定して V で微分すると
P=−∂V∂E0=32VE0=52nεF,B=−V∂V∂P=35P=32nεF(4.1.6)
を得る。P を縮退圧、B を体積弾性率と呼ぶ。後の4.1.4節で、B も D(εF) で書けることを見る。
例題 4.1.1 銅の Fermi 球の大きさ ★★★
オリジナル銅は面心立方格子(立方体の単位胞に原子 4 個)で、格子定数を a=0.3615nm とし(与えられた値として使う)、1原子あたり伝導電子が1個あるとする。ℏ=1.0546×10−34Js、m=9.109×10−31kg、e=1.602×10−19C、kB=1.381×10−23JK−1、Bohr 半径 a0=5.292×10−11m とする。
- (1) n・kF・εF(eV)・TF・vF を求めよ。
- (2) Fermi 波長 λF=2π/kF と、電子1個あたりの体積を球にしたときの直径 2rs(34πrs3=1/n)を比べよ。
- (3) 1電子あたりの基底状態のエネルギーと、縮退圧 P・体積弾性率 B を求めよ。
解答
(1) n=4/a3=8.47×1028m−3、kF=(3π2n)1/3=1.36×1010m−1 である。εF=ℏ2kF2/(2m)=1.126×10−18J=7.03eV、TF=εF/kB=8.16×104K、vF=ℏkF/m=1.57×106ms−1(光速の約 0.5%)。
(2) λF=2π/kF=0.462nm。rs=(3/(4πn))1/3=1.41×10−10m=2.67a0 で、2rs=0.283nm である。Fermi 波長は電子どうしの平均の間隔と同じ桁で、電子の波動関数は互いに大きく重なっている。古典的な粒子として扱えない(縮退している)ことがこの比から分かる。
(3) 53εF=4.22eV。P=52nεF=3.82×1010Pa=38.2GPa、B=32nεF=63.6GPa。大気圧のおよそ 4×105 倍の圧力で電子が外へ押しているのに銅がばらばらにならないのは、イオンとの引力((4.1.1) の第3項)がそれを支えているからである。自由電子気体の H^0 だけでは結晶は安定に存在できず、この模型は「イオンの枠に閉じ込められた電子」の性質を見るためのものだと分かる。
ほかの巻では
- 近似の数理 第13章:箱の中の自由電子が熱力学極限に近づく速さ(表面の補正)と、物質の安定性の定理が読める
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com