物理のための微分幾何入門 第3章 §3.3 ★★★ 1形式は曲線に沿って積分できる。完全微分なら端点だけで決まり、熱のように完全でない1形式は経路に依存する
線積分の定義
1形式は接ベクトルに数を返すので、曲線の速度に作用させて時間で積分できる。
定義 3.8(線積分)
曲線 γ:[a,b]→M に沿った1形式 ω の線積分を次の式で定める。
∫γω=∫abωγ(t)(γ˙(t))dt=∫abωi(γ(t))dtdγidt(3.12)
被積分関数 ω(γ˙) は (3.2) の組み合わせなので、座標の選び方に依らない。線積分を定義するのに計量は使っていない。
命題 3.9(媒介変数の取り替え)
ϕ:[c,d]→[a,b] を滑らかな全単射とし、γ~=γ∘ϕ とする。ϕ′>0 なら ∫γ~ω=∫γω である。ϕ′<0 なら符号が反転する。
証明
連鎖律から γ~˙(s)=ϕ′(s)γ˙(ϕ(s)) である。ω は線形なので、被積分関数は ϕ′(s)ω(γ˙(ϕ(s))) になる。置換積分 t=ϕ(s) を行う。
∫cdω(γ˙(ϕ(s)))ϕ′(s)ds=∫ϕ(c)ϕ(d)ω(γ˙(t))dt
ϕ′>0 なら、積分の下端は ϕ(c)=a になる。上端は ϕ(d)=b になる。これは元の積分である。ϕ′<0 なら端が入れ替わるので、積分の向きが逆になり符号が反転する。
線積分は曲線の像と向きだけで決まり、速さには依らない。1形式は「向きのついた曲線の上で積分するもの」である。この性質は第12章で、k 形式が向きのついた k 次元の面の上で積分されるという形に一般化される。
完全微分と閉形式
定理 3.10(微分の線積分)
任意の曲線 γ:[a,b]→M と滑らかな関数 f について、次の式が成り立つ。
∫γdf=f(γ(b))−f(γ(a))(3.13)
証明
定義 (3.7) から df(γ˙(t))=dtdf(γ(t)) である。1変数の微分積分学の基本定理を f(γ(t)) に使えば結論を得る。
定義 3.11(完全形式と閉形式)
ある関数 f によって ω=df と書ける1形式を完全形式(完全微分)と呼ぶ。座標のもとで次の条件を満たす1形式を閉形式と呼ぶ。
∂iωj−∂jωi=0(すべての i,j)(3.14)
条件 (3.14) が座標の取り替えで保たれることは、第12章 §12.2 の外微分 dω を使うと見通しよく示せる。ここでは直交座標のような1つの座標で確かめれば足りる場面だけを扱う。
完全形式は閉形式である。ωj=∂jf なら、2階偏導関数の順序交換から ∂i∂jf−∂j∂if=0 となる。逆向きは、領域の形に条件を付ければ成り立つ。
定理 3.12(1形式の Poincaré の補題)
Rn の領域 U が原点に関して星形であるとする。これは、領域の各点 x と原点を結ぶ線分がすべて U に含まれるという意味である。このとき、U の上の閉形式 ω は完全形式である。次の関数が df=ω を満たす。
f(x)=∫01ωi(tx)xidt(3.15)
証明
(3.15) は、原点から x への線分に沿った ω の線積分である。積分記号の下で xj について微分する。
∂xj∂f=∫01[t(∂jωi)(tx)xi+ωj(tx)]dt
閉形式の条件 (3.14) で ∂jωi=∂iωj と入れ替える。すると、被積分関数は t についての全微分になる。
txi(∂iωj)(tx)+ωj(tx)=dtd[tωj(tx)]
t について0から1まで積分すると、∂jf=ωj(x) を得る。
星形の条件は外せない。原点を除いた平面の1形式 ω=(−ydx+xdy)/(x2+y2) は閉形式だが、単位円を1周する線積分は 2π で0でない。定理 3.10 から、1周の線積分が0でない1形式は完全形式になりえない。
この1形式は極座標の dθ である。偏角 θ は1周で 2π 増えるので、穴のある平面全体の関数にならない。穴のある領域の閉形式と完全形式の違いは、第12章 §12.5 で de Rham コホモロジーとして扱う。
物理の例1:仕事と保存力
力 F=Fidxi が経路に沿ってする仕事は、線積分 W=∫γF である。力が保存力 F=−dVpot なら、定理 3.10 から仕事は端点の位置エネルギーの差だけで決まる。星形の領域では、保存力であることと閉形式 (3.14) であることは同値になる。3次元の直交座標での条件 (3.14) は、回転 ∇×F=0 にあたる。
保存力でない例として F=k(−ydx+xdy) を考える。∂xFy−∂yFx=2k=0 なので閉形式でない。半径 R の円を反時計回りに1周すると、γ(t)=(Rcost,Rsint) を代入して仕事は次の値になる。
W=∫02πk(R2sin2t+R2cos2t)dt=2πkR2
物理の例2:熱は完全微分でない
熱力学の第1法則は、状態空間の上の1形式の等式として書ける。
δQ=dU+pdV(3.16)
左辺の記号 δQ は、それが何かの関数の微分ではないことを表す。理想気体では U=CVT と p=nRT/V である。チャート (T,V) では次の形になる。
δQ=CVdT+VnRTdV(3.17)
閉形式の条件 (3.14) を調べると、∂VCV=0 に対して ∂T(nRT/V)=nR/V で、2つは等しくない。したがって δQ は閉形式でなく、完全形式でもない。「状態の関数としての熱 Q」は存在せず、受け取る熱は経路に依存する。
定義 3.13(積分因子)
1形式 ω に0にならない関数 λ を掛ける。積 λω が完全形式になるとき、λ を積分因子と呼ぶ。
(3.17) を T で割ると、閉形式の条件が満たされる。
TδQ=TCVdT+VnRdV=d(CVlnT+nRlnV)(3.18)
1/T は δQ の積分因子である。δQ/T を積分して得られる関数がエントロピーである。2次元の状態空間では、1形式の積分因子は局所的にはいつも存在する。3次元以上の状態空間で積分因子が存在するための条件は Frobenius の定理(第13章 §13.5)の特別な場合で、Carathéodory はこれを熱力学の第2法則の定式化に使った。

図 3.3 理想気体の状態空間(チャート (V,T))の2つの経路。1形式 δQ の線積分は経路1と経路2で異なり、δQ/T=dS の線積分は等しい(例題 3.3)。
記号 δ と d
- dU や dS は関数の微分で、閉じた経路での線積分は0である。
- δQ や仕事 δW=pdV は1形式だが、何かの関数の微分ではない。閉じた経路(サイクル)の線積分は一般に0でなく、その値が熱機関の出す仕事になる。
- 「熱の微小量」という言い方は、1形式 δQ を微小な変位に作用させた値のことを指す。
例題 3.3 2つの経路で受け取る熱とエントロピー ★★★
オリジナル単原子理想気体 1mol を考える。定積熱容量は CV=23R で、R=8.314J/(molK) とする。気体を状態 A (T0,V0) から状態 B (2T0,2V0) へ移す。温度は T0=300K とする。
- 図 3.3 の経路1と経路2について、δQ の線積分 Q1,Q2 を求めよ。
- 差 Q1−Q2 の数値を求めよ。
- 2つの経路の δQ/T の線積分を求め、(3.18) のエントロピーの差と一致することを確かめよ。
解答
- 定積の区間では dV=0 なので、(3.17) の第1項だけが残る。温度を2倍にすると、熱は CV(2T0−T0)=CVT0 である。等温の区間では dT=0 なので、第2項だけが残る。温度 T で体積を2倍にすると、熱は次の値になる。
∫V02V0VRTdV=RTln2
経路1では等温の区間の温度が 2T0、経路2では T0 である。
Q1=CVT0+2RT0ln2,Q2=RT0ln2+CVT0
2. 差は Q1−Q2=RT0ln2=8.314×300×0.6931≈1.73×103J である。2つの経路は端点が同じなので、この差は δQ が完全形式でないことの現れである。3. 定積の区間の寄与は ∫CVdT/T=CVln2 で、どちらの経路でも同じである。等温の区間の寄与は、温度に依らず次の値になる。
∫V02V0VRdV=Rln2
どちらの経路も合計は (CV+R)ln2=25Rln2≈14.4J/K である。(3.18) の関数で差を計算しても、CVln2+Rln2 で一致する。
確認テスト
オリジナル
3.3-1 1形式 ω=2xydx+x2dy が閉形式であることを確かめよ。さらに ω=df となる関数を求めよ。
3.3-2 1形式 ω=−ydx+xdy を、次の2つの曲線に沿って積分せよ。どちらも点 (1,0) から点 (0,1) へ向かう。
- (a) 線分 γ(t)=(1−t,t)(0≤t≤1)。
- (b) 単位円の4分の1の弧 γ(t)=(cost,sint)(0≤t≤π/2)。
結果が異なる理由を、閉形式の条件で説明せよ。3. 3.3-3 van der Waals 気体では、内部エネルギーと圧力が次の形をとる(a,b,CV は定数)。
U=CVT−Van2,p=V−nbnRT−V2an2
チャート (T,V) で δQ=dU+pdV を書き、閉形式でないことを示せ。さらに 1/T が積分因子であることを示し、エントロピー S を求めよ。4. 3.3-4 1形式 ω の積分因子をとり、λω=df とする。導関数が0にならない滑らかな1変数関数 Φ を任意にとる。このとき Φ′(f)λ も積分因子であることを証明せよ。
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