光学と量子エレクトロニクス 第1章 §1.4 ★★★ モード1つの熱平衡の光子数は ℏω/kBT だけで決まる。可視光は室温で真空にあり、マイクロ波は 50mK の桁まで冷やして初めて真空に近づく
モード1つの熱平衡の光子数
温度 T の熱平衡にある電磁場では、モード1つ1つが温度 T の調和振動子である。段の数 n の状態の重みは e−nℏω/(kBT) に比例するので、光子の数の平均は
nˉph(ω,T)=eℏω/(kBT)−11(1.14)
になる(Bose 分布。化学ポテンシャルが 0 なのは光子の数に保存の拘束が無いからである。解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第3章)。nˉph は x=ℏω/(kBT) という1つの比だけで決まる。x≪1 では nˉph≈1/x=kBT/(ℏω)≫1 で、モードは古典の等分配の値 kBT のエネルギーを持ち、光子の数は大きく揺らぐ古典の波として振る舞う。x≫1 では nˉph≈e−x≪1 で、モードはほぼ真空(n=0)にある。
2準位系にも同じ比が現れる。熱平衡で原子が上の準位にいる確率と下の準位にいる確率の比は
PgPe=e−ℏω0/(kBT)(1.15)
で、ℏω0≫kBT なら原子はほぼ確実に ∣g⟩ にいる。光の実験が「真空のモードと基底状態の原子」から出発できるかどうかは、どちらもこの1つの比で決まる。
可視光とマイクロ波
300K の kBT は 25.9meV である。波長 500nm の光子1個のエネルギーは ℏω=hc/λ=2.48eV で、x≈96 になり、nˉph≈e−96≈2×10−42 である。可視光のモードは室温でほぼ完全に真空で、可視の遷移を持つ原子もほぼ完全に基底状態にある。光検出器が室温で光子を1個ずつ数えられるのも、熱の光子がほとんど無いからである。
一方、周波数 5GHz のマイクロ波の光子は hν=20.7μeV で、hν/kB=0.240K にあたる。300K では x=8×10−4 で、モード1つに平均 1250 個の熱の光子がいる。このモードに光子1個を入れても熱の光子に埋もれて区別できず、量子の状態を準備することができない。nˉph を 0.01 まで下げるには x=ln101≈4.6、すなわち T≈52mK まで冷やす必要がある(例題 1.4)。マイクロ波の領域で量子の実験をする回路が希釈冷凍機の中に置かれるのはこのためである。図 1.2 に、3つの周波数で nˉph を温度の関数として示す。

図 1.2 モード1つの熱平衡の光子数 nˉph。点線は Bose 分布 (1.14)(厳密)、細い実線は古典の極限 kBT/(ℏω)(近似)で、左から 5GHz・1THz・600THz である。点線が実線から下へ離れる温度 T≈ℏω/kB より下で、そのモードは量子的に振る舞う(光子の数が 1 より小さくなる)。600THz の点線は 300K で 10−42 にあり、図の範囲より下にある。
量子的に見えるとは何か
「可視光は室温で量子的に見える」という言い方は、光の波の性質が消えるという意味ではない。干渉も回折も可視光で日常的に見える。量子的に見えるとは、モードの熱の揺らぎが光子1個より小さく、光子1個の有無や、光子の数の分布(第32章の g(2))が測れるという意味である。逆に、強いレーザー光は1つのモードに非常に多くの光子が入った状態で、光子の数の相対的な揺らぎが小さいので、古典の電場 E(t) として扱える。1.3節では、この場合にあたるとして光を古典の電場で扱った。どちらの扱いを選ぶかは、着目するモードの光子数とその揺らぎで決まる。光子数の分布で古典と量子を区別する方法は第31・32章で扱う(第31章・第32章)。
例題 1.4 可視光とマイクロ波の熱の光子 ★★★
オリジナル
- (1) 波長 500nm のモードと、周波数 5GHz のモードについて、300K での x=ℏω/(kBT) と nˉph を求めよ。
- (2) 5GHz のモードで nˉph=0.01 になる温度を求めよ。
- (3) 波長 780nm の遷移を持つ原子が 300K で上の準位にいる確率の比 Pe/Pg を求め、この原子を光の実験の初めに「基底状態にある」とみなしてよいかを述べよ。
解答
(1) 500nm:x=hc/(λkBT)=1.4388×10−2mK/(5×10−7m×300K)≈95.9、nˉph=1/(e95.9−1)≈2.2×10−42。5GHz:x=hν/(kBT)=6.626×10−34×5×109/(1.381×10−23×300)≈8.0×10−4、nˉph≈1250(1/x−21=1249.7 で、古典の値 1/x からのずれは 21 だけである)。
(2) 1/(ex−1)=0.01 から ex=101、x=ln101≈4.615。T=hν/(kBx)=0.2400K/4.615≈52mK。
(3) ℏω0/(kBT)=hc/(λkBT)≈61.5 で、Pe/Pg=e−61.5≈2×10−27。原子は事実上すべて基底状態にあるので、光の実験の初期状態を ∣g⟩ とおいてよい。マイクロ波の遷移(たとえば原子の超微細構造の分裂、数 GHz)では同じ比がほぼ 1 になり、2つの準位に原子がほぼ等しく分かれている。その遷移を使う実験では、光で原子を一方の準位に集める操作(光ポンピング)が別に要る。
ほかの巻では
- 解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第6章:ℏω が kBT より大きいと振動子1つに kBT/2 が配られず、等分配則が破れる理由が読める
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com