解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部 第6章 §3.6.5 ★★★ 準位の間隔 ℏω が kBT より大きいモードには熱のエネルギーが入らない。低温の比熱の減少と、空洞の放射の発散の解消はこれで説明される
量子の調和振動子の分配関数
調和振動子を量子力学で扱うと、エネルギー準位は En=(n+21)ℏω(n=0,1,2,…)である(第4部第4章。第1部第14章の Bohr–Sommerfeld の条件 J=(n+21)ℏ に H=ωJ を入れたものと一致する)。分配関数は第3部第3章の式 (3.3.23) で等比級数の和として求めた
Z=2sinh(βℏω/2)1(3.6.22)
で、平均エネルギーは同じ章の例題 3.3.6 で求めた
⟨H⟩=−∂β∂lnZ=2ℏωcoth2βℏω=2ℏω+eβℏω−1ℏω(3.6.23)
である。第2項の 1/(eβℏω−1) は、平均の励起の数 ⟨n⟩ で、記法の正本の Planck 分布 nB(ω) に当たる。この章で主に見るのは、ここから出る比熱と、低温でモードが凍る読みである。比熱は x=βℏω=ℏω/(kBT) と置いて
C=kB(ex−1)2x2ex(3.6.24)
となる。
高温では古典に戻り、低温では凍る
高温 x≪1 では、sinh(x/2)≈x/2 なので Z≈kBT/(ℏω) となり、古典の式 (3.6.9) と一致する。古典の分配関数で相空間を h で割った理由の1つはここにある。h で割っておくと、高温の極限で量子の Z に係数まで含めて一致する。平均エネルギーと比熱を x で展開すると
⟨H⟩=kBT(1+12x2−720x4+⋯),C=kB(1−12x2+⋯)(3.6.25)
で、主要項が等分配則の kBT と kB である。補正は (ℏω/kBT)2 の大きさしかない。
低温 x≫1 では、⟨H⟩≈21ℏω+ℏωe−x、C≈kBx2e−x で、比熱は指数関数的に 0 へ下がる。振動子はほとんど基底状態にとどまり、第1励起状態へ上がる確率 e−ℏω/kBT が小さいので、温度を少し上げても吸収するエネルギーがほとんどない。この状態を「そのモードが凍っている」と言う。図 3.6.2 に、古典と量子の平均エネルギーと比熱を並べる。

図 3.6.2 1つの調和振動子の平均エネルギー(左)と比熱(右)。実線は古典の等分配則、点線は量子の厳密な式 (3.6.23)・(3.6.24)。kBT≳ℏω で両者は近づき(平均エネルギーの差は (ℏω)2/(12kBT) 程度)、kBT≲0.2ℏω で量子の比熱はほぼ 0 になる。
等分配則が成り立たなくなる理由は、3.6.2節の証明が連続な変数の部分積分を使っていたことにある。量子の振動子のエネルギーは ℏω おきの飛び飛びの値しか取らないので、kBT が ℏω より小さいと、エネルギーを kBT の大きさで少しずつ受け取ることができない。kBT≫ℏω では準位の間隔が kBT に比べて細かく、和を積分に置き換えた古典論がよい近似になる。
分子の振動と固体の比熱
3.6.3節で残った2つの食い違いは、これで説明することができる。分子の振動の典型的な波数を仮に 2000cm−1 とすると、ℏω/kB=hcν~/kB=2.88×103K で、室温 300K では x=9.6、振動1モードの比熱は kB の 0.006 倍程度しかない(ν~ は波数、c は光速)。二原子分子の気体の比熱が 27R でなく 25R に近いことは、振動が凍っていることで説明される。回転の準位の間隔はずっと小さく、室温では古典論どおりに kBT が入る。
固体については、Einstein(1907)、Ann. Phys. 22, 180が、3N 個の振動子がすべて同じ角振動数 ωE を持つと仮定して、
C=3NkB(ex−1)2x2ex,x=TΘE,ΘE=kBℏωE(3.6.26)
を示した(Einstein のモデル)。高温で Dulong–Petit の 3NkB に戻り、低温で 0 へ下がる。軽い原子が硬く結合した固体は ωE が大きく ΘE が高いので、室温でもまだ凍っている。実際の固体では基準振動の振動数に幅があり、低い振動数のモードが低温まで残るので、低温の比熱は e−ΘE/T より緩やかに T3 で下がる。振動数の分布まで入れたモデル(Debye のモデル)は 第5部第3章 で扱う。
空洞の放射
空洞の各モードの平均エネルギーとして kBT の代わりに式 (3.6.23) の第2項を使うと、式 (3.6.15) は
u(ω)=π2c3ω2⋅eβℏω−1ℏω=π2c3ℏω3eβℏω−11(3.6.27)
に変わる(零点エネルギー 21ℏω は温度によらないので、熱の放射の分からは除いた。その扱いは第5部第3章で述べる)。これが Planck の放射の式である。ℏω≪kBT では Rayleigh–Jeans の式に戻り、ℏω≫kBT では e−ℏω/kBT で減るので、全エネルギーは有限になる(図 3.6.3)。高い振動数のモードは数こそ多いが凍っていて、熱のエネルギーを受け取らない。∫0∞x3/(ex−1)dx=π4/15 を使った全エネルギーの T4 則は第5部第3章で導く。

図 3.6.3 空洞の放射のエネルギー密度の形。縦軸は u(ω) を (kBT)3/(π2c3ℏ2) で割ったもの。実線は等分配則による Rayleigh–Jeans の式 (3.6.15)(x2 で増え続ける)、点線は量子の振動子の平均エネルギーを使った Planck の式 (3.6.27)。x≲1 では両者が近く、x≳3 では Planck の式が指数関数的に小さくなる。
例題 3.6.5 Einstein のモデルの比熱 ★★
オリジナルEinstein のモデル (3.6.26) で、ΘE=300K の固体を考える。R=8.314Jmol−1K−1 とする。
- (1) T=300K、150K、60K での 1mol あたりの比熱を、3R に対する割合で求めよ。
- (2) T=300K の値を高温展開 (3.6.25) の 1−x2/12 と比べよ。T=60K の値を低温の近似 x2e−x と比べよ。
- (3) T=300K の比熱を Jmol−1K−1 で求めよ。
解答
(1) x=ΘE/T はそれぞれ 1, 2, 5。式 (3.6.24) の形の x2ex/(ex−1)2 を計算すると、x=1 で e/(e−1)2=0.921、x=2 で 4e2/(e2−1)2=0.724、x=5 で 25e5/(e5−1)2=0.171。
(2) x=1 で 1−1/12=0.917 で、厳密な 0.921 との差は 0.004。展開の次の項が x4/240 の大きさなので、x=1 でもよく合う。x=5 で 25e−5=0.168。厳密な式は x2e−x/(1−e−x)2≈x2e−x(1+2e−x) なので、相対的に 2e−5=0.013 だけ大きい 0.171 になる。
(3) 3R×0.921=24.94×0.921=23.0Jmol−1K−1。ΘE と同じ温度で、比熱はすでに古典の値の9割を超えている。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℏω/(kBT)→0(準位の間隔が熱のエネルギーに比べて小さい) | 証明 証明済み(調和振動子の集まりでは厳密な Z を展開して、補正が (ℏω/kBT)2 の大きさであることを示した。一般の H への拡張〔Wigner–Kirkwood 展開〕の前提は要確認) | 行き先 近似の数理 第7章
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