光学と量子エレクトロニクス 第24章 §24.2 ★★★ 速度 vz の原子は光を Δ−kvz の離調で見る。Maxwell 分布で平均すると、線は Lorentz 型と Gauss 型の畳み込み(Voigt 型)になり、室温の Rb では Gauss 型の幅が自然幅の84倍になる
速度の組ごとの離調
気体の原子は動いている。+z 向きに進む波数 k=ωL/c の光を、速度の z 成分が vz の原子が見ると、原子の静止系での光の角周波数は Doppler 効果で ωL−kvz にずれる(vz≪c の1次)。原子の側から見た離調は Δ−kvz である。そこで u:=kvz と置き、速度の組 u ごとに静止した原子の断面積をずらして使う。温度 T の気体の vz は Maxwell 分布に従うので、u の分布は
f(u)=2πωD1exp(−2ωD2u2),ωD=kmkBT=ω0mc2kBT(24.8)
の Gauss 分布になる(m は原子の質量)。気体全体の断面積は、速度の組ごとの断面積の平均
σˉ(Δ)=∫−∞∞f(u)σ(Δ−u)du(24.9)
で、Lorentz 型 σ と Gauss 型 f の畳み込みになる。この形を Voigt 型と呼ぶ。
2つの極限
ωD≫γ⊥ のとき、σ(Δ−u) は u=Δ の近くの幅 γ⊥ の範囲にしか値を持たないので、f(u) をその点の値で置き換えて
σˉ(Δ)≈f(Δ)∫σdΔ=43λ2Γf(Δ)(24.10)
となる。線は Gauss 型で、半値全幅は
ΓD=22ln2ωD=ω0mc28ln2kBT(24.11)
である。これを Doppler 幅と呼ぶ。第20章(第20章)の δωD、第22章(第22章)の 2πΔνD と同じ量である。式 (24.10) の係数は式 (24.7) の線の面積そのもので、Doppler 効果も衝突と同じく線の面積を変えない。ピークの断面積は σ0⋅(πΓ/2)f(0)=σ0π/8Γ/ωD(自然幅だけのとき)に下がる。
Gauss 型の中心では Gauss 型が、遠い裾では Lorentz 型が残る。Gauss 型は exp(−Δ2/2ωD2) で速く減るが、Lorentz 型は Δ−2 でしか減らないので、十分遠い離調では Lorentz 型の裾が必ず上に出る(図 24.2)。この裾は、静止系で遠く離調した光を、ほとんどの原子が自分の Lorentz 型の裾で弱く吸収したものである。
Doppler 幅と自然幅の違いは、広がりの意味にある。Doppler 幅の中のある周波数の光を吸収するのは、その周波数に共鳴する速度の組の原子だけで、ほかの原子はその光をほとんど感じない。原子1個の線は幅 Γ のままで、線の中心が原子ごとにずれている。この区別は 24.3節で使う。

図 24.2 ωD=5Γ の気体の吸収の断面積(自然幅だけ、縦軸は対数)。黒の点線は式 (24.9) の Voigt 型を数値積分した厳密な値、青の実線は式 (24.10) の Gauss 型の近似、赤の点線は静止した原子の Lorentz 型。中心の近くでは Gauss 型の近似がよく合い、Δ≳15Γ では Voigt 型は Lorentz 型の裾に乗る
例題 24.2 室温の Rb の Doppler 幅 ★★★
オリジナル例題 24.1 の 87Rb(質量 m=86.909u)の気体が T=300K にあるとする。
- (1) Doppler 幅 ΓD/2π を求め、自然幅と比べよ。
- (2) 自然幅だけの線について、気体のピークの断面積を σ0 を単位として、式 (24.10) の近似で求めよ。
- (3) Doppler 幅が自然幅 Γ と等しくなる温度を求めよ。
解答
(1) ωD/2π=(c/λ)kBT/mc2=217MHz で、ΓD/2π=22ln2×217=511MHz である。自然幅 6.07MHz の84.3倍になる。室温の気体で吸収線を測ると、見える幅は原子の寿命ではなく原子の速さで決まっている。
(2) Γ/ωD=6.07/217=0.0279 なので、ピークは σ0π/8×0.0279=0.0175σ0 である(式 (24.9) を数値で積分した Voigt 型の値は 0.0173σ0 で、差は Γ/ωD の程度)。Doppler 幅に広がったぶん、ピークはおよそ Γ/ΓD の割合に下がる。
(3) ΓD∝T なので、T=300K×(1/84.3)2=42.2mK である。気体のままで線の幅を自然幅まで細くするには、原子をこの程度まで冷やす必要がある。光で原子を冷やす方法は第26章(第26章)で扱う。
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