光学と量子エレクトロニクス 第34章 §34.2 ★★★ 励起の数が1の部分空間で Schrödinger 方程式を書くと、上の準位の振幅は記憶の核 K(τ) を持つ方程式に従う。核が 1/ω0 の桁の時間で消えることを使うと c˙e=−(Γ/2)ce、Γ=2πJ(ω0)=ω03deg2/(3πε0ℏc3)
振幅の方程式
原子を ∣e⟩ に上げ、すべてのモードを光子0個にした状態 ∣e,0⟩ から始める。回転波近似の Hamiltonian は励起の数を保存するので、状態は励起の数が1の部分空間にとどまり、
∣ψ(t)⟩=ce(t)e−iω0t∣e,0⟩+k,s∑cks(t)e−iωkt∣g,1ks⟩(34.7)
と書ける。エネルギーの原点を ∣g,0⟩ にとり、自由な時間変化の位相をくくり出した(相互作用描像の振幅)。Schrödinger 方程式に入れて ⟨e,0∣ と ⟨g,1ks∣ を掛けると
dtdce=−ik,s∑gkscksei(ω0−ωk)t,dtdcks=−igks∗cee−i(ω0−ωk)t(34.8)
を得る。光子の振幅は cks(0)=0 から積分でき、cks(t)=−igks∗∫0tce(t′)e−i(ω0−ωk)t′dt′ である。これを第1式に戻すと
dtdce=−∫0tK(t−t′)ce(t′)dt′,K(τ)=k,s∑∣gks∣2ei(ω0−ωk)τ=∫0∞J(ω)ei(ω0−ω)τdω(34.9)
になる。ここまで近似は回転波近似だけである。ce の変化の速さは、過去のすべての時刻の ce に核 K を掛けて足したもので決まる。原子が放った光の振幅が、まだ原子の位置に残っている間は、原子へ戻ってくるからである。核を決めるのは、モードごとの結合の2乗を周波数で並べた結合のスペクトル密度
J(ω)=k,s∑∣gks∣2δ(ω−ωk)(34.10)
だけである。原子がどんな環境に置かれているかは、すべて J(ω) に入る。自由空間と共振器の違いも J(ω) の違いとして書ける(34.3節)。
自由空間の J(ω)
自由空間では和を積分 ∑k→(2π)3V∫d3k に直す。双極子 deg の向きを極軸にとると、波数 k に垂直な2つの偏光について ∑s∣deg⋅eks∣2=deg2sin2θ である(deg=∣deg∣。k に平行な成分だけが抜ける)。∫sin2θdΩ=8π/3(立体角の積分)と d3k=(ω2/c3)dωdΩ を使うと
J(ω)=(2π)3Vc3ω2⋅38π⋅2ε0ℏVωdeg2=6π2ε0ℏc3ω3deg2(34.11)
を得る。箱の体積 V は消える。1つのモードの結合は 1/V で弱くなるが、モードの数が V に比例して増えるからである。
Markov 近似と指数関数の減衰
J(ω) は ω0 の付近で ω3 のようにゆっくり変わり、幅は ω0 の桁ある。したがって核 K(τ) は τ∼1/ω0(光の周期の桁)で消える。一方 ce は、あとで分かるとおり 1/Γ の時間でしか変わらない。Γ/ω0 は可視光の遷移で 10−8 の桁である。そこで式 (34.9) の積分の中の ce(t′) を ce(t) で置き換え、積分の上限を ∞ に延ばす。これが Markov 近似で、原子が過去の自分を覚えていないとみなすことに当たる。∫0∞eixτdτ=πδ(x)+iPx1(P は主値)を使うと
dtdce=−(2Γ+iδω)ce,Γ=2πJ(ω0),δω=P∫0∞ω0−ωJ(ω)dω(34.12)
になる。これが Weisskopf と Wigner の結果である1V. Weisskopf and E. Wigner (1930), Zeitschrift für Physik 63, 54–73.。上の準位にいる確率は ∣ce∣2=e−Γt で指数関数的に減る。式 (34.11) を入れると
Γ=3πε0ℏc3ω03deg2(34.13)
を得る。これは第20章で熱平衡から出した A21=ℏω03B21/(π2c3) に、縮退の無い場合の B21=πdeg2/(3ε0ℏ2) を入れた値と一致する(第20章)。Einstein が熱平衡の整合性だけから要求した自然放出が、真空のモードとの結合から同じ大きさで出てくる。
虚部 δω は準位のずれで、この模型では J∝ω3 のために積分が高い周波数で発散する。双極子近似は波長が原子より短くなると破れ、回転波近似で捨てた項も同じ桁で寄与するので、ずれを正しく求めるには質量の繰り込みを含む扱いが要る(H. A. Bethe (1947), Physical Review 72, 339–341 の Lamb シフトの計算)。この章では δω を ω0 に繰り込み、ω0 を観測される遷移の角周波数とする。
放出される光のスペクトル
ce(t)=e−Γt/2 を光子の振幅の式に入れると、十分時間が経ったあとの振幅は
cks(∞)=Γ/2−i(ωk−ω0)−igks∗,∣cks(∞)∣2=(ωk−ω0)2+Γ2/4∣gks∣2(34.14)
になる。光子の周波数の分布は半値全幅 Γ の Lorentz 型で、第24章の自然幅そのものである(第24章)。全確率は ∑∣cks∣2=∫J(ω)dω/[(ω−ω0)2+Γ2/4]≈2πJ(ω0)/Γ=1 で、原子が失った確率はちょうど1個の光子になる。放出の向きは ∣gks∣2∝sin2θ で、古典の双極子アンテナと同じ分布である。
例題 34.2 水素の 2p→1s の寿命 ★★★
オリジナル水素の 2p(m=0) から 1s への遷移を考える。行列要素は ∣deg∣=e∣⟨1s∣z∣2p0⟩∣, ∣⟨1s∣z∣2p0⟩∣=2431282a0 である(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第12章)。
- (1) 遷移のエネルギーは 43×13.606eV である。ω0 と波長を求めよ。
- (2) 式 (34.13) から Γ と寿命 1/Γ を求めよ。
- (3) Markov 近似の小さいパラメータ Γ/ω0 を求め、核 K(τ) の消える時間と ce の変わる時間が何桁離れているかを述べよ。
解答
(1) ℏω0=10.20eV で ω0=1.550×1016s−1、波長は 2πc/ω0=121.5nm(Lyman α 線)である。
(2) ∣⟨1s∣z∣2p0⟩∣=0.745a0 を入れて
Γ=3πε0ℏc3ω03e2(0.745a0)2=6.27×108s−1,Γ1=1.60ns
である。第20章で Einstein の関係から出した A21=6.26×108s−1 と、有効数字の範囲で一致する(第20章)。
(3) Γ/ω0=4.04×10−8。核は 1/ω0=6.5×10−17s の桁で消え、ce は 1.6×10−9s で変わる。両者は7桁以上離れていて、積分の中の ce(t′) を ce(t) に置き換えた誤差は Γ/ω0 の桁にとどまる。原子は1回の放出の間に光の振動を 107 回以上くり返す。
ほかの巻では
- 近似の数理 第14章:Wigner–Weisskopf の Markov 近似が van Hove 極限で正当化されること(Davies の定理)の証明の筋
1 V. Weisskopf and E. Wigner (1930), Zeitschrift für Physik 63, 54–73.
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