相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第1部 第8章 §1.8.6 ★★ 統計学の Chebyshev の不等式・尤度比検定と、統計力学の S=kBlnW・F=−kBTlnZ をこの章の式に並べる
統計学:大数の法則の評価と検定
統計学の授業では、大数の法則を Chebyshev の不等式で示す。標本平均 fˉn の分散は σ2/n なので
Pr(∣fˉn−μ∣≥c)≤nc2σ2(1.8.21)
で、右辺は 1/n でしか減らない。この章の Chernoff の評価 (1.8.13) は同じ確率(片側)を e−nΛ∗(μ+c) で押さえ、指数関数的に減ることを示す。2つの違いは、Chebyshev が2次の積率だけを使うのに対し、Chernoff は積率母関数(すべての積率)を使うことにある。中心極限定理 n(fˉn−μ)/σ→N(0,1) は、c を 1/n に比例させたときの式で、中心極限定理から固定した c の確率の指数を求めることはできない。式 (1.8.14) のとおり、Λ∗ を2次で打ち切ったものが中心極限定理の指数にあたる。
検定の授業では、Neyman–Pearson の補題で最適な検定が尤度比検定であることを学び、第2種の誤りの代わりに検出力 1−βn を使う。この章の式 (1.8.17) は、尤度比検定の統計量が D(pxn∥p1)−D(pxn∥p0) であることを示し、Stein の補題 (1.8.18) は検出力が 1 に近づく速さ(1−検出力≐e−nD(p0∥p1))が D で決まることを示す。対立仮説が近い場合、p1=pθ+δ、p0=pθ では 第1部第7章 の展開
D(pθ∥pθ+δ)≈21J(θ)δ2(1.8.22)
を使えば、指数を Fisher 情報で書くことができる。統計学では Fisher 情報を I(θ) と書くが、この巻では相互情報量と区別するため J(θ) と書く。Fisher 情報が大きいパラメータほど、近い値どうしを少ない標本で見分けることができる。Cramér–Rao の不等式が推定の精度の上限を Fisher 情報で表したのと同じ内容を、検定の側から述べたものになっている。
統計力学:状態数の対数とその Legendre 変換
統計力学の授業では、微視的カノニカル集団のエントロピーを S=kBlnW(E)(W(E) はエネルギー E の状態数)と定義し、1/T=∂E∂S で温度を決める。カノニカル集団では分配関数 Z(β)=∑e−βE から F=−kBTlnZ を作り、2つは Legendre 変換 F=E−TS で結ばれる。
この章の式で書き直す。1粒子の状態の集合 X(∣X∣=K 個)と一様分布 q、f=ε をとり、λ=−β とおくと
Λ(−β)=lnK1x∑e−βε(x)=lnZ1(β)−lnK(1.8.23)
で、Z1 は1粒子の分配関数である。一方、n 粒子の全エネルギーが nu 付近の状態数を W とすると、それは Kn×qn(εˉn≈u)≐Kne−nΛ∗(u) なので、1粒子あたりのエントロピー(kB 単位)は
s(u)=n→∞limn1lnW=lnK−Λ∗(u)=βinf(βu+lnZ1(β))(1.8.24)
になる。最後の等号は Λ∗(u)=supλ(λu−Λ(λ)) に式 (1.8.23) を入れたものである。1粒子あたりの自由エネルギーを F1=−β−1lnZ1 とおくと、右辺の括弧は β(u−F1) なので、これは F=E−TS を Legendre 変換として書いたものにほかならない。
| 統計力学の書き方 | この章の書き方 |
| S/kB=lnW(E) | n(lnK−Λ∗(u)) |
| lnZ | n(Λ(−β)+lnK) |
| 1/(kBT)=∂E∂(S/kB) | β=−λ∗, Λ′(λ∗)=u |
| カノニカル分布 e−βε/Z1 | I 射影 qλ∗ |
| 微視的カノニカルとカノニカルの等価性 | 条件付き極限定理 |
大偏差のレート関数は、統計力学のエントロピー(を符号を変えて定数をずらしたもの)であり、対数積率母関数は分配関数の対数である。統計力学で「熱力学極限ではアンサンブルによらない」と言われる事情は、大偏差の言葉では「和が最大の項で決まる」ことと同じである。力学の側(相空間と Liouville の定理)からの読み方は 解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第1章 にある。
例題 1.8.7 Chebyshev と Chernoff と厳密な値 ★★
オリジナル公平な硬貨を 100 回投げて表の割合が 0.7 以上になる確率 P100 を3つの方法で見積もる。厳密な値は 3.93×10−5 である。
- Chebyshev の不等式 (1.8.21)(両側の確率の上界)で上から押さえよ。
- Chernoff の評価 e−nΛ∗(0.7) で上から押さえよ。Λ∗ が 1.8.2節の D と一致することも確かめよ。
- 2つの上界が厳密な値の何倍かを比べよ。
解答
(1) f を表なら 1・裏なら 0 とすると σ2=0.25、c=0.2 で、100×0.040.25=0.0625。
(2) Λ(λ)=ln21+eλ、Λ′(λ∗)=1+eλ∗eλ∗=0.7 から eλ∗=37。Λ∗(0.7)=0.7ln37−ln21+7/3=0.7ln37−ln35。一方 D=0.7ln1.4+0.3ln0.6 で、0.7ln37−ln35=0.7ln37−0.7ln35−0.3ln35=0.7ln1.4+0.3ln0.6 なので一致し、値は 0.0823。上界は e−8.23=2.67×10−4。
(3) Chebyshev の上界は厳密な値の約 1600 倍、Chernoff の上界は約 7 倍である。n を増やすと Chebyshev の比は指数関数的に大きくなり、Chernoff の比は多項式の程度(n 程度)にとどまる。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com