相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部 第2章 §3.2.5 ★★★ Gibbs 状態との D は非平衡の自由エネルギーの過剰分。平衡状態は自由エネルギーを最小にし、試行状態をどう選んでも真の自由エネルギーの上界が得られる
自由エネルギーの過剰分
Hamiltonian H^ の系が温度 T の熱浴と平衡にあるときの状態は Gibbs 状態
ρ^β=Ze−βH^,Z=Tre−βH^,Feq=−kBTlnZ(3.2.23)
である(β=1/(kBT))。任意の状態 ρ^ に対し、非平衡の自由エネルギーを
F(ρ^):=Tr(ρ^H^)−kBTS(ρ^)(3.2.24)
で定める。熱力学のエントロピーは kBS(ρ^) で、平衡状態では kBS(ρ^β) が熱力学のエントロピー S熱 に一致する(3.2.6節)。
定理 3.2.12(量子の Gibbs の変分原理 ★★★)
kBTD(ρ^∥ρ^β)=F(ρ^)−Feq ≥0.(3.2.25)
したがって F(ρ^) は ρ^=ρ^β のときに限って最小値 Feq をとる。また、Trρ^H^ を固定したとき S(ρ^) を最大にする状態は Gibbs 状態である。
証明
lnρ^β=−βH^−(lnZ)1 なので −Trρ^lnρ^β=βTrρ^H^+lnZ。式 (3.2.4) からD(ρ^∥ρ^β)=−S(ρ^)+βTrρ^H^+lnZ=β(F(ρ^)−Feq)。非負性と等号条件は Klein の不等式。Trρ^H^=Trρ^βH^ の状態どうしでは F(ρ^)−Feq=kBT(S(ρ^β)−S(ρ^)) なので、後半も従う(与えられたエネルギーに合う β を選ぶ)。
古典の場合(第2部第2章)と同じ式だが、量子では ρ^ と H^ が交換しなくてもよい。H^ の固有値が縮退していないとき、H^ の固有基底を BH とすると ρ^β はその基底で対角なので、命題 3.2.6 の証明と同じ計算でTrρ^lnρ^β=TrΔBH(ρ^)lnρ^β となり、
D(ρ^∥ρ^β)=占有数の分D(ΔBH(ρ^)∥ρ^β)+エネルギー基底のコヒーレンスの分S(ΔBH(ρ^))−S(ρ^)(3.2.26)
と2つに分かれる。第1項はエネルギー準位の占有数の分布と Boltzmann 分布の古典の相対エントロピー、第2項は式 (3.2.16) のコヒーレンスである。エネルギー固有状態の重ね合わせを作ると、占有数が同じでも自由エネルギーは第2項の分だけ高い。
例題 3.2.5 重ね合わせの自由エネルギー ★★★
オリジナル2準位系 H^=E∣1⟩⟨1∣(E>0)を温度 T で考え、βE=ln3 とする。
- ρ^β と βFeq を求めよ。
- ρ^=∣+⟩⟨+∣ について β(F(ρ^)−Feq) を式 (3.2.24) から直接計算し、D(∣+⟩⟨+∣∥ρ^β)=21ln316 と一致することを確かめよ。
- 式 (3.2.26) の2つの項をそれぞれ求めよ。
解答
(1) e−βE=1/3 なので Z=1+31=34、ρ^β=43∣0⟩⟨0∣+41∣1⟩⟨1∣、βFeq=−ln34=−0.2877。
(2) Tr∣+⟩⟨+∣H^=E/2、S(∣+⟩⟨+∣)=0 なので βF(ρ^)=2βE=2ln3=0.5493。差は 0.5493+0.2877=0.8370。一方、lnρ^β=ln43∣0⟩⟨0∣+ln41∣1⟩⟨1∣ から −⟨+∣lnρ^β∣+⟩=−21(ln43+ln41)=21ln316=0.8370 で、S(∣+⟩⟨+∣)=0 なのでこれが D である。両者は一致する。
(3) ΔBH(∣+⟩⟨+∣)=1/2。占有数の分は D((21,21)∥(43,41))=21ln32+21ln2=21ln34=0.1438、コヒーレンスの分は S(1/2)−0=ln2=0.6931。和は 0.8370 で (2) と一致する。占有数の分 0.1438 は、第1部第3章で計算した「(3/4,1/4) のコインと公平なコイン」の相対エントロピーの片方の向きと同じ値である。
試行状態で上界を作る:平均場近似
定理 3.2.12 は、どんな試行状態 ρ^ を選んでも Feq≤F(ρ^) という上界が得られることを言っている。多体系では ρ^β を厳密に求めるのは難しいので、計算しやすい状態の族の中で F(ρ^) を最小にし、その最小値を Feq の近似とする。族を各粒子の状態の積 ρ^=ρ^1⊗ρ^2⊗⋯ に限ったものが平均場近似である。積状態ではエントロピーが加法的(命題 3.2.5(b))で、Trρ^H^ も1粒子の期待値の積で書けるので、最小化が少数の変数の問題になる。
例として、2つのスピン(量子ビット)の Hamiltonian
H^=−JZ1Z2−λ(X1+X2)(J>0, λ≥0)(3.2.27)
を考える(Z1=Z⊗1 など。第1項がスピンをそろえる相互作用、第2項が横向きの磁場で、J も λ もエネルギーの次元を持つ)。2つのスピンに同じ状態 21(1+m⋅σ)(m=(mx,0,mz)、m=∣m∣≤1)を与えた積状態ではTrρ^H^=−Jmz2−2λmx、S(ρ^)=2hb((1+m)/2) なので
FMF=mmin[−Jmz2−2λmx−2kBThb(21+m)] ≥ Feq.(3.2.28)
図 3.2.3 に λ=0.5J での比較を示す。平均場の最小点は、kBT<λ/artanh(λ/J)=0.910J では mz=0(スピンが z 方向にそろう)、それより高温では mz=0 になり、曲線に折れ目ができる。2つのスピンだけの系の厳密な Feq は T の滑らかな関数で、相転移は無い。平均場近似の折れ目は、積状態に限ったことで生じたものである。

図 3.2.3 式 (3.2.27) の2スピン系(λ=0.5J)の自由エネルギー。実線は積状態に限った平均場近似 FMF、点線は厳密な Feq=−kBTlnTre−βH^。すべての温度で FMF≥Feq。T=0 では −J−λ2/J=−1.25J と −(2λ)2+J2 に相当する基底エネルギー −1.414J になる
例題 3.2.6 絶対零度の平均場ともつれ ★★
オリジナル式 (3.2.27) で λ=J/2、T→0 とする。T=0 では F(ρ^)=Trρ^H^ なので、平均場近似は積状態の中でエネルギーを最小にする問題になる。
- 2つのスピンを同じ純粋状態 21(1+cosϕZ+sinϕX) に置いた積状態のエネルギーを ϕ の関数で書き、その最小値を求めよ。
- ∣Φ+⟩=(∣00⟩+∣11⟩)/2 と ∣Ψ+⟩=(∣01⟩+∣10⟩)/2 の張る空間で H^ を 2×2 行列に書き、厳密な基底エネルギーと基底状態を求めよ。
- 厳密な基底状態の S(A) を求め、(1) と (2) のエネルギーの差がどの性質を積状態が表せないことに対応するかを述べよ。
解答
(1) 積状態では ⟨Z1Z2⟩=cos2ϕ、⟨X1+X2⟩=2sinϕ なので、エネルギーは −Jcos2ϕ−2λsinϕ=−J+Jsin2ϕ−Jsinϕ。u=sinϕ の2次式 J(u2−u)−J は u=1/2 で最小になり、最小値は −J−J/4=−1.25J。これが図 3.2.3 の実線の T=0 の値である。ϕ=π/6 で、スピンは z 軸から磁場の向き(x)へ 30∘ 傾く。
(2) Z1Z2 は ∣Φ+⟩ で +1、∣Ψ+⟩ で −1。X1∣00⟩=∣10⟩、X2∣00⟩=∣01⟩ などから (X1+X2)∣Φ+⟩=2∣Ψ+⟩、(X1+X2)∣Ψ+⟩=2∣Φ+⟩。H^ は対称な2状態の中で閉じていて
H^=(−J−2λ−2λJ)=J(−1−1−11)
となる。固有値は ±J2+4λ2=±2J で、基底エネルギーは −2J=−1.414J。基底状態は cosα∣Φ+⟩+sinα∣Ψ+⟩ で、tan2α=2λ/J=1 から α=π/8 である(反対称な状態 (∣01⟩−∣10⟩)/2 などは固有値 ±J で、これより上にある)。
(3) 基底状態を計算基底で書くと、∣00⟩ と ∣11⟩ の係数が cosα/2、∣01⟩ と ∣10⟩ の係数が sinα/2 である。係数の行列 21(cosαsinαsinαcosα) の特異値は (cosα±sinα)/2 なので、Schmidt 係数はλ±=(1±sin2α)/2=(1±1/2)/2=0.8536, 0.1464(3.2.4節の補題 3.2.10)。S(A)=hb(0.8536)=0.4165 nat で、基底状態はもつれている。積状態は S(A)=0 の状態しか表せないので、どの ϕ を選んでも −1.25J より下がれず、差 0.164J が残る。平均場近似の誤差は、ここではもつれを捨てた分である。
近似の裏付け
型 A(射影) | 小さいもの 試行状態を積状態 ρ^1⊗ρ^2 の族に限る(小さいパラメータなし) | 証明 条件付き(FMF≥Feq の上界であることは定理 3.2.12 から常に成り立つ。上界との差が1粒子あたり 0 に近づくのは、各スピンが多数の相手と弱く結合する極限で、この節の2スピンでは差が残る) | 行き先 近似の数理 第6章
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