相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第4部 第1章 §4.1.2 ★★★ 設定を止めると D(pt∥πλ) は単調に減り、減る速さは確率の流れの2乗の平均=エントロピー生成の速さ Σ˙≥0 に等しい
データ処理不等式からの見方
設定 λ を止めて時間 τ だけ待つ操作は、時刻 t の分布を時刻 t+τ の分布へ移す確率の核 Kτ(x′∣x) で書ける。Kτ(x′∣x) は、位置 x から出発した粒子が時間 τ 後に x′ にいる確率密度で、pt+τ(x′)=∫Kτ(x′∣x)pt(x)dx である。これは第1部第1章の確率行列(通信路)W の連続版で、しかも平衡分布を動かさない(∫Kτ(x′∣x)πλ(x)dx=πλ(x′))。データ処理不等式(第1部第1章・第1部第4章)を pt と πλ の組に当てると
D(pt+τ∥πλ)=D(Kτpt∥Kτπλ)≤D(pt∥πλ)(4.1.9)
になる。設定を止めている限り、今の分布と平衡分布の D は時間とともに減ることはあっても増えることはない。これが第1部第1章の「等温の第二法則」の連続版である。式 (4.1.9) から分かるのは減るという向きだけで、減る量までは分からない。減る速さは Fokker–Planck 方程式から直接計算することができる。
減る速さ=エントロピー生成の速さ
定理 4.1.1(D の減る速さ ★★★)
設定 λ を止めたとき、pt が式 (4.1.2) に従い、無限遠で p と j が十分速く0になるなら
dtdD(pt∥πλ)=−Σ˙,Σ˙:=kBTγ∫p(x,t)j(x,t)2dx=γkBT∫p(∂xlnπλp)2dx ≥0.(4.1.10)
等号は pt=πλ のときに限る。
証明
πλ は時間によらないので、∫∂tpdx=0 を使って
dtdD=∫∂tp(lnπλp+1)dx=−∫∂xjlnπλpdx=∫j∂xlnπλpdx
となる(最後は部分積分で、端の項は無限遠で0)。式 (4.1.4) から ∂xln(p/πλ)=−γj/(kBTp) なので、右辺は −kBTγ∫j2/pdx になる。2つ目の形は式 (4.1.4) を逆に入れたものである。被積分関数は非負で、0になるのは p/πλ が x によらない、つまり p=πλ のときに限る。
Σ˙ はエントロピー生成の速さで、4.1.4 節で設定を動かす場合にもこの量がそのまま第二法則の余りになる。2つ目の形の積分 ∫p(∂xln(p/π))2dx は相対 Fisher 情報と呼ばれ、パラメータの代わりに位置 x で微分した Fisher 情報(第1部第7章)の形をしている。定理 4.1.1 の内容を言葉にすると、平衡分布との D は、2つの分布の対数の比の傾きが残っている限り減り続ける、ということになる。Σ˙ は確率の流れの2乗に比例するので、流れが止まらない限り D は減る。

図 4.1.1 調和ばねの中での緩和(例題 4.1.2)。初めの分布は平均が σeq だけずれ、分散が平衡の3倍である。黒の実線が D(pt∥πλ)、青の破線が平均のずれの項 21e−2t/τr、赤の一点鎖線が幅のずれの項。どれも厳密な式から描いた。幅のずれの項は遅い時刻で e−4t/τr のように減り、平均のずれの項より速く消える。
例題 4.1.2 調和ばねの中の緩和で D と Σ˙ を比べる ★★
オリジナル調和ばね U=2k(x−λ)2 の設定を止め、初めの分布を平均 λ+σeq・分散 3σeq2 の正規分布とする。τr=γ/k とおく。
- (1) 平均 m(t) と分散 σ2(t) の時間発展を求めよ。
- (2) D(pt∥πλ) を t=0 と t=τr で求めよ。
- (3) 式 (4.1.10) の Σ˙ を正規分布について計算し、t=τr での値を −dD/dt と比べよ。
解答
(1) 式 (4.1.1) の平均をとると γm˙=−k(m−λ) なので m−λ=σeqe−t/τr である。分散は d(x−m)2 の平均から dtdσ2=−γ2kσ2+γ2kBT で、s=σ2/σeq2 は s˙=−τr2(s−1)、つまり s(t)=1+2e−2t/τr である。分布は正規分布のまま、平均は e−t/τr、幅のずれは e−2t/τr で戻る。
(2) 式 (4.1.8) で、t=0 は 21+21(3−1−ln3)=0.500+0.451=0.951 nat である。t=τr では平均の項が 21e−2=0.0677、幅の項が s=1+2e−2=1.271 で 21(s−1−lns)=0.0156 なので、合計 0.0832 nat である(図 4.1.1)。
(3) ∂xln(p/πλ)=−(x−m)/σ2+(x−λ)/σeq2 で、その2乗の平均は σ2(1/σ2−1/σeq2)2+(m−λ)2/σeq4 である。kBT/γ=σeq2/τr を掛けると
Σ˙=τr1[s(s−1)2+σeq2(m−λ)2].
一方、(1) から平均の項 2σeq2(m−λ)2 の時間微分は −τrσeq2(m−λ)2、幅の項の時間微分は 21(1−1/s)s˙=−τrs(s−1)2 で、和は確かに −Σ˙ に等しい。t=τr では (s−1)2/s=0.0577、(m−λ)2/σeq2=e−2=0.1353 なので Σ˙=0.193/τr である。
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