相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第4部 第1章 §4.1.4 ★★★ ⟨W⟩−ΔFeq=kBT[D(pf∥πf)−D(p0∥π0)]+kBT⟨Σ⟩、⟨Σ⟩=∫Σ˙dt≥0。余分な仕事は、まだ緩和していない分 D と、すでに失われた分 Σ に分かれる
非平衡の自由エネルギーの帳尻
設定を動かしているときも、pt と πλt の D を追いかけることができる。式 (4.1.6) の F[pt,λt] を時間で微分すると
dtdF[pt,λt]=∫∂λUλ˙pdx+∫(U+kBTlnp+kBT)∂tpdx
で、第1項は ⟨W˙⟩ である。第2項は ∂tp=−∂xj を入れて部分積分すると ∫j∂x(U+kBTlnp)dx=kBT∫j∂xln(p/πλt)dx=−kBTΣ˙ になる。Σ˙ は定理 4.1.1 と同じ式で、ただし λ をその時刻の λt にしたものである。
定理 4.1.3(平均の第二法則と D の帳尻 ★★★)
プロトコル λt(0≤t≤tf)のもとで
dtdF[pt,λt]=⟨W˙⟩−kBTΣ˙,Σ˙=kBTγ∫pj2dx≥0.(4.1.15)
時間で積分して式 (4.1.7) を使うと
⟨W⟩−ΔFeq=kBT[D(ptf∥πλtf)−D(p0∥πλ0)]+kBT⟨Σ⟩,⟨Σ⟩:=∫0tfΣ˙dt≥0(4.1.16)
が成り立つ。ここで ΔFeq=Feq(λtf)−Feq(λ0) である。
式 (4.1.16) は等式で、不等式は ⟨Σ⟩≥0 からだけ出る。平衡から始める(D(p0∥πλ0)=0)と
⟨W⟩−ΔFeq=kBTD(ptf∥πλtf)+kBT⟨Σ⟩ ≥0(4.1.17)
で、平衡から平衡への最大仕事の原理 ⟨W⟩≥ΔFeq になる。余分な仕事 ⟨W⟩−ΔFeq は2つに分かれる。1つは操作を終えた時点でまだ平衡に戻っていない分 kBTD(ptf∥πf) で、これは第2部第2章で見たとおり、原理的にはまだ仕事として取り戻せる。もう1つは操作の途中ですでに失われた分 kBT⟨Σ⟩ で、これは取り戻せない。操作を終えて放っておくと、前者も定理 4.1.1 にしたがって Σ に変わり、最後には全部が失われる。
Σ˙ は、熱の流れと分布のエントロピーで書き直せる。dtdH(pt)=−∫j∂xlnpdx と式 (4.1.13) から
Σ˙=dtdH(pt)−kBT⟨Q˙⟩,⟨Σ⟩=ΔH(p)−kBT⟨Q⟩ ≥0(4.1.18)
である。粒子の分布のエントロピーの増えと、液体のエントロピーの増え −⟨Q⟩/(kBT) の和が、エントロピー生成である。これは第2部第4章で熱浴と接した系について出した Clausius の不等式(第2部第4章)を、Langevin 方程式の上で連続時間に書いたものになっている。
1本の軌道のエントロピー生成
式 (4.1.18) の右辺を1本の軌道の量で書くこともできる。Seifert は、時刻 t に粒子がいる位置での分布の値を使って
s(t):=−lnp(x(t),t),Σ[x]:=s(tf)−s(0)−kBTQ[x](4.1.19)
と定めた(U. Seifert (2005), Phys. Rev. Lett. 95, 040602)。s(t) はその時刻に粒子がその位置にいることの驚きで、平均をとると H(pt) になる。したがって ⟨Σ[x]⟩=⟨Σ⟩ で、式 (4.1.18) の平均の量が1本の軌道の量の平均として書ける。ただし1本ごとの Σ[x] は負の値もとる。平衡にある粒子では s=βU−βFeq と Q=ΔU から Σ[x]=0 が軌道ごとに成り立つが、設定を動かす過程では Σ[x]<0 の軌道が現れる。負の値がどれだけの確率で現れるかを正確に述べるのがゆらぎの定理で、第4部第2章 で扱う。Σ[x] が経路の確率と逆回しの経路の確率の比の対数に等しく、⟨Σ⟩ がその2つの経路の分布の D になることは、第4部第3章 で示す。

図 4.1.2 ばねを一定の速さ v で引くときの帳尻(例題 4.1.4)。黒の実線が仕事の平均 ⟨W⟩、青の破線がまだ緩和していない分 kBTD、赤の一点鎖線がすでに失われた分 kBT⟨Σ⟩。各時刻で黒は青と赤の和に等しい(ΔFeq=0)。D は 21 に飽和し、その後の仕事はすべて Σ になる。
例題 4.1.4 ばねを一定の速さで引く ★★★
オリジナル調和ばねの中心を時刻 0 から λt=vt で動かす。初めの粒子は λ=0 の平衡分布にある。
- (1) 平均の位置 m(t) と、ばねの中心からの遅れ δ(t):=λt−m(t) を求めよ。分散はどうなるか。
- (2) 仕事の平均 ⟨W⟩ を時刻 tf までについて求めよ。
- (3) kBTD(pt∥πλt) と kBT⟨Σ⟩ を求め、式 (4.1.17) を確かめよ。
- (4) 例題 4.1.1 の粒子を v=1.0μms−1 で tf=1.0s 引くとき、遅れ・定常での仕事率・⟨W⟩ を求めよ。
解答
(1) 平均は γm˙=k(vt−m) に従い、m(0)=0 から解くと m=vt−vτr(1−e−t/τr)、遅れは δ=vτr(1−e−t/τr) である。遅れは時間 τr ほどで定常値 vτr=γv/k に達する。分散の式(例題 4.1.2)は λ を含まないので、分散は σeq2 のまま変わらない。
(2) ∂λU=−k(x−λ) なので ⟨W˙⟩=kδv=γv2(1−e−t/τr) で、積分すると
⟨W⟩=γv2[tf−τr(1−e−tf/τr)].
ばねの形は動かすだけで変わらないので ΔFeq=0 である。
(3) 分散が平衡のままなので、式 (4.1.8) は平均のずれの項だけで kBTD=2kδ2=21γv2τr(1−e−t/τr)2 である。Σ˙ は例題 4.1.2 (3) の式で s=1 とおいて kBTΣ˙=τrkBTσeq2δ2=γk2δ2=γv2(1−e−t/τr)2 で、積分すると
kBT⟨Σ⟩=γv2[tf−2τr(1−e−tf/τr)+2τr(1−e−2tf/τr)].
u=tf/τr と書いて2つを足すと、γv2τr を単位として u−2(1−e−u)+21(1−e−2u)+21(1−2e−u+e−2u)=u−(1−e−u) で、(2) の ⟨W⟩ に一致する(図 4.1.2)。
(4) 遅れの定常値は γv/k=1.88×10−8×1.0×10−6/1.0×10−6=1.88×10−8m(19nm)で、平衡の幅 64nm より小さい。定常での仕事率は γv2=1.88×10−20W、つまり毎秒 4.55kBT である。tf=1s=53τr なので⟨W⟩=1.88×10−20×(1−0.0188)=1.85×10−20J=4.47kBT で、そのうち終わりにまだ残っている D は 0.0429 nat だけである。この仕事はすべて液体へ熱として流れ、粒子のエネルギーは増えない。
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