相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第1章 §7.1.6 ★★ Clausius の不等式・熱浴との接触・熱容量の正値性という熱力学の3つの形が、真空を熱浴とみた相対エントロピーの式とブラックホールの負の熱容量に対応する
学部の熱力学では、温度 T の熱浴から熱 Q を受け取った系について Clausius の不等式 ΔS≥Q/T を習う。系と熱浴を合わせた全体のエントロピーが減らない、というのが第二法則の形である。統計力学では、熱浴と接した系の平衡は自由エネルギー F=U−TS の最小で決まり、平衡が安定であるためには熱容量が正(C=∂U/∂T>0)でなければならない、と習う。この章の式を、この3つの形と並べる。
| 熱力学の授業での形 | この章の形 |
| 熱浴 | 温度 T の大きな系 | 真空 σ^V(局所の温度 ℏc/(2πkBx))、ブラックホール(温度 TH) |
| 自由エネルギーの最小 | F(ρ^)−Feq=kBTD(ρ^∥ρ^β)≥0 | ΔK−ΔS=D(ρ^V∥σ^V)≥0 (7.1.8) |
| 第一法則 | dS=dU/T | δS=δK (7.1.10)、dSBH=c2dM/TH |
| 第二法則 | ΔS系+ΔS浴≥0 | ΔSgen=ΔSBH+ΔS外≥0 (7.1.19) |
| 熱容量 | C>0(安定) | CBH=−2SBH<0 |
第2部第4章(第2部第4章)では、系と熱浴の第二法則を Σ=ΔH(ρS)−βQ=I(S;B)+D(ρB∥ρBcan)≥0 と書き、エントロピー生成が「系と熱浴の相関」と「熱浴の平衡からのずれ」の2つの相対エントロピーに分かれることを見た。一般化第二法則の証明でも、ブラックホールを熱浴とみなして同じ構造を使っている。ΔK が熱浴に渡したエネルギー βQ の役をし、D の単調性が Σ≥0 の役をしている。
違いは熱容量の符号である。Schwarzschild のブラックホールでは TH∝1/M なので、エネルギーを得ると温度が下がる。熱容量はCBH=d(Mc2)/dTH=−2SBH で負になる(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第12章)。熱容量が負の系は、周りの無限に大きな熱浴とは安定に平衡できない。周りより少し熱くなると放射でエネルギーを失ってさらに熱くなり、少し冷たくなると吸収してさらに冷たくなるからである。カノニカル分布(Gibbs の変分原理の最小)が存在しない、と言い換えてもよい。安定に平衡させるには、ブラックホールを放射ごと有限の箱に入れ、全エネルギーを固定する(ミクロカノニカル)必要がある。S. W. Hawking(1976)はこの箱の中のブラックホールを論じた1S. W. Hawking (1976), Phys. Rev. D 13, 191.。安定になる条件を、次の例題で出す。
例題 7.1.7 箱の中のブラックホールが安定である条件 ★★★
オリジナル体積 V箱 の箱に、質量 M の Schwarzschild ブラックホールと温度 T の放射(エネルギー Er=arV箱T4、エントロピーSr=34ar1/4V箱1/4Er3/4)を入れ、全エネルギー Mc2+Er を一定に保つ。
- 全エントロピー SBH(M)+Sr(Er) が M について停留する条件が T=TH であることを示せ。
- 停留点が極大(安定)である条件が Er<Mc2/4 であることを示せ。
- を熱容量の言葉で言い直せ。
解答
Er=E全−Mc2 なので dMd(SBH+Sr)=dMdSBH−c2dErdSr=THc2−Tc2(第一法則と dSr/dEr=1/T)。0 になるのは T=TH。
2階微分は dM2d2SBH+c4dEr2d2Sr。SBH=4πGkBM2/(ℏc) から第1項は 8πGkB/(ℏc)>0。第2項は dEr2d2Sr=−41ar1/4V箱1/4Er−5/4=−4ErT1(arV箱=Er/T4 を使った)。極大の条件は 4ErTHc4>ℏc8πGkB。kBTH=ℏc3/(8πGM) を入れると Er<4⋅8πGkBTHc4ℏc=4Mc2。
2つの系が全エネルギーを分け合って平衡するとき、安定の条件は C11+C21>0 の形になる(1. の2階微分は −T21(C11+C21) に比例する)。ブラックホールの CBH<0 を、放射の小さな正の熱容量 Cr=4Er/T が上回ればよい。Cr<∣CBH∣ のとき Cr1>∣CBH∣1 となり、これが Er<Mc2/4 と同じ条件である。箱が小さく、放射の熱容量が小さいほど安定になる。
1 S. W. Hawking (1976), Phys. Rev. D 13, 191.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com