相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第2章 §7.2.3 ★★★ 地平面の近くでなめらかな真空は、外の Hawking モードと内側の相手のモードの2モードのスクイーズド状態の積で、外が熱いのはその片側だから
Rindler の楔から Schwarzschild の地平面へ
解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第12章で、一様に加速する観測者(固有加速度 a)の見る真空を計算した。Minkowski 真空 ∣0M⟩ を右の楔 R と左の楔 L のモードで書き直すと、同じ振動数 Ω の R のモードと L のモードが1組ずつ組になり、
∣0M⟩=Ω⨂1−e−2πcΩ/an=0∑∞e−nπcΩ/a∣nL⟩∣nR⟩(7.2.11)
の形になる。これは式 (7.2.5) で x=2πcΩ/a=ℏΩ/(kBTU) とおいた熱場二重状態の積で、R だけを見ると Unruh 温度 TU=ℏa/(2πckB) の熱状態になる。式 (7.2.11) は、計算を簡単にした質量のないスカラー場のものだが、同じ構造は相互作用のある場でも成り立つ。Bisognano と Wichmann(1976、Journal of Mathematical Physics 17、303)は、一般の場の理論で、真空を右の楔に制限した状態が、楔の時間の並進(ブースト)の生成子H^R についての Gibbs 状態 e−H^R/(kBTU)/Z になることを示した。
Schwarzschild のブラックホールでは、同じ構造が地平面のまわりに現れる。表面重力 κ=c4/(4GM)(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部第19章、解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部第19章)を使った Kruskal 座標 U=−(c/κ)e−κu/c は地平面 U=0 をなめらかに横切る座標で、崩壊から十分時間が経った後、外向きのモードは「U について正の振動数のモードが空」という状態にある(第5部第12章)。地平面の外(U<0)で遠方の時計 u について振動数 ω のモードをHawking モード、同じ振動数で地平面の内側(U>0)にある鏡像のモードを相手のモード(partner)と呼ぶと、外向きのモードの状態は、Rindler の a を κ に替えて
∣Ψ⟩=ω⨂coshrω1n=0∑∞tanhnrω∣n⟩内∣n⟩外,tanhrω=e−πcω/κ=e−ℏω/(2kBTH)(7.2.12)
となる。πcω/κ=ℏω/(2kBTH) は TH=ℏκ/(2πckB) から従う。外の Hawking モードだけを見る遠方の観測者にとって、各モードの状態は式 (7.2.2) の熱状態で、平均の量子数は 1/(eℏω/(kBTH)−1) になる。これが Hawking 放射の熱分布である。

図 7.2.2 地平面をまたぐモードの対(Kruskal 座標の模式図)。地平面の近くでは、地平面のすぐ外を外向きに進む Hawking モード(赤の実線)と、すぐ内側を進む相手のモード(青の破線)が組になって、式 (7.2.12) の2モードのスクイーズド状態をなす。外の観測者は赤の側しか受け取れず、その状態は熱状態に見える
対のエネルギーとブラックホールの質量
熱場二重状態には、相手の側の「エネルギー」についての制約がある。式 (7.2.1) に H^R−H^L を掛けると、各項が (En−En) 倍になるので
(H^R−H^L)∣TFDβ⟩=0(7.2.13)
である。Rindler の場合、楔の時間 tR は左の楔では過去向きに進むので、全体のブーストの生成子は H^R−H^L の形をしている。式 (7.2.13) は、Minkowski 真空がブーストで変わらないことを表す。ブラックホールでは、時刻の並進の Killing ベクトルについての保存量(Killing エネルギー)がこの役を持つ。Killing ベクトルは地平面の内側で空間的になり、相手のモードの量子は −ℏω の Killing エネルギーを持つ。Hawking 量子が ℏω を無限遠へ運ぶと、相手が −ℏω をブラックホールに持ち込み、質量は ℏω/c2 だけ減る。蒸発で質量が減ることは、この対の勘定で説明される。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℓP2/A→0(計量の量子揺らぎを無視し、決まった時空の上で場だけを量子化する。ℓP=Gℏ/c3) | 証明 要確認(外場近似と、崩壊から十分時間が経った後の外向きモードの状態。どこまで正しいかが第7部全体の問い) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 7.2.3 エンタングルメントが増える速さ ★★
オリジナル1+1 次元で、ブラックホールから外向きの質量のない場の通り道が1本だけあるとする。式 (7.2.12) の対が角周波数 ω ごとに単位時間あたりdω/(2π) 組ずつ外へ出ていく(第5部第12章の dN/(dtdω)=(2π)−1nˉ と同じ数え方)とする。
- (1) 単位時間あたりに外と内の間に作られるエンタングルメント・エントロピー dS/dt=∫0∞2πdωs(ℏω/(kBT)) を求めよ。∫0∞s(x)dx=π2/3 を使ってよい。
- (2) 同じ通り道のエネルギーの流れ ∫0∞2πdωℏωnˉ と比べよ。
- (3) 太陽質量 M=1.989×1030kg のブラックホールで (1) の値を数値で求めよ。
解答
(1) ω=kBTx/ℏ と変数を替えると
dtdS=2πℏkBT∫0∞s(x)dx=2πℏkBT⋅3π2=6ℏπkBT.
∫sdx=π2/3 は、式 (7.2.7) の第2の形で ∫nˉxdx=π2/6 と −∫ln(1−e−x)dx=∑k1/k2=π2/6 を足したものである。
(2) ∫0∞xnˉdx=π2/6 から、エネルギーの流れは 2πℏ(kBT)26π2=12ℏπ(kBT)2 で、第5部第12章の値と一致する。エンタングルメントの流れとの比は dS/dt=2×(エネルギーの流れ)/(kBT) である。この係数2は 7.2.4 節で使う。
(3) TH=ℏc3/(8πGMkB)=6.17×10−8K で、kBTH/ℏ=8.08×103s−1。
dtdS=6π×8.08×103s−1=4.23×103 nat/s.
太陽質量のブラックホールは、1本の通り道あたり毎秒およそ4000 nat のエンタングルメントを、外の放射と内側の相手の間に作り続ける。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com