相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第7章 §7.7.6 ★★ レプリカの方法は統計力学の S=kB(lnZ+β⟨E⟩) と同じ計算で、鞍点の入れ替わりは1次相転移の自由エネルギーの折れ曲がりと同じ形をしている
レプリカの方法と分配関数からのエントロピー
学部の統計力学では、エントロピーを分配関数から
kBS=lnZ(β)+β⟨E⟩=(1−β∂β∂)lnZ(β)(7.7.30)
で計算した。これはレプリカの方法の特別な場合である。熱状態 ρ^=e−βH^/Z(β) では ρ^n=e−nβH^/Z(β)n なので
Trρ^n=Z(β)nZ(nβ),−∂nlnTrρ^nn=1=−βZ(β)Z′(β)+lnZ(β)=lnZ+β⟨E⟩(7.7.31)
で、式 (7.7.30) がそのまま出る。n 個の複製をつないだ系は、虚時間の周期を n 倍に伸ばした系(温度を 1/n にした系)である。
解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第12章では、Gibbons と Hawking がブラックホールの Euclid 化した時空の作用 IE から lnZ=−IE を作り、式 (7.7.30) で SBH を出した。これは、時間の周期をずらしても滑らかなままの幾何(Z(nβ) を周期 nβ のなめらかなブラックホールで計算する)を使ったレプリカの方法になっている。Lewkowycz と Maldacena は、周期をずらすと時間の向きの回転の固定点に円錐の特異点ができる一般の場合に同じ計算を広げ、その固定点の面積から A/(4ℓP2) が出ることを示した。島の公式の面積の項は、Gibbons–Hawking の SBH と同じ計算から出ている。
鞍点の入れ替わりと1次相転移
統計力学で、2つの相(例えば液体と気体)の自由エネルギーの枝 f1、f2(1粒子あたり)があるとき、N 粒子の分配関数は大きい N で
−N1ln(e−Nf1+e−Nf2) N→∞ min{f1,f2}(7.7.32)
になり(Laplace の方法)、2本の枝が交わる点で自由エネルギーの傾きが不連続に変わる。これが1次相転移で、傾きの跳び(エントロピーの跳び)が潜熱になる。有限の N では、交点で ln2/N だけ丸まる。
Page 曲線はこれと同じ形をしている。e−I の重みを持つ2つの鞍点(つながらない鞍点とレプリカ・ワームホール)の和で、作用に当たる量は Sbulk(R) と SBH の程度、N に当たる大きな数は 1/G(SBH の大きさ)である。Page 時間は2本の枝が交わる「相転移点」で、そこで S(R) の時間微分が正から負へ跳ぶ。有限のブラックホールでは折れ曲がりが丸まり、乱数の状態の模型では k=d で S2 が lnk より ln2、S が 1/2 だけ下がる(第2部第3章の式 (2.3.22)(第7部第3章の式 (7.3.6)))。この丸まりは1次相転移の有限サイズの丸まりと同じ種類のもので、lnk∼SBH に比べれば無視することができる。
Hawking の計算と熱放射のエントロピー
島なしの候補 Sbulk(R) は、解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第12章で Bogoliubov 変換から出した熱放射のエントロピーそのもので、新しい計算は要らない。表にまとめると次のようになる。
| 学部・前の章の形 | この章の形 | つなぐもの |
| S/kB=lnZ+β⟨E⟩ | S=−∂nlnTrρ^n∣n=1 | Trρ^n=Z(nβ)/Z(β)n |
| SBH を IE から(Gibbons–Hawking) | 面積の項 A/(4ℓP2) | 円錐の固定点(Lewkowycz–Maldacena) |
| 1次相転移 min{f1,f2} | Page 曲線 min{Sbulk(R),SBH} | 2つの鞍点の和 |
| 熱放射のエントロピーの流れ | 島なしの Sbulk(R) | 1+1 次元で (エネルギーの流れ)/T の2倍 |
| Ryu–Takayanagi(第7部第6章) | 島の公式 | Sbulk を足し、領域を浴へ |
例題 7.7.6 振動子の熱状態でレプリカの方法を確かめる ★★
オリジナル角振動数 ω の調和振動子の熱状態(零点のエネルギーを除く)で、x=βℏω とおく。(1) Trρ^n を Z で書き、−∂nlnTrρ^n∣n=1 が式 (7.7.30) と一致することを確かめよ。(2) x=1 で S と S2 の数値を出し、大小を比べよ。
解答
(1) Z(β)=∑m≥0e−mx=1/(1−e−x)。Trρ^n=Z(nβ)/Z(β)n=(1−e−x)n/(1−e−nx) なので
lnTrρ^n=nln(1−e−x)−ln(1−e−nx),−∂nlnTrρ^nn=1=−ln(1−e−x)+1−e−xxe−x.
右辺の第2項は x/(ex−1)=β⟨E⟩(⟨E⟩=ℏω/(ex−1))、第1項は lnZ で、式 (7.7.30) に一致する。
(2) x=1 では S=1/(e−1)−ln(1−e−1)=0.5820+0.4587=1.041。S2=−ln[Z(2β)/Z(β)2]=−ln1−e−2(1−e−1)2=lncoth21=0.772 で、S2<S である。Rényi エントロピーは n について単調に減るので、n=2 のレプリカで計算した値は von Neumann エントロピーより小さい。Page 曲線の議論で n=2 の計算から S そのものへ移るには、7.7.5 節で見たとおり、すべての n の結果を解析接続する必要がある。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com